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一体は本を持ち、対となるもう一体の石像は両腕を組み、空を見つめている。この校門に建てられた二体の像は、片方は勉学を、片方は運動を意味すると昔これを作った人が言っていた。だが、何の運動をしているのかまるで分からない。
純正芹沢学園は、市内ではあるが中心からはかなり離れた場所に位置する。それもあり、広大な敷地に、小等部、中等部、高等部がそれぞれ互いの領域を侵すことなく存在している。例外は中央に位置する図書棟だろうか。と言っても、そこを利用するのはほとんどが高等部の人間だけだ。おおよその図書類は、図書室がそれぞれの部には存在していて、そこに収められている。が、高等部で出される課題類だけは、それだけでは足りない。どうしても図書棟に収められている高度な図書が必要となる。
まだ敷地の外にいるが、そこからでも図書棟から突き出る時計塔の時計が見えている。約束の時間にはまだ少し早い。
夏休みと言うこともあり校門は開かれている。おそらく、このまま入っていったとしても、誰にも怪しまれることはないだろう。無駄な危険を避けるためには、どのような選択肢が正しいだろうか。少し考えていると、突如、先生、と呼びかけられる。顔を上げると、待ち合わせの約束相手である芹沢雅が校門の向こうから手を振っている。
夏服の白を基調としたセーラー服の胸にある細いリボンが、芹沢雅の長い黒髪と同じように風に揺れている。こちらが目立たないようにすればどうすればいいのかを思案していたというのに、そのすべてを無駄にしてくれる。
「私は先生ではないよ、過去のことだ」
雅の近くまで歩くと、着ている白衣のポケットに両手を入れたまままっすぐ睨む。
「完璧ですわ、先生」
「せめてプロフェッサーにして頂きたい」
そう答えた彼女の髪は純粋なブロンドだ。自然とウェーブしていて、それがメガネの奥に見える瞳と同じように、太陽に輝いている。雅よりも一回り体格が大きく、おそらく年齢は、二回りほど高いだろう。
「よく来て下さいました」
「約束だからな」
「スージー教授? それともパール教授のほうが似合うかしら」
「スージーのが、私個人的には好きだな」
「それではスージー教授で」
「それにしても、大胆すぎやしないか?」
「そうかしら。これが最も自然な形だとわたくしは考えますが」
「……まあ、そうかもしれんな。だが、私を呼んだのだから、どうせまた厄介なことでも起きたのだろう?」
それには答えず、芹沢雅は一度足を折ってスカートを膨らませるようにお辞儀をする。
「ご案内します。それともまず図書棟に寄りますか? スージー教授が求めている本をいくらかこちらで準備してございますが、もしかしたら検討外れかもしれませんから。一度見ていただいたほうが、よろしいかもしれません」
「まあ急いでいないよ。交換条件だし、私の休みは世間とはずれているからな。後からでも充分に間に合う」
「そう言って頂けるととても助かります。それでは早速屋敷にご案内いたします」
ああ、頼むよ、とスージーは答える。ここで教師をしていたのは、もうかなり前のことだ。それも高等部の生徒に英語を教えていたのだが、雅はそのときまだ小等部の中学年くらいだったと思う。特別授業として彼女に英語を教えていたのだが、懐かしいものだ。それに、ここの教師を辞めてかなりのときが経つが、未だにこの学園にある図書棟ほどよい本が置いてある日本国内の図書館はない。ときどきこうして利用させてもらっているのだが、今回は珍しく雅から頼まれてこうしてこの学園に戻ってきた。
一応手紙には、雅の誕生日ということだったが。
この胸騒ぎは、よくない予感だ。
そしてスージーのよくない予感は決まって当たる。
スージーは、メガネに触れ一度顔を振ると、前を歩く雅を見た。まるで、日本古来の人形のように、頭の位置を動かすことなく歩いている。
できれば、当たらないで欲しいものだ、と彼女はため息をついた。




