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別に僕は話してもいいですけど、面白い保証はありませんよ。
はあ、話せばいいんですね。
じゃあ最初から順に話していきます。
二週間前ですかね。僕がいつものように一人で屋上で昼食をとっていた時です。普段は誰一人、屋上に来ないんですけど、その日は違いました。初めて来客があったんです。
その来客というのが、仮に加藤くんとでも呼んでおきましょうか、今回の事件の中心人物でした。
いえ、もう彼の名前は忘れてしまったんで。それに名前なんてどうでもいいでしょう。
加藤くんは僕を見るなり、何かに気付いたように僕に近づいてきました。
そして加藤くんとこんな話をしたんです。
「くっそ、このやろう。なんなんだよあれ。何で屋上来るのにあんな糞埃っぽい所通らなくちゃならねえんだ!?」
ああ、くっそ、この服高いんだぞ――と、全身埃まみれになった体を叩きながら、僕の目の前に彼は来た。
「なんで俺がこんな目にあわなきゃならねえんだよ!?」
じゃあ来るなよ。
と思ったけど、口にはしない。
「つかお前、本当に屋上にいんだな。探したぞ」
「僕を?」
「そうだよ」
「何で?」
「用事があるからに決まってるだろ」
「そりゃそうか。で、えーと、君は……」
「お前、まさか俺の名前も覚えてないのか?」
「うん」
というか見たこともない気がする。
「てめっ、クラスメイトの名前くらい覚えておけよ!?」
どうやら彼はクラスメイトらしい。
記憶にはないけれど、そうなんだろう。
今のは流石に失礼だったかな。フォローを入れておこう。
「ごめん。僕、物覚え悪くって。君の名前どころか君の顔さえ覚えてないくらいだからさ」
「更に酷いぞ!?」
逆効果だった。
彼は舌打ちして一息入れて言った。
「ったく、まあいいや。俺は加藤だよ。覚えておけ」
「うん、それで? 僕に用事って何かな?」
「ちょっと聞きたいことがあんだよ」
聞きたいこと? そう僕が問い返す前に「加藤ー、あいついたのかー」と屋上の入り口から声がした。
見ると、加藤くんと同じように私服を着た生徒が三人出てきた。「お、本当にいるんだな」とその内の一人が言った。
顔を見るが、やはり僕には記憶がない。しかし、どうも加藤くんの友達のようだし、クラスメイトの可能性もある。下手なことは言わないでおこう。
「えーと、聞きたいことって?」
「あ、ああ。丁度こいつ等も来たし、聞いてみるか」
加藤くんは続けて言う。
「お前、ドッペルゲンガーって知ってるか?」
ドッペルゲンガー。
確かに僕は知っているけれど、何とも唐突な感は否めない。加藤くんのような人が、こんなマイナーな怪奇現象を言葉にするとは思っていなかった。
「知っているけど、それがどうしたの?」
「それがな、どうも出たらしいんだよ」
「出た?」
「ああ、俺のドッペルゲンガーが出たらしい」
加藤くんの話を聞くとこういうことらしい。
いつものように、ここにいる友達と外で遊んでいた加藤くん。その時間帯に他の場所で加藤くんを見たという目撃証言が学校裏サイトに書かれていたらしい。
最初は気にしていなかったけど、次第にその数が多くなってきた。しかもどういうわけか、決まって加藤くんが誰かといる時間帯に目撃証言があった。だから流石に気になりだしたらしい。
何とも眉唾な話だ。
「そもそもどうして僕に聞きに来たの?」
「そりゃお前、こういうことは専門家に聞けってよく言うだろ?」
「じゃあ専門家に聞いてくれよ」
「ん? でもお前ってこういうことに詳しいんじゃねえのか?」
「いやいや」
何でそうなる。
「なんだ違うのか? でも皆言ってるぜ。お前って何つーか言動がおかしいっつーか、――不思議系っつーのか? とにかく変わった人間だから、そういうことにも詳しいはずだって」
誰だ、そんなデマを流したのは。
「というより、不思議系=そういうことに詳しい、という等式が成り立たないよ」
「でもよ、お前っていっつも一人で屋上にいるだろ。あれも実はUFOを呼んでいるとか言われてんだぜ。それにお前って違和感はあるのに存在感はねえじゃん。幽霊と話をしているとか、むしろお前が幽霊なんじゃねえかって話もあるくらいだぞ」
ほう。いつの間にか僕は超常現象と肩を並べる存在になっていたようだ。
何だそれ。
僕はそんなキャラじゃない。
というより、僕はそういうことに詳しいわけじゃないのだけど。
「まあ何でもいいや。お前知ってるんだろ。じゃあこいつ等にも説明してくれよ。俺が何を言っても信じようとしねえんだよ」
どうやらそのために専門家である僕の所に来たようだ。確かに専門家の言うことには説得力がある。信じるかどうかは別にして。そして僕が専門家かどうかも別にして。
そろそろ面倒くさくなってきた僕は、この場を凌ぐために知っていることを簡潔に話した。
『ドッペルゲンガー』
二重に歩く者の意。自分と全く同じ姿をした《もう1人の自分》を目撃してしまう怪奇現象、及び、目撃してしまうと必ず死に至るという都市伝説を指す。
そしてこの現象で重要な事は一つ。
目撃した場合、その人物が自身の分身であると直感的に確信して疑わない、ということだ。
「――とこんな感じかな」
説明を終えると加藤くんの友達が口々に言う。「何だそれ?」「あり得ねえって」「嘘くさー」等々。
そんな彼等を差し置いて、加藤くんは言った。
「で、専門家さんの意見はどうよ?」
「どうよって、何が?」
「決まってるだろ。ドッペルゲンガーが実在するかどうかってことだよ」
何だ、そんなことか。答えは簡単。
「ははは。実在するわけないよ」
「何だとてめえ」
……何故怒る?
どうも加藤くんのしたいことが分からない。こういう時は否定してもらいたいものだと思うんだけど。
そもそも何故、加藤くんは友達にその話を信じさせようとしているのかも不可解だ。
まるで、
ドッペルゲンガーが本当にいることを望んでいるような――
……いや、考え過ぎか。
それに加藤くんの思惑はどうであれ、僕には関係ないことだ。
加藤くんが肯定して欲しいというなら、そうしてあげるのが優しさだろう。
「まあ待ってよ。普通に考えるとあり得ないことだけど、実際はどうだか判断できないんだよ。肯定する材料もなければ、否定する材料もない、というのがこういうことのセオリーだからさ」
「つまり?」
「つまり、信じれば存在するし、信じなければ存在しない、って感じかな」
「よく分かんねえな」
「もう少し様子を見るべきだってことだよ。これから先も同じような目撃証言が出てきたら、流石に偶然とか勘違いとかでは済まされなくなる」
そうすれば、いずれ皆が信じることになるよ。
最後の言葉は必要ないと思ったので、言わなかった。
後は加藤くん達があり得るあり得ないの禅問答をしていて、昼休みが終わってしまった。
本当、僕の一人の時間を返して欲しいものだ。




