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甲斐雪人は急いで避難用の階段を下りると、そのまま2階へ駆け込む。すぐ後ろに篠塚桃花がついてきているのを感じる。他のメンバーは分からない。けれど、全員を待っている余裕はない。
一体いつの間にあのような状況になったというのだろうか。パーティー会場を最後に見てからどれくらいの時間が経っているだろうか。
階段を何段も無視して半ば飛び降りる。
あれから芹沢丁子の仕事場を見て、芹沢萌の部屋を見て、外に出て……時間的に、1時間以上あっただろうか。
パーティー会場の扉が閉められている。甲斐は躊躇することなく、その扉を開けた。
鎖に縛られたパールが、それにあわせるように大きく横に揺れる。
その先に、見間違いようもなく、三人。
芹沢蘇芳、スージー・F・パール、芹沢萌。
萌の胸には、甲斐の場所から見てもはっきり分かる。ナイフが刺さったまま。血のあともそのまま。それに、格好もあのときを髣髴させるように、両手を広げている。おそらく、あの形で固まってしまったのだろう。
「この演出をするために、死体を移動させたのか」
切れた息を整えながら、篠塚がその光景を見つめる。
「この演出になんの意味があるんだよ」
「驚く。恐れる」
「そんなの必要ない」
「……離れる」
「離れる?」
「メンバーがばらばらになる、という意味だ。今ここには、私とお前しかいない。それから、あそこ」
篠塚は南東の屋上に突き出ているであろう窓辺を指した。
「雅もあそこにいる」
甲斐も見上げると、芹沢雅がそこに立っている。両手を窓に当てていて、こちらを見下ろしている。甲斐は両手を口に持っていき、声を大きくして雅に呼びかけた。
「ええ、聞こえていますわ」
それほど大きくはないけれど、雅の声はハープのようによく反響するようで、パーティー会場の下にいた甲斐のもとまで届いた。
「そこに、みんなまだ残っている?」
「いいえ、わたくしだけです。みんな、甲斐君を追うように走っていってしまわれましたわ」
「みんな?」
「はい。そうです。わたくしは、その、それほど走るのは得意分野ではありませんから、ここで待っていれば、みんながそこに現れると思いまして」
甲斐は会場の扉から顔を出すと、左右を見た。ちょうど、芹沢浅葱が走りこんでくる。だが、他のメンバーの姿は見えない。
「お前ら、足速いな」
「他のメンバーは?」
「うん? 鴇お兄様のが先に駆け下りたと思ったが」
「まだ来ていない」
もう一度階段を見ると、芹沢茜と芹沢菫が一緒に下りてくるとこだ。走るでもなく、二人は並んで歩いていた。
「おい、あれは?」
浅葱がパーティー会場を見渡しながら、南西の一角を指差す。ちょうど雅がいる位置の真下だ。場所的に、昨日エメラルドが落ちていた場所と同じだ。エメラルドではない何かが光っている。甲斐と篠塚は並んでそこへ行くと、やはり宝石だ。
「ピンクトルマリンと、アルマンティンガーネットだな」
篠塚がそこに屈みこみ、宝石を確認する。
「菫さん、この石が暗示している人、覚えてる?」
「え、ええ」
後ろについてきていた菫が、細い体を自ら抱きしめながら、思い出すように答える。
「ガーネットは1月の誕生石。アルマンティンガーネットは、茜色。ピンクトルマリンは、10月。ピンクから分かるように、鮮やかな桃色……でも、暗示していたのは鴇の羽の色、だったはずです」
「あたし?」
驚いた声で、菫の隣に立っていた茜が自分の顔を指す。が、そのときになってようやく菫と茜は、鴇の姿が見えないことに気がついた。
「あたしは、もしかして菫と一緒に来たから助かったってこと?」
「そうかもしれない。でも、特に今は気をつけたほうがいい」
「だが、犯人がミスをしたのは確かだ。急いで鴇を探さねばならないようだが、甲斐よ、どうする?」
「まずは、無事なメンバーで集まったほうがいい。長い間雅様を一人にしておくわけにはいかない。だけど、目を離すのも恐い」
「それなら、お互いここからなら見ていることができる。二人か三人ここに残していけばいいんじゃないか」
「そうだね」
甲斐はメンバーを確認する。茜が一人になる可能性も防がなければならないわけだが、どう振り分ければいいだろうか。
「浅葱さんと、菫さんに残ってもらおうか」
「こ、ここに?」
芹沢菫が不安そうに声をあげる。声とはうらはらに視線は落ちたままだ。そういえば、朝ここを調べるときも、彼女だけは玄関ホールにとどまっていた。
「あたしが残るよ。どちらかというと浅葱お兄様のほうが力がありそうだし、いざというときに」
「分かった。それじゃあ菫さんは僕たちと一緒にもう一度屋上へ戻ろう。それから雅さんを連れて、もう一度ここに来る。それまで動かないように」
浅葱と茜は同時に頷いた。それを確認すると、甲斐は篠塚の手を取って歩き始める。が、その反対の手を菫の細い手がつかむ。
「あ、あの、恐いので」
指も、細い。甲斐は昨晩の、あのシーンを思い出す。甲斐の口を覆った、あの柔らかく、ふくよかな手を……。




