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篠塚桃花の手を引きながら、階段を下りて玄関ホールに来ると、その中央に何かが置いてあるのに甲斐雪人は気がつく。
そして、それが宝石だという認識に移るのに、今までよりも時間がかからなかった。走り寄り、その宝石を拾う。
しかも、二つだ。一つは紫色に輝き、一つは空のように青く光っている。
「桃花、何の宝石か分かる?」
「おそらく、アメジストとターコイズだな。紫といえば、菫。青といえば、浅葱を暗示しているのだろう」
甲斐はその宝石を持ったまま、パーティー会場の扉を開けた。正面の血の海はまだ、そのまま。会場の中央に、今、何人が吊るされている?
スージー・F・パール。
芹沢蘇芳。
芹沢萌。
上に芹沢鴇。
そして、
その右に芹沢茜。
その左に芹沢浅葱もいる。
甲斐の手を、篠塚が抑える。
「はん、俺の予想を完全に超えてやがる。それも最悪な超え方だよ。ふざけるなっ」
「甲斐!」
「桃花だって、こんなの想定してないだろ? それとも、これも可能性として考えていたか。ああ、それは当然だな。可能性だけなら、なんとでも言える。だけど、低すぎる可能性なんて、起きるわけがないんだ」
「甲斐!」
「宇宙が生まれて消えてしまうまでに、コップ一杯の水が勝手に沸騰するなんて確率はゼロだ。だが、可能性だけで言えばゼロではない。でも、そんなこと、俺の知ったことか」
「甲斐! 三度目だ、いい加減にしろ!」
「……はぁ、はぁ。ごめん」
謝ったものの、甲斐の感情はまだ冷えない。
「今なら、桃花、あの解に対して答えをだせるよ。すべての円の円周が等しいだって? そんなはずがない。それは問題を履き違えているんだ。どれだけがんばっても足の遅いカメに追いつけないのと同じだ。単純なパラドクスだよ」
「甲斐!」
「ヒルベルトのホテルと同じ原理。無限についての無限の思考。人間だけが、こんなくだらないことに頭を悩ませるんだ」
「甲斐、それは今ここでする話ではない。とにかく落ち着け。あれはただのパズルだ。それらしい回答は私もその程度のことしか分からない。だけど、目の前の事象に目を向けろ。そうでなければ、私たちがここにいる価値がない」
「はん。無限についての思考をしているほうが、簡単だって話。大丈夫、もうだいぶ落ち着いたから。俺だって? 僕らしくないね」
ようやく甲斐の熱が引いてくる。
「私たちができるのは、この難解な事件の犯人を早く捕まえることだ」
「ああ、分かっている。こんなこと、普通はできない。犯人は普通以上ということだ。それに、この宝石、アメジストなんだろ。だったら、早く雅様の部屋に戻らないと。これで、菫さんまで……」
「そうだな」
甲斐は、何度も往復して重たくなった足に鞭打つように、再び階段を上に走る。それから芹沢雅の部屋の扉の鍵を開ける……開いている。開ける前から、鍵はかかっていなかった。悪い予感に、甲斐はノックすることなく、部屋に入る。
部屋の雰囲気は変わっていない。未だベッドに寝転んだままの雅がいる。けれど、そこで眠っていた菫の姿はない。
「雅様」
「雅、意識はあるか?」
「何? わたくしに何か?」
「菫はどこに行った」
「さあ。わたくしには分かりません。起きたと思ったら出て行ってしまいましたから」
「いつ?」
「覚えていません。わたくしも、まだ頭がふらふらとしています。もう少し休ませていただきたいのですが」
「雅よ、化け物のことは覚えているか?」
雅は首を振る。それから、急に怯えたような表情になり、小さく肩を震わす。けれど、先ほどに比べるとかなりましになっている。もう少し休ませれば、その化け物の正体を表現できるようになるかもしれない。甲斐は篠塚に目で合図をすると、ベッドから離れる。
「何があっても、部屋から出ないでください」
「心得ています。動きたくても、体が言うことを聞いてくれませんけど」
それからふふふと笑う。反則だ。
甲斐は篠塚を連れて部屋を出ると、外から鍵を閉めた。




