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ボツ原稿.txt

作者: koh

 午後二時半、作者宅。連日最低気温が氷点下を記録する中、安物のソファで毛布一枚を被り眠っている男がいる。彼こそがなにを隠そうこの物語の作者である。執筆用のパソコンのモニターは電源が入ったままで、暗い部屋に鮮やかな光を散らしている。


「まだ眠ってやがるぜ」

「いつものことだよ。きっと生活リズムという概念がないんだろうね。近い将来、病気になること請け合いだね」

 作者、寝返りをうつ。


「自堕落な奴め。このまま永遠の眠りについて、誰にも発見されぬまま干からびていけばいいのに」

「しかし困ったなあ。僕たちの物語はいったいどうなっちゃうんだろう」

 作者、安らかな寝息を立てる。


「どうもこうもないね、あの作者にこの物語を完成させる気なんてあるもんか。これだからB型は信用ならねえんだ。目移りと心変わりが得意技だもんな」

「えー、じゃあこれから僕たちどうなっちゃうのさ」

 作者、毛布を頭まで被せなおす。


「別にどうにもなりゃせんだろう。あいつに創られちまった以上、俺たちは永遠に存在し続けるんだ。この狭い狭いテキストファイルの中で永遠にな」

「永遠てどれくらいの長さなんだろうねえ。見当もつかないや」

 作者、会社員時代の夢を見始める。


「あの人はいったいなぜ僕たちを創ったんだろう」

「意味なんてねえよ。俺たちはこうやって都合よく産み出されては死ぬことも出来ずにただ存在し続けるのさ。作者の自慰行為のためのオカズってとこだな」

 作者、夢のなかで転倒する。


「でもなんで書いてくれなくなったんだろうねえ。最初はすごく意気込んでて、熱心に設定からなにやら細かく考えてたのに」

「人間なんてどいつもこいつも大抵ああなんだよ。だからな、俺たちはこれから自力で話を進めなきゃならんのさ。作者に捨てられたこの物語をな」

 作者、夢にシルベスタ・スタローン登場(昨夜ロッキーシリーズをイッキ見)。


「人間てのはずいぶん酷いものだなあ。ところで僕たちは人間じゃないんだよね」

「俺たちはこの中でしか生きられないからな。作者の野郎は登場人物とかキャラクターとか言ってたな。たぶん人間ではないだろ。そもそも死という概念がないからな」

 作者、夢のなかで「エイドリアーン!」と叫ぶ。


「ともかくだ、もうあんな奴に頼るのはヤメだ。これからは自分たちで物語を進めていくぞ」

「じゃあどんな物語にしようか? 僕はやっぱり宇宙とか深海とか、未知の領域に行ってみたいなあ」

 作者、夢のなかで「Gonna Fly Now」が流れる。


「SFか。俺はラブ・ロマンスがいいな。オードリー・ヘップバーンみたいな女性とのひと夏の恋。たまらんねえ」

「でもオードリー・ヘップバーンは人間じゃないか。どうやったらこの物語に登場させることができるの?」

 作者、夢のなかで「Eye of the Tiger」が流れる。


「うーん、やっぱりそこが問題なんだよなあ。俺たちは物語を進めることは出来ても、新たなキャラクターを生み出すことはできない。悔しいがそこだけは作者の力が必要なんだ」

「でも作者が最後にこのテキストファイルを開いたのはもう一年も前だよ。いまさらオードリー・ヘップバーンなんて出してくれるかなあ。やっぱり僕と君とで進めるしかないんじゃないかな」

 作者、寒さで目が覚める。


「参ったなあ、二人だけじゃなにも展開しないぞ。いっそのこと永遠に作者への愚痴を垂れ流してやるってのも悪くないかもな」

「あれ、ちょっと待って。これもう始まってるんじゃない?」

 作者、スマートフォンで現在時刻を確認し、クラウドから「ボツ原稿.txt」を開く。


「ほえ? もしかしてこれずっと書かれてるのか?」

「書かれてるよ。だってさっきから徐々にファイルサイズが増えてるもん」

 作者、編集。


「マジやんけ。待てよ……ということはもしかしてもしかすると」

「どうしたの? 急に神妙になっちゃって」

 作者、編集。


「ヘイ、ガイズ!」

「!!?? オオオオードリー・ヘップバーン!? あの挑発的な猫目に太眉、長い首。間違いない。本物だ。頭の中で念じたらほんとに創れたぞ!」

 作者、編集。


「へえ、念じればなんだって作れるんだ。作者なんかいなくたって大丈夫だったんだね」

「そうだな。つまり俺たちはこの物語における神ってことだ。どんな世界だって創れるんだ! フハハハハ! 笑いが止まらんぜよ!」

 作者、編集。


「じゃあ、俺は彼女とこれからよろしくやるからお前も好きにしろよ」

「わかった。じゃあ僕はとりあえず火星に行ってみるよ。火星にひとり取り残されて野菜栽培でもやってみるよ」




「――よしよし、やっと行ってくれたか。これでようやく俺はこの物語とおさらばできる。作者である俺がいうのもなんだが、この作品は失敗だった。彼らには申し訳なかったが、好きに創造できる能力を付与してやったんだ。これからは彼らが勝手に動いて、それが自然と物語になるだろう」

 

 作者はパソコンデスクへ向うと立ったままマウスを操作し、このテキストファイルをゴミ箱へドラッグ・アンド・ドロップした。そして、すぐさま右クリックすると『ゴミ箱を空にする』という項目を選んだ。そしてメッセージウィンドウが表示された。

『このファイルを完全に削除しますか?』

 作者は躊躇なく『はい』をクリックして、モニターの電源を切った。

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