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鍵を開けて外に出て、非常階段から、みんなでそろって屋上へと移動する。夏の高い日差しが、遮ることもなくさんさんと照っている。篠塚桃花は、帽子も準備しておくべきだったと少し唇を噛んでから、甲斐雪人の陰に隠れた。
屋上にはほとんど何もない。建物の形とほぼ同じ、長方形の間に、一応防止柵が建物の縁から数mほどのところに付けられている。篠塚の身長と同じくらいだ。ベランダの柵と同じくらいだろう。篠塚であれば、あれを飛び越えるのは苦労しそうだが、篠塚以外のメンバーであれば、それほど苦もなく柵を越えることができるだろう。
また、ほぼ中央の北側に、窓ガラスで覆われた立方体が飛び出している。パーティー会場の、吹き抜け部分だ。あれのおかげで、日中会場にはほとんど照明なくして、充分な光を集めることができる。
篠塚は、皆が移動するのにあわせて、ついていく。場所は、おそらく萌の部屋の真上だろう。その場所の柵だけ、形がいびつに歪んでいる。
「誰かが、ここを乗り越えようとしたのは確かみたい」
甲斐がその柵を見る。
「それほど柔らかな素材ではないと思いますわ。わたくしが体重をかけても、そう簡単に形なんて変わらないと思いますけど」
「二人が同時に力をかけるとどうかな」
「俺らが試してみようか?」
芹沢鴇と芹沢浅葱が、少しはなれた柵に近寄り、二人同時に力をこめる。すると、少しであるが柵が歪む。その後で、鴇が一人で力をかけるがそのときはほとんど変化が見られなかった。
「どうやら、何者かが二人、この部分の柵を乗り越えたようだな。問題は、誰と誰、ということだが」
「仮定どおりなら、蘇芳さんと犯人ということになる。けど、あのとき、ここにいるメンバーは全員萌さんの部屋の近くにいた。あの時、いなかったのは日達瑠璃、彼女だけだ」
「それでは犯人は瑠璃、だと?」
「そうじゃないよ、桃花」
甲斐がまだ柵を見ながら答える。
「蘇芳さんの姿は、昨日の夜を最後に目撃されていない。それなら、それ以降彼と接触できた誰でも、可能性はある」
「それなら、誰でも可能だ。一種の時限装置を使って、あの上から落としたということか」
「犯人は落ちた蘇芳さんを回収する必要もあるからね。理由は分からないけど」
「蘇芳さんだと類推させるのが目的かもしれない、ということか。要するに、落ちたのは別の誰か。といっても、残っているのは、日達瑠璃しかおらんのではないか?」
「萌さんがいる」
「まさか」
「スーツを着ていたけど、それは着せられたのかもしれない」
篠塚と甲斐の会話の外で、芹沢雅は器用に柵を乗り越えた。驚いた芹沢茜が声をかける。
「少し、ここから下を見てみますわ」
「危ないよ」
「大丈夫。少しだけですから」
「そういうことなら私が代わりに」
芹沢菫が、細い腕を柵にかける。けれど、菫はその柵を乗り越えることができない。それを見ていた浅葱が、さっと柵を飛び越えると雅の肩をつかみ、戻るように諭した。浅葱はそのまま、建物の端まで行くと、そこから下を見る。
下は、萌の部屋の ベランダに間違いない。下を見たまま、浅葱は大きな声を出す。
「場所的に、ここであるのは間違いない。でも、ここから飛び降りたとして、致命傷になるか?」
「そのときはすでに死んでいたのかもしれないだろう?」
「それもあるけど、ここから落ちても、ベランダに落ちるんじゃないか?」
その言葉を聞いた甲斐が立ち上がり、さっと柵を越えてしまう。篠塚も続こうとしたが、残念ながらそれはできなかった。仕方なく、篠塚はそこから甲斐を見守る。
「お、落ちるなよ」
「大丈夫だって。雅さんは恐いから、もう柵の向こうに戻って下さい」
「はい。分かりましたわ」
雅がこちらに戻ってくると同時に、甲斐がそこから下を見て大きな声を出す。
「本当だ。ここからなら、ベランダに飛び降りるだけだ。ここからベランダの向こうに落とすとなると、かなり力が必要だ」
「だよな」
「蘇芳さんが実はとても軽い……なんてことはないよな」
しばらくそこで止まっていた甲斐だが、首を捻りながらこちらに戻ってくる。それから器用に柵を越えると、再び篠塚の隣に立った。
「こら、勝手に行くんじゃない」
「心配してくれたの?」
「そ、そんなんじゃないわ」
けれど、甲斐の表情は険しい。おそらく、頭の中はさまざまな状況を考えているのだろう。確かに多くの歯車は集まってくるが、篠塚であれまだ筋の通る仮説を思い描くことができない。クリティカルな歯車が足りていない感覚だ。何か、単純な歯車を見逃してしまっているのだろう。
甲斐はまだ表情がさえないままだったが、続いて中央の立方体の窓ガラスに近づくため歩き出した。あそこからはパーティー会場の全体を見下ろすことができる。
それにあわせるように、皆がそちらに向かって歩き始める。
窓ガラスは時折太陽の光を反射して、まぶしく輝いている。採光用とはいえ、ほとんど全体が窓ガラスに覆われている。マシーンの力を利用して、先ほどの管理室から操作すれば雨戸のような戸を閉めることもできる。
その窓ガラスの、ちょうどこちらから一番近い部分に、小さなひびがあるのに篠塚は気がついた。甲斐と繋いだ手の反対を伸ばし、篠塚はそこを指差した。
「あれは、何だ?」
パーティー会場で言うと、ちょうど南西の角だ。場所的に、エメラルドが落ちていたところでもある。
ひびは、その先で小さな円を作っていて、小さな穴が開いている。もし、そこからエメラルドを落とせば、ちょうどあの場所に落ちるのではないだろうか?
そう思い甲斐を見上げると、甲斐の視線はまったく別のところを見ている。会場の中央、高さ的にも、幅的にも、すべての中央だ。
四方からロープが渡され、まるで蜘蛛の巣に捉えられたように。
三匹の蝶々が絡まっている。
三匹?
ああ、間違いなく、三匹だ。
スージー・F・パールが中央に。その左右に、芹沢蘇芳と、芹沢萌が浮いている。




