④_______
「そもそも今回の事件、誰が聞いても思うことだが、どうも偶然が重なり過ぎているんだ。恐らく自然に流れていれば、彼はこんな目にあうことはなかった。一つ一つの出来事は偶然起きたとしても不自然ではないが、その出来事が全て繋がっていることに違和感を覚えた。――誰かの意思が絡んでいることは明白だ。
「では誰の意思でどんな方法だったのか。――誰かというのは当然、君しかいない。そして方法は一つだ。君は意図的に数ある偶然を繋げたんだよな、一つの嘘によって。
「《信じれば存在するし、信じなければ存在しない》とか君は言っていたね。あれは完全に嘘だろう?
「一般論であることは否定しないよ。私が言いたいことはそういうことじゃないんだ。君が彼に話した、《ドッペルゲンガーについての前例》が嘘だと言っているんだよ。
「《文献に書いてあった》? 一体どんな文献にこんな出鱈目が書いてあったんだか。少なくとも私は見たこともないし、聞いたこともないな。
「ああ、私が知らないだけかもしれない。でも私の知識量はこの際関係がない。《そういうことに詳しくない》君がそんなに詳しく知っていることが不自然だと言っているんだよ。
「私はこう思うんだよ。文献云々については彼を騙しやすくするためだった。彼が専門家の話には説得力があると思い込んでいたから、それと同等の説得力ある言葉を使ったんだ。嘘や噂の典型例だね。
「彼のために嘘を吐いたと? まあ、それは否定しないよ。彼が君の話を真摯に受け止めて、ドッペルゲンガーを信じなければこんなことにはならなかったんだからね。――だが、今のも嘘だろう。いや、本音ではあるけれど、まだ言ってないことがあるね。この嘘は彼の取りようによっては善し悪しどちらにでも転ぶ中途半端なものだ。――君はどちらかと言えば、彼を陥れるためにやったんだよな。
「そもそも一つ気になっていることがあるんだ。君がどの時点で彼が嘘を吐いていたことに気付いていたのか。もし最初から気付いていたとしたら、励ますためというのは嘘になる。
「簡単な話だよ。彼は遊び半分でドッペルゲンガーが出たなんて嘘を吐いていた。そんな彼に、《遊び半分で肝試しをしたら本当に怪奇現象にあう》なんて話をしたら、どうなると思う? 逆に不安になるのは想像に難くない。
「そして君は嘘だけでは頼りないと判断した。頼りなかったからこそ、君はもう一押しした。彼に買い物に行くように行動を限定させたんだ。
「いや、彼が同じ服装の人間を見たことは偶然だよ。それに、君はすぐにそうなるとは期待していなかっただろう? 彼が君の言う通りに気分転換に外へ出かけてさえいればいいんだ。そうすれば同じようなことが起こっただろうからね。
「ああ、今のは仮定の話だ。君が彼の嘘に気付いていなかった可能性はある。――だけど、やはり私はあり得ないと思うね。だって君は《信じれば存在するし、信じなければ存在しない》と、最初から彼に話していたんだ。偶然とは思えない。それに、君が嘘を吐いた理由が私としては不自然に思えて仕方がない。《彼を励ますため》? 確かに友達のために嘘を吐くことは不自然ではない。誰だって自然とすることだ。でも、君と彼は友達でも何でもないよな。そんな他人である彼のために、君が嘘を吐くようには到底思えない。
「情が移った、ね。あれだけ彼に無関心だった君が言う言葉か。情が移ったと言うんなら、名前くらいは覚えているものだよな。――現在の話ではなく、君が嘘を言った時点での話だ。その時、君は既に彼の名前を忘れていただろう?
「そうやって、君は嘘を吐くことで彼の行動を操った。いや、支配したと言うべきか。君は彼を支配して、数ある偶然を繋がるように行動させたんだ。
彼女は言った。
確かに彼女の言うことは説得力があるけれど、全ては推定でしかない。
それでも、彼女は断定した。
まるで、自分の考えに間違いがあるわけがないと言わんばかりに。
「結局、君は何のためにこんなことをしたんだ?」
僕を眺めるようにしながら、さっきまでの詰問口調とは打って変わって、彼女は優しく質問してきた。
だから、僕は答えた。
「単純な話ですよ。僕は一人になりたかっただけです」
「一人に?」
「ええ。屋上は唯一、学校で一人になれる場所だったんです」
その法則は崩れてしまった。
彼や彼の友達だった生徒が屋上に来るようになったために。
だから、彼等の屋上へ来る理由を無くすために嘘を吐いたんだ。
「ふーん。成程ね」彼女は納得したように頷き、一瞬止まる。「……ああ、だからか。だから中途半端だったんだな?」
「ええ。恐らくあなたの想像通りですよ」
「つまり、どちらでも良かったんだな」
「はい」
正直な話、僕としてはどっちでも良かった。
彼の中で、ドッペルゲンガーの話が終わりさえすれば、いずれ僕のところに来ることは無くなるだろうから。
「結局の所、君は結果を早めただけなんだな」
「結果的にはそうなりますね」
僕は特に悪びれずに言った。
「…………」しばらく睨み付けるようにしながら「はあ」と、彼女はため息を吐いた。「何で君はそうなんだろうね。熱意もなければ犯意もない。生殺与奪ではないけど、せめて目的をどちらかに絞るべきだろう。今回の件にしても結局、君は彼に無意味に希望を与えて、その希望を絶望に転換させただけだ」
君は残酷だね――と、彼女は付け加えた。
その通りだと思う。
そしてその反面、そうでもないと思う。
だって、どんなに誰かのためを思って行動しても、その誰かの受け取り方次第で、その行動は目的の逆の作用をしてしまう。これはどうやっても取り除けない矛盾みたいなものだ。今回だって、彼が自分の嘘を何とも思っていなかったら、何事もなかったはずなんだ。
まあ詭弁だけどさ。
自分の行動を正当化する気は更々ないし、
自分の目的を正常だと思う気もない。
「さてと、これでこの話は終わりだね」僕の思考を遮って、彼女は急に席を立つ。「そろそろ帰ろうか」
彼女は何事もなかったかのように、そう締めくくる。
ように、ではなく本当に何事でもないのだろう。
彼女にとっては。
それは、僕としてはどうしようもなく悲しいことだ。
残念なだけかもしれない。
「あ、はい」
だから、僕も何事もなかったかのように振る舞った。
彼女が先程まで読んでいた本を、手分けして片付ける。
それから僕等は帰路についた。
その帰路の中、僕は考える。
やはり、今回のことは僕としてはどうでも良かったんだと。
仮に、彼が僕の嘘を信じて何事もなかったとして、
彼が僕を友達だと勘違いして、その後屋上に来るようになったとしても、どうでも良かったんだ。
僕はただ、彼女とこうやって話さえ出来ればいいんだ。
もしかしたら、僕はそのために――
「何を考えているんだ?」
横を歩く彼女が言う。
「えっ」
「まさか今頃になって罪の意識が芽生えたわけでもないだろう?」
「……さあ、どうですかね」
「ふむ。君が今回のことをどう考えているかは知らないけれど、あまり気にする必要はないよ。君が何もしなくても、この結果になった気がするしね」
「さっきと言ってることが違いますよ」
「いや、同じことさ。君がしなかったら、私がしたかもしれないからね」
「何故です?」
「彼が都市伝説を軽い気持ちで利用したからかな。私としては許せないことだよ」
そう言って、彼女は笑った。
僕はその顔を見て、その目を見て思う。
嘘か、本当か。
……まあ嘘でも本当でもいいのか。
彼女はもしかしたら、僕を慰めようとしてくれたのかもしれない。
だから、嘘を吐いたのかもしれない。
そんな都合の良いことを僕は考えた。
結局、人の行為の善悪は、受け取った人次第なんだろう。
だから、僕は言った。
「ははは。ありがとうございます」
嘘を吐いてくれて。
最後の言葉は必要ないと思ったので、言わなかった。




