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芹沢茜がパーティーの始まる少し前に、庭の奥に隠れている女性を見たと言っていた。あのときは、きっと見間違いだろうと思っていたし、そんなことはありえないと思っていた。
「菫さんから聞いた」
「菫が裏切ったのか」
「本物の、菫さん。全然似てないじゃないか。偽者は痩せすぎだったけど、本物はもっと……えっと、理想どおりの体型だった」
「ありえない!」
「どうして? ここは芹沢家の屋敷なんでしょ?」
「だけど、彼女は今仕事で外に出ているはずではないのか?」
「仕事のはずだけど、分からない。お父様とお母様が外国にいるのは分かってるけど」
「何か、証拠があるのか?」
「僕が菫さんに会ったっていう証拠? うーん、二人が双子のふりをしているってことかな」
「なっ」
芹沢雅と篠塚桃花の声がきれいなハーモニーを奏でる。
「た、確かに、本物に会ったのかもしれないな」
「だから、会ったんだって。でも、菫さんに、これは全部芝居ですよって聞いたわけじゃないよ。だって、彼女名乗ってすらくれなかったんだから。僕は、本気であの時殺されるんじゃないかって思ったんだから」
甲斐の視線が、少し上を向く。そのときのことを思い出しているのかもしれない。それにしても、本物の芹沢菫が本当に戻ってきているとは、全くの想定外だ。
「でも、甲斐はそれが菫本人だと分かったんだな」
「そう。だから、ここにいる芹沢菫が偽者だということに気がついた。あとは、簡単なビリヤードと同じ。彼女が偽者なら、他のメンバーも偽者かもしれない。または、偽者と知ってそう振舞っているのか。少なくとも僕は、茜さんが本物ってことは分かったけど、他は不明」
「そういえば、甲斐はどうして茜のことを知っているんだ? 私が知る限り、甲斐が茜と知り合う機会などないのではないか」
「僕が丁子さんを知っているのと同じなんだけど」
「それも疑問だ。いつの間に知ったんだ?」
「知ったっていうほどのことじゃないよ、二人とも一瞬すれ違っただけだし。ほら、雅さんが入院したとき、お見舞いに行っただろ。そのときちょうど二人がいたから」
雅は、甲斐がお見舞いに来たときのことを思い出す。力を込めてその頬を殴ったことは覚えている。甲斐が来る前に芹沢茜と芹沢丁子もお見舞いに来てくれていた。だから、雅は茜に協力をお願いしたんだ。
「なるほど、な。それで、甲斐は2日目の朝には、すべてが分かっていたのか」
「そういうこと」
「ではなぜ、知らない振りをしたんだ?」
「だから、最後まで見たかったんだって」
「何のために?」
「動機が、分からなかったから」
甲斐は続ける。
「騙しているのが僕だけってことも、まだそのときは分からなかったし。でも、一番はやっぱり動機かな。どうしてこんなことをするのか、それも、誕生日を半ばつぶしてまでも」
「あの、ごめんなさいね。その誕生日というのも嘘なの」
「ええっ?」
「あれ、意外?」
「そこは、疑ってなかった」
甲斐は頭をかく。
「それで、実はまだ動機が分からない。どうしてこんなことをしたんだ?」
「だって」
その声があまりにも弱々しく、雅は篠塚を見ると今にも泣き出しそうな表情をしている。
「あらら。ここまでかしら」
それから雅は何事もなく立ち上がると、二人の頭を軽く叩く。
「それじゃあ、わたくしは他の皆さんを呼んでまいりますから。そうですわね、みんなを降ろすに1時間くらいかかるなんてこともあるかしら。それまでに、桃花、甲斐くんにちゃんと話しておくのよ」
「だぁってぇ」
その声にはすでに涙が混ざっている。
「それじゃあ、甲斐くん、ちょっと桃花をよろしくね」
雅が部屋を出るときには、すでに後ろから泣き声が響いていた。




