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誕生石へのエチュード  作者: なつ
第五章 ガーネットとトルマリンには血の赤を
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 4

 甲斐雪人は急いで避難用の階段を下りると、そのまま2階へ駆け込む。すぐ後ろに篠塚桃花がついてきているのを感じる。他のメンバーは分からない。けれど、全員を待っている余裕はない。

 一体いつの間にあのような状況になったというのだろうか。パーティー会場を最後に見てからどれくらいの時間が経っているだろうか。

 階段を何段も無視して半ば飛び降りる。

 あれから芹沢丁子の仕事場を見て、芹沢萌の部屋を見て、外に出て……時間的に、1時間以上あっただろうか。

 パーティー会場の扉が閉められている。甲斐は躊躇することなく、その扉を開けた。

 鎖に縛られたパールが、それにあわせるように大きく横に揺れる。

 その先に、見間違いようもなく、三人。

 芹沢蘇芳、スージー・F・パール、芹沢萌。

 萌の胸には、甲斐の場所から見てもはっきり分かる。ナイフが刺さったまま。血のあともそのまま。それに、格好もあのときを髣髴させるように、両手を広げている。おそらく、あの形で固まってしまったのだろう。

「この演出をするために、死体を移動させたのか」

 切れた息を整えながら、篠塚がその光景を見つめる。

「この演出になんの意味があるんだよ」

「驚く。恐れる」

「そんなの必要ない」

「……離れる」

「離れる?」

「メンバーがばらばらになる、という意味だ。今ここには、私とお前しかいない。それから、あそこ」

 篠塚は南東の屋上に突き出ているであろう窓辺を指した。

「雅もあそこにいる」

 甲斐も見上げると、芹沢雅がそこに立っている。両手を窓に当てていて、こちらを見下ろしている。甲斐は両手を口に持っていき、声を大きくして雅に呼びかけた。

「ええ、聞こえていますわ」

 それほど大きくはないけれど、雅の声はハープのようによく反響するようで、パーティー会場の下にいた甲斐のもとまで届いた。

「そこに、みんなまだ残っている?」

「いいえ、わたくしだけです。みんな、甲斐君を追うように走っていってしまわれましたわ」

「みんな?」

「はい。そうです。わたくしは、その、それほど走るのは得意分野ではありませんから、ここで待っていれば、みんながそこに現れると思いまして」

 甲斐は会場の扉から顔を出すと、左右を見た。ちょうど、芹沢浅葱が走りこんでくる。だが、他のメンバーの姿は見えない。

「お前ら、足速いな」

「他のメンバーは?」

「うん? 鴇お兄様のが先に駆け下りたと思ったが」

「まだ来ていない」

 もう一度階段を見ると、芹沢茜と芹沢菫が一緒に下りてくるとこだ。走るでもなく、二人は並んで歩いていた。

「おい、あれは?」

 浅葱がパーティー会場を見渡しながら、南西の一角を指差す。ちょうど雅がいる位置の真下だ。場所的に、昨日エメラルドが落ちていた場所と同じだ。エメラルドではない何かが光っている。甲斐と篠塚は並んでそこへ行くと、やはり宝石だ。

「ピンクトルマリンと、アルマンティンガーネットだな」

 篠塚がそこに屈みこみ、宝石を確認する。

「菫さん、この石が暗示している人、覚えてる?」

「え、ええ」

 後ろについてきていた菫が、細い体を自ら抱きしめながら、思い出すように答える。

「ガーネットは1月の誕生石。アルマンティンガーネットは、茜色。ピンクトルマリンは、10月。ピンクから分かるように、鮮やかな桃色……でも、暗示していたのは鴇の羽の色、だったはずです」

「あたし?」

 驚いた声で、菫の隣に立っていた茜が自分の顔を指す。が、そのときになってようやく菫と茜は、鴇の姿が見えないことに気がついた。

「あたしは、もしかして菫と一緒に来たから助かったってこと?」

「そうかもしれない。でも、特に今は気をつけたほうがいい」

「だが、犯人がミスをしたのは確かだ。急いで鴇を探さねばならないようだが、甲斐よ、どうする?」

「まずは、無事なメンバーで集まったほうがいい。長い間雅様を一人にしておくわけにはいかない。だけど、目を離すのも恐い」

「それなら、お互いここからなら見ていることができる。二人か三人ここに残していけばいいんじゃないか」

「そうだね」

 甲斐はメンバーを確認する。茜が一人になる可能性も防がなければならないわけだが、どう振り分ければいいだろうか。

「浅葱さんと、菫さんに残ってもらおうか」

「こ、ここに?」

 芹沢菫が不安そうに声をあげる。声とはうらはらに視線は落ちたままだ。そういえば、朝ここを調べるときも、彼女だけは玄関ホールにとどまっていた。

「あたしが残るよ。どちらかというと浅葱お兄様のほうが力がありそうだし、いざというときに」

「分かった。それじゃあ菫さんは僕たちと一緒にもう一度屋上へ戻ろう。それから雅さんを連れて、もう一度ここに来る。それまで動かないように」

 浅葱と茜は同時に頷いた。それを確認すると、甲斐は篠塚の手を取って歩き始める。が、その反対の手を菫の細い手がつかむ。

「あ、あの、恐いので」

 指も、細い。甲斐は昨晩の、あのシーンを思い出す。甲斐の口を覆った、あの柔らかく、ふくよかな手を……。


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