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誕生石へのエチュード  作者: なつ
第四章 パールとルビーが重なって
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 3

 昨日アップにしていた髪を下ろし、篠塚桃花は着慣れた紺のゴシックな服に着替えていた。隣に立っている芹沢雅は、髪を後ろで一つにまとめているが、彼女はまだ白いネグリジェを着たままだ。ワンピースで、人に見られてもいいような服ではあるが、そのままというのは、雅らしくない。

 ベッドには、シルクの光沢がまぶしいパジャマを着た日達瑠璃が横たわっている。時折眉間に皺を寄せ、唸っている。おそらく、これが通常の反応なのだろう、と篠塚は思う。その彼女の手を、芹沢菫の細い手が覆っている。菫は、長い髪をそのまま篠塚のように下ろしていて、フリルのついたヘアバンドで前髪を押さえている。彼女はすでに着替えているようで、光沢のあるワンピースのドレスを着ている。同じようにベッドの側に、芹沢茜が腕を組んで立っている。昨日とは色の違うキャミソールとハーフパンツを、広い幅のベルトで止めていて、薔薇をあしらったバックルの先から、装飾の施されたベルトの先が垂れている。

「そろそろ、限界なんじゃない?」

 茜が瑠璃の表情を見ながら続ける。

「これが普通の反応なのよ。あたしたちとは違う。こんな異常な状態、そうあるもんじゃない。ねえ、桃花、どうなの?」

「わたくしもそう思いますわ。瑠璃さんには少し気の毒かしら」

「……そうだな」

 桃花はただ、それだけを答えるとその部屋から外へ出る。部屋の外には、ジャージを着た甲斐雪人と、黒いスーツ姿の芹沢鴇、左胸に意味のない英語の書かれたTシャツを着た芹沢浅葱が立っている。

「桃花、瑠璃さんの様子は?」

 浅葱が篠塚の顔を覗き込む。

「大丈夫だろう。ただ、疲れているだけだ。こんなケースはそうあることではない。お前たちだって、そうであろう?」

「桃花は大丈夫なの?」

 両膝を着き、甲斐が篠塚と視線の高さを合わせる。

「わ、私は、大丈夫だ。確かに、体は重いが、そんなことよりも、私にはやらなければならないことがある。分かるな、甲斐よ」

「そうだね。スージー捜査官が犯人ではなかった。僕たちは昨日まんまと本当の犯人によって、早くに解散させられてしまったんだ。そうすべきではなかった。もしかしたら、あの時、皆でもっと話し合っていれば、スージー捜査官を救えたかもしれない」

「ようやく頭も働きだしたようだな。そうだ。私たちはやってはならないミスを犯した。だとすれば、私たちがまずやらなければならないことが分かるか?」

「この状況では、一つしかない。今この場にいない蘇芳さんを探さなければならない」

「そうだ」

「それが最初の行動だし、その後は、もう一度昨日起きたことをすべて見直さなければならない」

「おい、そんなこと俺らがやる必要あるのか?」

 鴇が両手を広げて、首を捻る。

「誰かがやらなければならない。そんなことも分からないのか? そして、時間を与えればそれだけ、次の事件へと繋がる。これ以上の犠牲者を出すわけにはいかない」

「桃花も、ようやく調子が戻ってきたみたい」

「な、何を言う。確かに昨日の私は大人しすぎたかもしれないが、でも、それも終わりだ。鴇と浅葱はどうする? 私たちと一緒に探索するか、それとも、ここで瑠璃が回復するのを待つか」

「いや、俺たちはここで待たせてもらうよ。桃花についていっても足手まといになりそうだし」

「正しい選択だ」

 再び立ち上がった甲斐の手を取ると、篠塚は廊下を歩き出した。まずは、芹沢蘇芳の部屋を確認しなければならない。そのためには玄関の近くにある階段を2階へ上がる必要がある。

 玄関ロビーで甲斐は立ち止まると、そこからまだ開かれたままのパーティー会場を睨む。篠塚の高さからだと、ちょうどパールの宝石と同じ高さにスージーの姿が重なっている。

「ねえ、後で降ろしてあげること、できないかな。あの格好はつらそうだ」

「あれをか? 確かに、あの格好はかわいそうだが」

「それに、あれを一晩のうちに一人で作り上げることなんて、できる?」

「私なら、どうだろう。渡されたロープの位置をきちんと確認はしていないが、楽な作業ではないことは確かだ」

「見つけるべきは、宝石もだね。あれが、一種の見立てに使われているのだとしたら、ダイヤモンドやアクアマリンもあったんだろ?」

「甲斐はあの一瞬で、あの一節を覚えたのか?」

「僕にとって大事なところだけだよ。だから、それがいつの誕生石か覚えてないし」

 何気ない言葉だったかもしれないが、篠塚は俯いた。3月には、アクアマリンが似つかわしい。海のように、どこまでも青く、それは春先に咲く桃の花によく似合う。あの文章で、桃の名があったのはアクアマリンだけだ。それを覚えてくれているのだ。

「確かに、最初のテーブルの上にはすべての誕生石があった。それを犯人が殺人を犯す度に戻しているのだとしたら、先に宝石を見つけてしまうというのも手ではあるな」

「もしどこかに隠しているのだとしたら、だけど。それで、まずは蘇芳さんの部屋だけど、桃花はどこか知っている?」

「当然だろう。2階の右翼側だ。あちらに、それぞれの部屋が並んでいるからな」

「それって、萌さんの部屋も近いの?」

「そうだな。丁子の仕事部屋が中央に大きくあり、その隣にバス。そこから丁子、萌、蘇芳、鴇、浅葱、菫、茜、雅の部屋と並んでいる。造り自体は1階と同じで、それぞれの部屋にも一通りの設備は揃っている」

「なんだか、とんでもなく豪華なホテルかと思った」

「それは的を射た意見だ」

 二人で並んで階段を上り、それから右翼側に歩いていく。すでに、昨日の血の臭いはかなり薄らいでいるが、それでも確かにその臭いは存在している。

 萌の部屋の前を通り過ぎ、隣の扉の前まで行く。甲斐が一度篠塚を見てから、ノックをし、声をかける。

 けれど、返事はない。甲斐がドアのノブに手をかけると、鍵がかけられている様子はない。ノブに力を入れて、扉を開く。中に、人の姿は見えない。

「蘇芳さーん?」

 声を大きくし、部屋に響く声を甲斐があげる。しかし残るのは沈黙である。死角になるクローゼットやソファーの裏も見て回るが、どこにも蘇芳の姿はない。バスルームなども見るが、それらしいものもない。

「いない、ね」

「少なくともここには、な」

 南側の窓に近づき、そこからベランダへ降り、南側の庭を一望する。もう少し背が高ければ、篠塚も柵がじゃますることなく、この風景を楽しむことができるのに。

「どう思う?」

「どう思うも何も、まだ何も……」

「桃花なら、いくつも可能性をすでに導き出しているだろ」

「ないわけではない。だが、どれも仮説の域を出ない。それに、どれも私からすれば好ましい仮説ではない」

「この状況なら、好ましい仮説は生まれないんじゃないかな」

「甲斐も、今朝の落ち着きからすると、確信に近い仮説を得ているのではないか?」

「確信はない。けれど、仮説はある」

「どんな仮説だ?」

「証拠がない。それに、まだ分からない謎も多い」

「私ならそのいくらかに答えることができるかもしれないが」

「先に桃花の仮説を教えて」

 甲斐にそう言われ、篠塚は分かったと答える。


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