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誕生石へのエチュード  作者: なつ
第六章 アメジストはサファイアとターコイズにかしずいて
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 メールの内容は、誘い文句だ。もしも身近な、年齢の近い女性からこのメールを貰ったとしたら、日比野警部であれ、あっさり落とされてしまったかもしれない。落ちるとは、そのものずばり、恋に、ということである。

 メールアドレスは結城静江から聞いたと書いてあった。差出人は笠倉岬。今年の初夏、二つの事件が起きたその両方に少しずつ関わっていた、まだ大学生である。といっても、一方の事件はほんのわずかに髪の先をかすったに過ぎないが。二つ目の事件では、途中までは容疑者の名として警察の間では知られていた。

 その彼女から、誘いのメールである。しかも、公的なパソコンではなく、日比野の私的なパソコンに向けてである。公私混同はよくないことであるが、笠倉岬の趣味がかなり高齢の、一般におじさんといわれる世代であることを、日比野は知識として知っていた。それに、日比野も世間的には充分おじさんである。

 大学の秋休み、時期的には9月の終わりからの1週間、時間を作って欲しいとある。愛知県の沖合にある小さな島に、コウヅキカンパニーが最近作った施設があるのだが、そこを研究もかねて訪れるのだという。その際の相手に、なぜか指名されたようだ。日比野はコウヅキカンパニーをそのままネットに繋いだパソコンで調べると、最近上場した鋼鉄関係の会社だと分かる。離島に建てたのは研究施設であるようだが、詳しい内容の記載はない。「新たな発見、新しい世界へ、コウヅキカンパニーが、あなたに次の世界を魅せる。ヴァーチャルは次世代へ」というような、抽象的な文章があり、どうやらそれ関連の研究施設のようだ。

 日比野はすぐに返事をすることなく、代わりに短く質問を書く。

「何の研究に? あなたの専門とは違うのでは?」

 他のページを見ていると、返事はすぐに来た。

「私の専門は情報です。ロジックだけではこれから先大変そうですから、現場を一度見ておきたい、という思いがあるんです。ですが、一人での旅行は残念ながら許してもらえませんし。私はあまり友達が多いほうではありませんから」

「結城さんは?」

「柚衣さんにべったりみたい」

「1週間となると、そう簡単に休暇がもらえるとは思えません。これでも忙しい身でして。ですが、一応申請してみます」

「ありがと。分かったらまたメールちょうだいね」

 メールのやり取りで30分ほど。

 一般に夏休みに最終日、8月の31日である。日比野にも予感めいたものがあったのかもしれない。


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