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篠塚桃花がスージー・F・パールの取調べを終えて待合室を出ると、正面に甲斐雪人が待っていた。不釣合いなスーツのネクタイを緩めて、かなり疲れた表情をしている。
あまりに中途半端なのかもしれない、と篠塚は思う。
夏休みの初め、合宿で起きた凄惨な事件を篠塚は甲斐と、芹沢雅から聞いた。そのときの甲斐の様子は、今とはまるで違う。言葉は悪いかもしれないが、生き生きしていたと雅は言った。
確かに、今回のケースでは中途半端にならざるを得ないかもしれない。けれど、それも今だけだ。すぐに甲斐も、自分が渦中にあることに気がつくだろう。
「お疲れ」
「私は大丈夫だ。それよりも、甲斐よ、お前のほうが疲れているように見えるぞ」
「そう?」
甲斐は首を左右に倒す。このままパーティーの会場に戻ってしまうと、細かい話ができないと思い、篠塚は方向を変えて、玄関の前まで甲斐をつれていく。
「どうしたの?」
「お前は、誰が犯人だと思う?」
「僕には分からない。情報が少なすぎる。それとも、桃花はもう誰が犯人か分かっているの?」
「ラプラスの悪魔が囁く。けれど、それは可能性の一つに過ぎない。他のあらゆる可能性が排除されない限り、まだ一人を特定することはできない」
「少なくとも犯人足り得ない人は?」
「甲斐だけだ。お前は私と片時も離れていない。だから、私の中で安全なのはお前のそばだけだ」
「もし桃花なら、ここのセキュリティーを破ることができる?」
「私なら、不可能ではないだろう。だが、関係者という立場もある」
「関係者だと、セキュリティーのレベルが落ちるの?」
「セキュリティーを設ける時点であらかじめ想定しておけばいいだけのことだ。難しいプログラムではない。だが、単純すぎてもプログラムの解析ですぐ判明するだろう。トロイの木馬のように、気づかれずにプログラムを組むのはそう簡単なことではない。それに、それだけのことをできる立場にあり、かつする価値のある者はいないだろう」
「今の時点で、突然にセキュリティーを破るには?」
「無理だな。だが、セキュリティーを見ていては他の可能性を狭めることになる」
「他の可能性?」
「そうだ。すでに、第三者が屋敷に入り込んでいる可能性もある、ということだ。そのためには、少なくとも誰かが招き入れなければ不可能ではあるが、手段として実はそれほど厄介ではない。考えてもみよ。この屋敷にせよ、外の敷地にせよ、私たちが把握できない死角のなんと多いことか」
「桃花は第三者の犯行を疑っているの?」
「可能性はゼロではない。が、実際かなり低いだろうと考えている。会場の入り口にトパーズが落ちていたのを覚えているだろう。あれは、どう考えても第三者の存在と矛盾している。私たちの誰かがそれをやらなければ、あそこにトパーズは落とすか、置くことなどできない」
「あれって、事件と関係あるのかな」
「さあな。だが、無関係だとは思えない。それに、あの宝石がどこにあったか、甲斐は覚えているか?」
篠塚の質問に、甲斐は首を捻る。
「だろうな、そうだと思っていたよ。まるで興味がなさそうだからな。あの宝石は、最初から料理のテーブルと一緒に飾られていた。宝石は全部で12個。誕生石が順番に並んでいたのだが、今はもうない。いつまであれがあそこにあったのか、私は覚えていない。だが、私と甲斐と、あと日達と三人であの会場にいたとき、あのテーブルにはすでに宝石はなかったのは確かだ」
「そうなの? 全然気がつかなかった」
篠塚はため息をつく。
「問題は、どうしてそんなことをしたのか、ということだ。会場の入り口のところにトパーズが落ちていたわけだが、まるで必然性がない。あるいは、ミス、なのかもしれないが、あの状況なら」
「一瞬足が止まるかな」
うむ、と篠塚は頷く。
「それだけのことだ。果たして、あの状況で、足が止まったとして、何か困ることがあるか?」
「犯人がまだ近くにいた……はずがないか。それなら萌さんが見てるだろうし。見ているなら、誰が犯人か、もう明るみに出ているだろうし」
「……その可能性が、ないわけでは、ないか」
確かに、甲斐の思考のスピードは早くない。卓越しているわけでもなければ、やはり平凡と判断するしかない。発想は篠塚からすると面白い。パズルでいうところの欠けてはならない一つのピースのようなものだ。けれど、今回に限っては、それも想定してあることだ。
「犯人が内にあるのだとしたら、萌が隠している可能性もあるな」
「でも、殺されたのは、萌さんの旦那さんでしょ」
「可能性の話だ。それを言えば、丁子は皆の父親だ」
篠塚は甲斐に軽く頭を振ると、再び歩き始める。すぐ後ろに甲斐は遅れることなくついてくる。二人はほぼ並んで、再びパーティー会場へと入った。




