番人の最愛
赤い空が広がる。
道路の先には陽炎が立ち上ぼり、蝉の泣き声が私の感覚を麻痺させた。
自分でも何処を見ているのか分からない。
ただ、ただ。ぼんやりと。
目の前の一向に変わらない景色に違和感を覚えた。
痙攣したかのように、右手がピクリと動く。
それを合図に意識が急浮上し、自分が道路の真ん中に突っ立っていた事、人が誰もいないことに気がついた。
先ほどまで誰かが、水でも撒いていたのだろうか、水の流れ続けるホースが民家の庭に放置され、此方にも水が侵食してきた。
靴が濡れる事にも構わず、広がる水溜まりを眺めていると、ふと、写る自分が中学校の制服を着ている事に、気がついた。
あぁ……………夢か。
唐突に、理解した。
「…………………………………。」
見馴れた天井が目に写る。
体を起こせば、いつの間に魔法が解けたのか、視界の端に尻尾が見えた。
ヴィオレは溜め息をつくと、魔法を使い尻尾をしまう。
前世を夢で見るなど、初めてのことだった。
今まで前世の記憶と言えば、ふとした瞬間に些細な事柄が甦ったり、知識として頭の片隅にあったりするようなもので、感情の伴わない事実だった。
なんで、今更…………
寝起きの頭では、難しい事など考えられるはずもなく、
ただ、何となく。今の自分の姿を確認したいと思った。
姿見の前に立つ。
先ほど夢で見た姿とほとんど変わらない自分がいた。
変わったことと言えば目の色だろうか。
前世では黒目に背中の中程まで伸びたまっすぐな黒髪た った。今の自分もそうだったのかもしれないが、幼い頃に強力な精神魔法に目覚めてから、目の色は青く染まってしまった。
角や羽、尻尾を隠してしまえば、見た目は人間と変わらない。
何を今更感傷的になっているんだろう。自分は生き延びた、公爵まで上りつめた。
前世のような甘い世界を懐かしむほど、この世界が嫌いなわけじゃない。
はぁ……………………
って、やめやめ、考えたって何も変わらないし
私はこの世界を生きるって決めたんだから。
姿見に映る自分をいちど撫でると、ベットの横にあるベルを鳴らす。
暫くすれば足音が聞こえてきて、うちに仕えるメイドが現れた。
「これから舞踏会に行かなきゃならないの、着替えを宜しく。魔王様主催では無いから、祭典用の正式なドレスでなくていいわ。」
「畏まりました。」
普段は着替え位自分でしてしまうのだが、舞踏会へ行くとなるとドレスが必要となる為、着替えに手伝いが必要となる。
私には特にドレスへの拘りの様なものは無いので、メイドに全て任せる事になり、私はただ突っ立っているだけで済んでしまうなので楽チンだ。
何故、舞踏会へ行く事になったのか、それは先日の騎士団長ロゼグシュタ・ファンザード訪問に関係する。
ロゼグシュタさん訪問後、ガルマン爺の邸宅に顔を出しに行くと何故かコンラットとその部下ミラムがいた。
コンラットは双子宰相の兄の方、漆黒の髪を後ろに撫で付け燕尾服のような格好をした青年だ。
外交を主に担当していて、様々な地域を飛び回っている。人間の国にもたまに視察に行くらしく、人間について聞きたい時は大体コンラットに聞いている。
そして、その部下ミラムこと、ミラ君は上司であるコンラット同様悪魔の性質を持った魔族だ。
上司同様からかいがいのある可愛い子で、
此方もコンラットを真似をしているのか、燕尾服のような服を着ている。ミラ君は
成人は迎えた筈なのに、見た目は少年のようにあどけなさが残り、ふわふわの茶髪に、大きな感情駄々漏れの目が非常に泣かせたく………いや、可愛がりたくなる子だ。
謂わばワンコ系?ケルベロス君に通ずるものがある。
ガルマン爺と何か話していたのか、二人の前には私特製の紅茶もどき………もうめんどくさいので、っぽいものは普通に呼ぶが、紅茶がおいてあった。
ミラ君は流石にこのメンツで隣に座る勇気は無いのか後ろに控えている。
ササッ!!!「うわっ!ちょっっ!!!!」
今月最速でミラくんに近寄ると、ミラくんを抱えて、
コンラットの座る長椅子の隣に掛ける。
「ガルマン爺、お邪魔しまーす」
「おぉ、ヴィオレか。久しぶりじゃな」
良かった、ガルマン爺は相変わらず元気そうだ。
「何普通に会話してんだよっ!!ミラムを抱っこはスルーなのかガルマンさん!ったく、ミラムなんかビックリし過ぎて未だに固まってんじゃねーか!………ヴィオレも何時まで抱っこしてる、やめてやれ」
コンラットは男の沽券に関わるからとか何とか言ってるが無視だ。
「なに?コンラットも抱っこ希望?でも、残念ね私の膝は可愛いものの為にあるのよ」
余計に抱き込めば、ミラ君が今の状態に気がついたのか、真っ赤になってバタバタし出す。
「話を聞いちゃいねぇ………ミラム諦めろ。」
「ヴィ、ヴィオレ様!?何で自分抱っこされてるっすか!!!はな、離して欲しいっす!!!コンラット様も諦めないで下さいっす!!」
「ほっほっほ。ヴィオレは可愛ええもんが好きじゃからなぁ。」
「そこ、勝手に和まないでくれ」
頭を抱えるコンラットに、自分の上司と同じ公爵であるヴィオレに抱えられ慌てふためくミラム。
そして、からかいがいのある獲物を見つけ、楽しそうなヴィオレを微笑ましそうに見るガルマン。
「本当ミラ君は可愛いわ~!持って帰りたーい!!わぁ、頬っぺたプニプニね!
あら、泣いてるの?ん~あんまり可愛いことすると、食べちゃうわよ。」
「ひゃいっっ!!!!!」
半泣きで気絶したミラ君が可愛い過ぎて辛い。
横抱きだったミラ君の向きを正面に変えて、もう一度抱き込む。
ふふん、ミラ君可愛い。
「くっ!ミラムには悪いが、お前がいると被害が少ないから凄く助かる!!!!」
「お主それでもこやつの上司か?まったく、この気絶が、魔力酔いなのか、単に純情過ぎるのかは解らんが。まだまだ、青いのぅ……」
これしき、かわせんでどうするのか。と若干呆れるガルマン爺は魔力量が多い為、私の魔力で酔う事はなく、
コンラットも流石に部下のまえでは気を抜いてない、以前のように酔って脱力してしまうことは無い。
「あっ!そうそう、勢いで入って来ちゃったけどお邪魔だったかしら?」
「いや、問題無いじゃろ。お前さんにも関係する事じゃ。」
なぁ?とガルマン爺がコンラットの方を向いた。
「そうだ!ガルマンさんの後にお前の所にも寄ろうと思ってた所だ。手間が省けて丁度いい、もうガルマンさんには大体話したんだが、今度高位の貴族連中を集めた舞踏会があるんだヴィオレも参加するだろ?」
「うーん。出た方が良いのはわかってるけど、めんどくさいわねぇ。主催者は?」
私が舞踏会を苦手とする事を知っているコンラットは呆れたように、ため息をついた。
うるさい!お前らブルジョアとは違うんだよ!
「インテグリアー家だよ、そこの長男が成人するってんで御披露目なんだと。」
「インテグリアー?…………あぁ、ヴァンパイアの……ちっ!!それじゃあ欠席って訳にもいかないわね」
「舌打ち止めろ」
ガルマン爺は、ほっほっほと笑いながらのんきにお茶を啜る。
インテグリアー家は、ヴァンパイアの一族だ。
あの一族は、魔国建国時から存在する、有数の名家で多くの貴族連中を束ねている。
人間でさえ権力をもって調子に乗ればめんどくさいのに、魔国の、しかも魔王領の貴族がそれを持ったらどうなるか。
言うまでもなく、クソめんどくさい
そんな、魑魅魍魎どもを押さえ込み統括するという仕事を与えられたのが、インテグリアー家だ。
家長は公爵位を持っており、自尊心の高い貴族達を代々統括していて、魔王様の危機や、命令を聞けないような事態になれば自らの判断で貴族達を指示する事を許されている。
公爵はどんな役を与えられていようとも、対等ではあるが、一応公爵は貴族の括りに入る。
そのため、公爵達は義務では無くともインテグリアー家の夜会には大体出席するのだ。
「うっ……うぅん………………………ん?……あれ?」
ミラ君はまだ意識がはっきりとはしていないらしく、グッタリしながら目をしばたかせている。
この体勢、自分でやっておいて何だけど
「おはよう?」
「?おはようござっ……!!!!!??」
やっと自分の顔が何処にあったのか理解したらしいミラ君。真っ赤な顔で言葉も出ないのか、陸に上がった魚のように口をぱくぱくさせている。
「起きたみたいだな、ミラム。まぁ…………諦めろ、人をおちょくるためなら、それくらい平気でやる女だ。」
ポジティブに行こう。悟ったような顔でミラム君の肩を
叩くコンラットムカつく。
「あ、あぁああの!!!そ、その、すいませんでしたぁ!!」
「あら、いいのよ?泣きたい時やお昼寝の時はよんでね~何時でもまた胸をかしてあげる、色んな意味で」
「ひぃ!!すいません!」
「これこれ、からかうのも大概にせんか。また気を失ったら面倒じゃろうが、ミラムもそれくらい軽くかわせるようになれ。」
静観をきめていたガルマン爺も、呆れたように口を挟んできた。ミラ君は、む、無理ですよ~と半泣きでコンラットの背後に隠れてしまった。
流石に苛め過ぎたかなー?と、ちょっと反省
「ごめんごめん!ミラ君が可愛くてつい、ね?次は、コンラットにするわ」
「やめろ!」
「おっと!そろそろ帰るわ、バイバイ!ガルマン爺、コンラット、ミラ君」
コンラット達で十分遊んだので、もうおいとまする事にしよう
窓を開けて飛び立つと同時に羽をだす。振り返って手を振れば、ガルマン爺は手を振り替えしてくれる。
「無視すんなー!!」
はいはーい
サブタイ意味深ですいません(笑)
特に深い意味では無いので最愛=可愛いものと考えて下さい!
ミラムは基本的に皆からからかわ……愛される、ば可愛い子です