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水葬

作者:N64
偽物の少女と偽物の『少女』のお話です。
 自らのその形を失いながらも、呆然と立ち尽くす緑に覆われたビル群。アスファルトが所々剥げ、無数の深い亀裂が走る地面。その上に並んだ、焦げ茶色に錆びた街路樹たち。側には、誰にも乗られずに涸れてしまったバス。そしてそんな状況でも、ずっと変わらず照らし続ける太陽。
 人類が抱き続けた愚かさ。それが作り上げたものは、この街――この景観だった。
 視界に入る範囲で語るならば、人類は一人も残らず滅亡した、と断定してもかまわないだろう。人間を失うことにより、却って荒んだこの地には、以前のような生物は一切存在していなかった。
 ただ。そこに人間がいてもいなくても、同様に一日は過ぎていく。さっきまでこの街を照りつけていた太陽は、雲にその身を隠し、その代わりに仄暗い色の雲が辺り一帯を埋め尽くしていた。
 この、独特の匂い。雨が降る前のこの匂いは、きっと昔からずっと変わらない。
 ポツリ。
 雨粒が、地面を徐々に濃い色に染めていく。一粒、二粒、四粒。そうやって、降り注ぐ雨粒の数は増えていき、数分後には、数え切れないほどの雨粒が降り注ぎ、視界が白く染まった。
 遅れて、激しい雨音が響く。その音にかき消されながらも、確かに聞こえてくる声があった。少女のようであり、なおかつ、芯がありかつ艶のある歌声。よく聴けばそれは、錆びた街路樹側にある乾涸らびたバスの中から洩れていた。
 そのバスの後部座席。そこに、声の発生源はいた。それは、まだ十二歳にも満たないようなうら若き少女だった。
 この少女以外に誰も存在しないこの街において、その少女はこの街における、貴重な生き残りともいうべき存在であった。この街で一人、5年間ずっと誰とふれあうことも叶わず、少女はこの街に存在し続けていた。
 少女は、昔、東雲藍と名付けられた。その少女の姿は、水も電気もなくなったこの街の住人としては、異容であり、とても綺麗で清潔に見えた。
 人間離れした、深い青色の髪の毛。血を抜いたような、純白の肌。硝子球をそのまま埋め込んだような青い瞳。全てが、少女の人間らしさを否定するような――人間である限り到底辿り着くことの出来ないような美しさをもっていた。少女が少女たる所以を証明できるものは、その無邪気と無邪気故の好奇心だけだった。
 錆びた窓枠。少女はそれに触れないように、窓の外を覗きこむ。そのときの顔は、つまらない、といわなくても伝わるくらいに退屈そうだった。それでも少女は、生みの親の言いつけ通り、雨に濡れない場所で、雨が止むのを待っていた。

 激しく降っていた雨が、嘘だったかのように、穏やかになっていく。仄暗い雲が薄く切れ切れになっていき、その身に隠していた太陽をさらけ出した。地面に残った雨水が僅かに蒸発し、体に纏わり付くような、じめじめとした空気を生み出す。少女は、その中へとバスを飛び出し、駆けだした。しばらく駆け回った後、少女はとある場所で、唐突にその足の運びを止めた。少女は、大きな水溜まりを不思議そうに覗き込んでいた。しばらく眺めていたかと思えば、突然しゃがみ込んで、その水面と指を接触させた。それを始点として、ゆっくりと、静かに波紋が広がる。それに合わせて、水面に映り込んだ『少女』の輪郭が歪む。
「あなたは誰?」
 当然、返事はない。
 少女は、返事がないことを不思議に思いながら、水面に向かって手を振った。鏡写しの必然。『少女』もその手を振り返した。少女は、口角をあげた。口だけのそれに対応して、『少女』も笑みを浮かべる。
「友達だね」
 照れくさそうな声で、少女は初めての言葉を口にした。ボロボロの本から読み取った知識から参照すれば、こういう人を友達と呼ぶのを、少女は知っていた。冷たく白い肌が浮かべた表情に、少しだけ柔らかさが宿る。欠乏していた成分が、今、少女に供給された。それが、偽物で価値のないものだとしても、少女にとっては唯一の本物だった。その嬉しさで、少女は、ずっと作り慣れていない笑顔を浮かべていた。
「名前はなんていうの?」
 『少女』は、答えない。
「じゃあ、私がつけてあげる! えーとね」
 少女は、嬉しそうに名前を考える。少女が名前をつけてもらったとき嬉しかったように、きっと『少女』にも嬉しがってもらえると、少女は考えていた。うんうんとうねりながら、少女は思考を重ねていく。
「じゃあ――」心に決めたのか、前置きを一切せずに言い放った。「――イアで!」
 安直かつ単純明快。自分の名前を逆さまにしただけだった。それでも、『少女』はずっと笑っていた。
 それから、二人きりの独り言は、溜まった水が蒸発して、『少女』が消えるまで続いた。
 自分のこと、現状のこと。ずっと一人きりだったからか、話したいこと、伝えたいことは『少女』が消えても、一向になくならなかった。
 『少女』が見えなくなった後、少女はどこへともとれない方向に、届くように精一杯叫んだ。
 ――またね!

 その日から、少女は雨のことを好きになった。今までは、雨、晴れといった、空模様にはさして気に留めていなかった少女にとって、雨の日が楽しみというのは、推し量りきれない未知の感情だった。そして、自分の知らなかったことに気づかせてくれた『少女』を、もっと好きになった。
 『少女』がいなくても、『少女』は教えてくれる。そんな『少女』の存在は貴重で、少女にとってかけがえのない大切なものになりつつあった。……もしかしたら、もう既に、なっていたのかもしれない。

 約二週間。次の雨が降るまでに、それだけの時間を要した。
 雨粒が優しく地面を叩く。その音と同時に、少女の顔には、未だにぎこちない笑みが咲いた。少女は、雨の中、涸れたバスを飛び出し、『少女』と初めての出会いを果たした場所へとひた走る。少女の体は、走る時間に比例して、どんどんと熱を帯びていく。この二週間に溜め込まれたこの感情は、今にも爆発しそうだった。喜びで足をもつれさせ転びそうになりながら、その度にしっかりと足に力を入れ、走り続けた。
 数分で、その場所に少女は辿り着いた。水溜りは、雨粒によって起こされた波によって、ぐしゃぐしゃになっている。雨粒で波が起きないよう、覆うようにして水面を覗きこむ。待ち焦がれた『少女』――イアとの再会。
 しかし、そこに写ったのは、一度も見たことのない顔だった。『少女』ではない、何者かの顔。少女は驚いて、後ろに体勢を崩した。もう一度確認するため、四つん這いになりながらも、恐る恐る水溜りに近づいき、覗きこむ。紛れも無く『少女』ではない、何者かの顔が写っていた。髪の毛は、美しい青色が抜けて、白くなりおり、ボサボサとしていて汚い。醜い顔を、更に醜くする厚化粧を施したような、汚い肌。それでも、変わらない硝子球の青い目。
「あなたは、誰?」
 震える声で、そう尋ねる。恐怖が、波のように押し寄せてくる。
 頭の痛み。それが、脳みそ全体を覆うのにそう時間はかからなかった。今まで感じたことのないような、とてつもない痛み。矛盾を正面に据えた脳みそは、悲鳴を上げる。
 水面に映る少女の顔は、どんどんと溶け落ちていく。ついには、その銀色の肌を晒すことになる。微かに残った白さえも、雨に洗い流されていく。着ていた簡素な衣服が、どんどんと、その機能を失って消えていく。
 優しい雨粒は着実に、少女を削り取っていった。
 削り取られて、いっとう簡素になった少女は、ロボットと表現するのに一切の差支えがなかった。銀色の肌。鋼鉄の頭皮。綺麗な硝子球をそのまま埋め込まれた瞳。全てが全てを、少女が人間であることを否定する材料たりえていた。
 ――『少女』は、存在していなかった。じゃあ、あの水面に写った彼女は誰。あの醜い彼女は、誰。
 少女は必死に考えた。人工知能が悲鳴を上げるのさえ無視して、『少女』は誰か、考えた。時間とともに、答えは必ず訪れる。導き出された彼女の答えは。
「あれは私、だよね……」
 その答えは、少女のあの時間を全て嘘だったこと、あの時間が全て一人きりのコミュニケーションだったことを気づかせる。
 当たり前の一方通行。そこに初めての喜びを見いだした少女は、ただ絶望して、雨曝しのまま、倒れ込む。
「イアも、二人きりの会話も、全てが偽物だったんだ……」
 雨は、いっそう激しくなる。不具合が訪れるのも、時間の問題だった。
「なんで、信じれたんだろう……」
 生みの親の最後の言葉を思い出す。
『残りの人類も少なくなった。僕は淋しいから、心をもった君を作った。君は水に濡れなければ、ほとんど壊れることはない。だから、もしもこの先、君が淋しいと感じたときは、海にでも身を投げてくれ。多分、君がそう思う頃には、人類はもう一人もいないかもしれない。淋しさを、そのまま君に引き継いでしまって、本当に申し訳ない。僕のわがままで、君に辛い状況に置いてしまって、本当に申し訳ない……』
 心を持った少女。もしかしたら、その心は、零と一の世界で定められたものなのかもしれない。だから、本当は淋しさなんて感じてはいないのかもしれない。
 だって現に、涙なんて溢れないし、胸が苦しくもならない。もしもあのボロボロの本が本当なら、心はきっと本当で、どこか別のところにあるんだろう。
 だから、少女は思い続ける。
「この想いはきっと本物だよ、ね?」
 声が。

 爆発音が、辺り一帯に響いた。
童話によくある教訓みたいなものはまったくないです。

(追記2015/05/19:学祭に流用するので、見かけたらどうぞよろしく)

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