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昨日から数えて、何度目の悲鳴であろうか。今日になっては初めての、そして、男性の低い悲鳴が館内に響き渡る。
寝ていたのか、起きていたのか、自分でも分からない状態だった日達瑠璃は、その低い叫び声に完全に意識が覚醒する。まだ身に着けたままのシルバーの腕時計を見ると、朝の7時前だ。普段であれば、慌てて起きなければ、と思う時間である。
重い体を、瑠璃は自らの意思のもと引き上げる。
たぶん、私がしっかりとしないといけない立場にあるというのに、昨日の夜は芹沢雅の肩を借りるようにこの部屋に連れてこられた。彼女に借りた薄いシルクのパジャマに着替えている途中で、そのままベッドに倒れてしまった。
その前に何があったのだろう。
思い出したくない、あの血の臭い。いくつのも場面が瑠璃の頭の中をフラッシュする。スージー・F・パールの取調べ。彼女はどこへ行ってしまったのか。芹沢菫が広げる本の一節。その文に瑠璃の名前も載っていた。そんな偶然起こりえるものなのか。それともだから選ばれたのか。甲斐雪人とその小さな恋人篠塚桃花。弟ならよかったのに、なんて失礼な想像もしたけれど。ああ、そんな何気ない世界は、どこへ姿を消してしまったのだろう。
「なーんて、きっとすべて悪い夢だったのよ。うん、そうよ、そうよ」
声に出しても、払拭できない、今の今聞こえた低い悲鳴。誰のものだろう。と思っていると、前の廊下を走りすぎる足音が響く。瑠璃も、ようやくベッドから立ち上がると、ドアを開けて左右を見る。
左側に、芹沢茜の後姿が見える。瑠璃は急いで靴を履くと、その後姿を追った。
すぐに玄関の前のロビーに着く。昨日のパーティー会場の扉が開いていて、その前に人が集まっている。
甲斐に、篠塚、雅、菫、芹沢鴇と芹沢浅葱。
「ねえ、どうしたの?」
と、昨日とほぼ同じような服装の茜が声をかけている。瑠璃もすぐその近くまで行くと、ただ、鴇が会場の中を指差している。
開かれた扉。そこに鎖が渡されており、小さなパールが揺れている。その奥に……会場の中は昨日のまま。中央にテーブルがあり、多くの料理が残されている。まばらに椅子が置かれ、高い位置からの窓から、朝の光が差し込んでいる。
その、中空に。
四方から渡らされたロープ。
中央に絡まるように、まるで、蜘蛛の巣にとらわれた蝶々のように。
白衣姿の。
スージーの姿。
瑠璃の足から力が抜けていく。意識も、保っていられない。
昨日で、すべて、終わったと思ったのに。
誰かが振り返り、瑠璃に手を差し伸べる。
けれど、届かない。
瑠璃は気を失った。




