番外編 悪魔の秘密
番外編です!\(^o^)/
俺が彼女に最初に出会ったのは、彼女が『史上最悪の魔女』を倒し公爵となった時だった。
俺の名前はコンラット・ワイズ、公爵位を持つ父親に貴族の母親、双子の弟をもち、父親のように強くなりたいと鍛練を重ねる魔国では普通の貴族の少年だった。
貴族の両親をもつ俺は、ほぼ遺伝によって決まる魔力量が、当然ながら多かった。
そのため、同年代の少年達にも、勿論負ける事など無かったし、普通なら大人さえ敵ではない。
唯一魔力量では俺に勝る弟でさえ、どちらかといえば頭脳派で………
正直、俺は調子乗っていたのだ。
心の何処かでは、いつでも自分の力に慢心する気持ちが渦巻いていた。
ある日、俺は突然父に執務室に来るよう呼び出された。
弟である、イブリスは呼ばれず、俺だけだった。
何かしたのか?と日頃を振り替えるが特に何かしたおぼえはない。首を傾げつつも
父の執務室にたどり着けば、出かける用意をしろと言われた。
「何処かへ行くのですか?」
「あぁ、お前に良いものを見せてやろう。」
良いものとはなんだろうか?期待に胸を踊らせながら、急いで支度をして馬車に乗り込む。
俺が何となくそわそわしているのに、気づいていたのだろう、父は苦笑しながら言った。
「お前は『史上最悪の魔女』を知っているか?」
「今代の番人の事………だったと思いますが……?」
「そうだ。」
『史上最悪の魔女』それは今代の番人である女公爵の呼び名だ。確か、名をアナイア・フォールイヤーといったか、しかし、名前より通り名のほうが余りにも有名だった。
彼女を一言で表すなら、残虐非道。これにつきる
戦う事、相手を手酷くなぶり殺すのが大好きで、公爵という立場を利用した処刑という名の大量殺戮を繰り返していた。
そんな魔女が何故、公爵位にあるのか。
それは、アナイアが誰も下克上出来ない位に強かった事と、貴族には手を出さなかった事にある。
ただでさえ弱い者が悪いのだという、弱肉強食の風潮がある魔国で貴族に被害が及んでいないとなると、敢えて挑んで行こうという馬鹿はいなかったのだ。
実はそんな魔女を一度、父に連れられて見学に言った魔王城で見かけたことがある。
真っ黒な長髪を高い位置で1つに纏め、身の丈に合っていない大きめの長い黒いローブを着た女性だった。
これが、史上最悪と呼ばれた魔女かと、俺は好奇心に負けて木々に身を潜めながら近づいた。気配を殺し少しずつ衣擦れの音さえ立てないように。しかし、
十メートルほどまで近づいた頃だろうか、魔女が此方を向いたのだ。
「…………っ!!………」
逃げようとしたが、恐怖の余り、体がまるで石にでもなったかのように固まり動く事ができなかった。
血が通っていないかのような生白く、表情のない顔。魔女であるアナイアの得意とする精神魔法によって青く染まった瞳は、一切の光を受け付けないかのように淀んでいた。
よく見れば、指先が赤色に染まっていて…………俺の頬を冷たい汗がつたった。
魔女の口角が緩やかに上がっていき、先ほどまでの無表情が嘘だったかのように愉悦に歪む。
息を忘れて魔女の一挙一動を見つめていれば、突然魔女の顔が忌々しげに歪んだ。
「………………………ワイズか」
そう呟くと、魔女は転移魔法で去って行った。
俺が貴族である事に気がついたのだろう。貴族である事に窮屈に思った事はあっても感謝したのはその日が初めてだった。
あれから、魔女には会っていない。
しかし、父はあの魔女がどうしたというのか?
「今日、闘技場にて公爵位をかけた決闘が行われるそうだ。立会人をつとめるガルマンさんに見に来ないかと誘われてね。」
「!!まさか、番人とですか!?」
「あぁ、しかも相手は魔王領に観光客申請して入領した、領外出身の少女だそうだ。」
「…………………何故、そんな事を?そんな少女が勝てるとは思えません。…………ガルマンさんは止めなかったのですか?」
貴族ではないとしたら、十中八九殺される。
ガルマンさんは、どういうつもりだ!!!
魔女の残虐性も、強さも同じ公爵であるガルマンさんにわからない筈がない。
あの人なら止めそうなものだが………
相当自分は渋い顔をしていたのだろう、父は俺を宥めるように言った。
「ガルマンさんは、面白い物が見られるかもしれないと言っていた。……………ガルマンさんには、少女を殺す所を見て楽しむ趣味はない。恐らく何かあるのだろう。」
「………………………」
あの、魔女に勝てるとはどうしても思えない。
俺に刻みこまれた恐怖は未だに消えず、魔女を思えば鼓動が少しだけ早くなる。
広い何百もの観客を入れる事ができる闘技場には、4分の1程度も人はおらず、疎らな状態だった。
分かりきった勝負には興味が無いのだろう、ここに集まったのは余程の暇人か魔女の残虐な行いを見物にきたもの位のようだ。
父は一番前にある、屋根のついた賓客ようの観客席に迷わず向かう。ここは、強力な結界魔法に守られている上、外からは見えないようになっている。そんな場所で観戦出来るのは、ガルマンさんから招待という事と、恐らくこの場で父以上の権力者がいないからだろう。
あちらからは見えないと、わかっていても闘技場の中央を思わず恐る恐るのぞいてしまう。
中央にいた人物はやはりあのとき見た女と同じ女だった。
あの時と違うのは、始めから表情には喜色が滲み、目の前の少女から一切目を離さない所だろうか。
時折楽しげに舌舐めずりをする姿に、鳥肌がたった。
正直、あの頃より成長した気でいた。
以前の自分とは一味違うのだと、勝てないまでもあわよくば弱点を見つけてやる位出来るかもしれないとおもっていた。今思えば甘過ぎる考えだったのだが。
今はただ、これから始まる戦いを目に焼き付けようと相手の憐れな少女に目を向けた。
俺と同じか少し下くらいの年齢の少女。
内側に丸まった角やは皮膜のはった黒い羽根に尻尾。
それらをしまう為の魔法は、使うつもりが無いのかまだ、使えないのか。出しっぱなしのままだったのが目についた。
顔はうつ向いていてよく見えないが、溶けるような黒い髪に真っ白な肌は美しい顏を予想させる。
一般的な魔族のようで、特に変わった種族であるわけではなさそうだ。
魔女に挑む位だ。秘境に住まう伝説の~とか言うような種族でも出てくるのかと思ったのだが、予想は外れたらしい。
時間がきたのだろう、転移魔法による独特の淀みを引き連れて、
ガルマンさんが表れた
「では、これより公爵位及び魔王領警備長、通称『番人』をかけた決闘を開始する。なお、事前に双方により決議が成された結果、相手を戦闘不能、若しくは殺害することにより勝敗を決めることとする。この決闘は同位たる公爵ガルマン・ファンザードが立会人をつとめることにより正式なものとなり、魔王様の意思となる。それでは……………………始め!!!」
とうとう、始まってしまった。
俺はこれから始まる虐殺や拷問を思い、静かに目を伏せたい気持ちを何とか抑え顔をあげた。
「くぁははっ!いいねぇ、いいねぇ、私に挑むとはなんと生意気なクソガキだ。自分がこれからどうなるか分かっているだろう??」
魔女は体を折り曲げ楽しげに笑ったかと思うと、目を見開き、喜劇か何かの主役のように手を広げて見せた。
しかし、少女が恐怖の余り何も反応を見せない事がわかると、何が楽しいのか口が大きく歪んだ笑みに変わる。
いつの間に持っていたのか、少女にゆらゆらと幽鬼の如く、歩みよる魔女の手には鋭利な短剣が握られてる。
魔女は少女の目の前に移動すると、わざとらしくゆっくりとした動作で短剣を振りかぶった。
少女は
『アナイア・フォールイヤー。短剣を捨てなさい』
カラン
魔女の手から短剣があっさりと落ちた。
今までの水を打ったような静けさとは裏腹に会場中が何があったのかとざわめきだす。
しかし、それも直ぐに少女の行動により無音になった。
少女が抱きついたのだ、魔女に。
皆が固唾を飲む中、少女は甘えるように背伸びをして
秘め事を話すように魔女に顔を寄せた。
周りが少女の行動に気をとられるなか、俺は少女の顔から目が離せなくなった。
目が青く染まっていたのだ。
『史上最悪の魔女』アナイア・フォールイヤーのように。
っ!!!
それを頭が正しく理解したとき俺は心の底から戦慄した。
彼女は!!!
「アナイア、貴女に私は殺せない。傷ひとつ負わせることも出来ないわ。」
少女はお気に入りのお人形にするかのように、魔女の胸に頬を刷り寄せた。
「ね、そうでしょう?」
「は、はぁいい、い」
魔女は本当に少女のお人形になってしまったのか?と思わせるようなぎこちない動きで返事をした。
よく見れば、体が小刻みに震えている
少女はふふっと小さく笑い、さっきよりも力を込めて抱きついた。
「私は殺せるわ」
青がきゅっと細まる。
抵抗を見せない魔女
むしろ従っているようだった。
殺すという言葉にもピクピクと痙攣を見せるのみで大きな反応はみせない
魔女でなければ反応すら出来なかっただろう。
それに何より
あの青い目。
魔女と同じ、しかし、実力の桁違いな
精神魔法
本来、精神魔法を目が青く染まる程に使いこなす魔族などほとんど居ない。
それは、精神魔法を習得するのに自身の精神にも異常なほどの負担がかかる事にある。
他人の精神に干渉する魔法である、精神魔法。精神魔法を使う際自分の精神にも大きく触れるため、感情の嵐に精神という生身で突っ込んでいくようなもの………らしい。
この魔法が発見された当初、廃人や幻覚を見るなど精神異常をきたす魔族が続出した。
それにより、大人たちは子供たちへの教育の際必ず精神魔法の危険性について語り次いできたのだ。
その為、精神魔法の使い手は少数で、そこから更に強力な力を得ようとすれば努力以前に強靭な精神と凄まじいほどの才能が必要とされる。
俺とそう変わらないような少女に出来る事じゃない。
「“自分がこれからどうなるか、わかっているでしょう?”」
「あ゛ぁああぁぅあ」
魔女はずるずると地を這いながら、短剣の元まで行くと。
躊躇い無く短剣を己の心臓に突き刺して、息絶えた。
少女は青く煌々と輝く瞳を魔女に向け、暫く眺めていたが、
ふいと顔をガルマンさんに向けた。
「もういい?」
目を見開いていたガルマンさんも気がついたのか、
「……………あ、あぁ。勝者、ヴィオレ・ドッチオーネじゃ。…………お主、これから時間はあるか?用事も特になけりゃあ、アナイアの物の引き継の説明をしたいんじゃがの。初めに言っとくが部下や使用人もアナイアの物に含まれるでのう、引き継ぎは大変じゃ」
「いいよ。行こ」
「うむ。」
ガルマンさんは此方をチラリと伺うとニヤリと笑った。
どうだ、面白いモノがみれたろう?
と言っているかのようだった。
ガルマンさんと少女否、ヴィオレは説明の為に転移魔法で行ってしまった。
残された父は魔女を指差すと、炎魔法で魔女の亡骸を燃やした。立ち上った青い炎はまるでヴィオレの瞳のようで。
俺は恐怖を感じるよりも、何故かまた会いたいと思ったのだ。
この俺たちの最初の出会いをヴィオレは知らない。
数日後に、我が家へ遊びにきたのが最初の出会いだと、ヴィオレは思っているようだが、それでいい。
だって、あの時のお前を見て畏敬の念すら覚えたなんて、なんか悔しいしな。
だから、この日のあった出来事は俺の秘密なんだ。