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名古屋の地下は無駄に広い。地下街を歩き続けていると、いつの間にか駅一つ分過ぎることもあるほどだ。甲斐雪人がどの店に入ろうか迷っていると、甲斐の前を歩く夢宮さやかが、制服のスカートをひらひらさせ、キョロキョロしながら一つのアクセサリーショップに目をつけた。
「こういうのがいいんじゃない?」
甲斐も夢宮に続いてアクセサリーショップを覗く。
「うーん、僕の予算だとあまりいいのが買えないんだけどね」
「あはは、雪くんってば、そんなこと気にしないほうがいいよ。絶対、もらえるものなら何だって嬉しいもんだって」
こうして一緒にアクセサリーを見ていると、夢宮に頼んだのは正解だったのかもしれない。ただ、何のための買い物か、夢宮には嘘をついたのだけど。本当は、芹沢雅の誕生日のプレゼントなんだけど、そもそも誕生日に呼ばれていない夢宮にそのことを言うと、発狂してしまいそうで恐い。だから、少し罪悪感を持ちながら、妹の誕生日プレゼントに、と言って夢宮に協力をお願いしたんだ。
「それに、絶対似合うと思うよ。こういう、ちょっとしたネックレスのようなものが嬉しいんだから、女の子は」
夢宮が今指差しているのは、何でできているのかわからないけれど、細い鎖が連なっていて、ワンポイントのアクセサリーとして小さな黄緑色の宝石が光っている。それに、値段もそれほど高くない。
「あらぁ、彼女にプレゼント?」
後ろから店員が、顔を傾けながら声をかけてくる。振り返ると、エプロンをかけた女性の店員がにこにこと笑っている。
「ちょわっ、彼女って私を指した?」
予定以上の驚きの言葉を夢宮は発する。
「あらら、違うの?」
「全然違います。私は、雪くんのためにプレゼントを選んであげてるだけなんです」
「そんなに否定することないのに、ねぇ?」
「いや、本当にそうですから」
「あら、そうなの。それは失礼しました。でも、彼女のセンスとてもいいと思うわよ」
「でしょー」
「あなたの好きな人は、もうすぐ誕生日なのかしら?」
「だめよ、雪くん、そんな危険な関係に落ちちゃあ」
「あらら、それも違うの?」
「まあ、誕生日っていうのは合ってます」
「ふふふ。もし誕生日が8月のうちにあるなら、ぜひこれを買ってあげなさいな。きっと彼女喜ぶわよ」
甲斐が悩んでいると、店員の女性はもう一度ふふふと笑って続ける。
「これはね、ぺリドットっていう宝石でね。8月の誕生石なのよ。それに、こういうアクセサリーって貰うと嬉しいものよ。男の子は実用的じゃないって思うかもしれないけどね。身につけてるだけで幸せになれるんだから」
「分かりました。それじゃあ一つ下さい」
「はい、ありがとうございます」
「雪くん、だめよ、妹に恋しちゃぁ」
「ないない」
「それならいいけど。だって、この間妹さんみたとき、とても兄妹とは思えなかったんだもん」
「そう?」
内心甲斐は動揺する。
「だって、私が話しかけるだけで、すごく妹さん不機嫌そうだったし。後で考えると、まるで嫉妬されてるみたいだったし。それに、普通電話ボックスに二人で入るかしら」
「……そこまで見てたの?」
「あ、はは、しまった。いや、ほら、気になったから校門まで見に行っただけよ、他意はないのよ」
「気になる以外の意なんてどうでもいいんだけどな」
「以外のイ?」
くくくと夢宮が笑う。
「いや、笑うところじゃないんだけど」
「はいはい、お待たせいたしました。プレゼント用に包んでおいたから。あと、メッセージカード添えると完璧ね」
「あ、ありがとうございます」
店員の女性から包装されたネックレスを受け取ると、甲斐は頭を下げた。
「あらら、いいのよ。こちらこそありがとうございます。どうぞ、また寄ってくださいね」
それから甲斐は夢宮をひっぱるように歩き出した。