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第二話 野外合宿へ

 朝の食卓には微かに甘い香りが漂う。母さんの作る、卵鳥(ニュー)の卵焼きだ。窓際の木の机に座ると、風に揺られたカーテンが日差しとともに頬をなでた。テーブルに置かれた懐中時計は朝の七時を指している。町から少し離れたこの家は、窓を開けていても静かだ。ニューの甲高い鳴き声が、遠く微かに聞こえた。

「あら、おはよう、エス」

「おはよう母さん」

 かまどの前で料理をしていた母さんが振り返る。白髪が少し交じった髪を背中で一つに結び、表情は穏やか。小さく花の刺繍が入ったエプロンは歳に似合わず、子供っぽさを感じる。

 目の前にニューの卵焼きとパン、それにミノタ牛のミルクが並べられる。二人分の食事を用意すると、母さんはテーブルの向い側に座った。

「何時に出るの?」

「八時前の貨物車に乗るつもり」

 今日からアイゼンとの合宿が始まる。俺を一人前の冒険者にするための強化合宿である。

「そっか。アイゼン君が一緒なら大丈夫だと思うけど、気をつけてね」

「うん」

 母さんはアイゼンは古い知り合いらしい。母さんがまだ若くて、アイゼンも成人する前の話だ。俺が生まれるより先に死んだ父さんも一緒に、三人で仕事をしていたと言うのだが、ただそれが何の仕事かは、母さんもアイゼンも教えてくれない。そのコネがあったおかげで、幸か不幸か、俺はモノリス国立学校に入学することになったのだが。

「帰ってくるのはいつだっけ?」

「早ければ三日で終わり。まだ分からないけど」

「お母さん、一人じゃさびしいわぁ。早く一人前になって帰ってきてね」

 にっこりとほほ笑みながら言う。

「冒険者になったらあんまり帰ってこれないからな。しっかりしてよ、母さんも。体、気をつけてな」

「わかってますよ」

 本当に心配だった。学校でも噂になっていた通り、母さんは病気だ。いや、正確には病気ではなく、母さんの体を蝕むのはいわゆる呪いの類だ。左腕に刻まれた禍々しい呪紋は、少しずつ肩へと広がっている。不安だが、どうしようもない。解呪の方法が無い呪いなどいくらでもあるし、母さんのもその一つだった。出来ることと言えば、鎮痛剤と対魔術具で応急処置を取ることぐらいだった。明るく振る舞ってはいるが、本当は辛いのだと思う。実際、母さんはあまり外出もしないし、近所との付き合いも希薄である。


 食事を終えると旅人服に着替え、母さん手製の弁当や、買い置きの傷薬をバックに詰めてゆく。

「母さんは大丈夫だから。エスこそ、危ない時はとにかく逃げるのよ。あ、そうだ、これ渡しとかないと……」

 母さんがポケットから取り出したのは3枚の金貨だった。

「いいのか? こんなにもらって。合宿に必要なものはアイゼンが用意してくれるらしいし、お金は無いなら無いで大丈夫なんだけど……」

「いいから持って行きなさい。不良に絡まれたら、これで許してもらうのよ」

「下位冒険者になるのに、不良にビビってどうすんだよ、母さん」

 思わず笑顔になる。母さんは少し変わったことを言うが、それも俺の身を案じての事だ。思い返せば、世話になってばかりの十八年間だった。

「そういえば、アイゼン君からの手紙で読んだんだけど、下位冒険者になる子、もう一人いるそうじゃない。合宿、一緒に行くんだってね」

「ああ、そうだよ」

 そうなのだ。驚いたことに、モノリス国立学校から下位冒険者を志望するのは、俺だけではなかった。まだ直接会ってはいないが、今日から数日間、一緒に合宿することになる。

「それも可愛い女の子だってね。母さん知ってるのよ。まったくあんた、その年になって女の子一人も家に連れてこないんだから。今度こそ頑張るのよ!」

「へえ。というか、なにを頑張るんだよ」

 興味の無いふりをしつつ、少しだけ期待した。


   ◆


 貨物車で約半刻、周りの風景は賑やかな街並みに変わる。ここ王都モノクラストには薄土色の石材で造られたビルが並び、その間を縫う大通りのわきではたくさんの露店が客で賑わっている。食材を売る店、書物を売る店、魔導器具や武器を並べた店。色とりどりの商品に目を奪われているうちに、貨物車はゆっくりと坂道を登りだす。一転、静かな丘の、葉の落ちた並木道を行けば、丘の上には、広大な敷地を持つモノリス国立学校のそびえ立つ校舎群が見えてくる。

 校門前で貨物車を降りる。休日にもかかわらず自分以外にも多くの生徒がそこで降りた。おそらく、部活や委員会の仕事だろう。制服を着た生徒たちの中で、旅人服の自分はかなり浮いている。ここ、校門付近が今日の待ち合わせ場所なのだが……。周りを見渡すと、少女はすぐに見つかった。自分と同じように旅人服を着た少女は、人ごみの中でやはり浮いていた。


 俺が近付くと、彼女が顔を上げた。一つ結びの黒い髪に、黒い瞳。少しあどけない顔をした小柄な少女だ。

「えっと、君も合宿だよね?」

「あ、はい」

 小さな声で、しかしにっこりと笑いながら答えてくれる。

「名前は?」

「カズミです。あなたは?」

「俺はエス。……カズミさんも、下位冒険者を志願してるんだろ?」

 もう一人の志願者がこんな少女だというのは意外だった。いかにも育ちが良さそうに見えるし、着ている旅人服もよく見れば随分と上等なものだった。

「そうですよ。可笑しいですか?」

 そう言って微笑む姿も、なんとも下位冒険者らしくない。

「ちょっとイメージと違ったよ。もっとガラの悪い、乱暴な女を想像してたから」

「こう見えても私って結構、力強いんですよ。『体力』も2ありますし」

「え、ホントに?」

 ステータスで2というのは、例えば学校のクラスで「あいつかなりやるじゃん」って言われるくらいの実力だ。もっと具体的にいえば、クラスに三十人いるとして、トップスリーに入るくらいの力だともいる。

 一見そんなに体力があるようには見えないが、ステータスがそうなっているのであれば、そうなのである。

 ちなみに、俺の「体力」の0というのは、クラスに三十人いるとしてワーストスリーに入るくらいの実力である……。

「ホントですよ。それに剣術も得意なんですから、ほら」

――――――――――――――――――――――――――――――

カズミ レベル8

 生命力:1 体力:2 知力:1 技術力:2

スキル

 剣術:2

特性

+)二刀流(片手剣を同時に二本装備できる)

-)???

――――――――――――――――――――――――――――――

 あっさりと、俺にステータスを見せてくれたが、これは……。

「いや、戦闘寄り過ぎるんじゃ!? というか二刀流って……え、カズミさんって、見かけによらずバトルマニアなのか?」

「あ、よく言われます。自分じゃそんなつもりないんですけど」


 クスリと笑う姿も、なんとなく恐ろしく見えてきた。まず剣術ランクが2というのが尋常でない。ステータスと違い、スキルランクの最大値は3だ。剣術2とは、熟練の剣士の技能に等しい。

 それ以上に目立つのが特性の二刀流だ。二刀流なんていうのは、よほど近接戦闘が好きでもなければめったに習得しない特性である。盗賊などがよく使うと聞く。

 さらに、特性の最後の「???」も気になる。本人が隠している以上深くはつっこめないが、マイナスの特性というのは、ざっくり言えば何か悪い作用をもった特性だ。「狂乱(戦闘時高確率で発狂)」なんて持っていた場合は最悪だ。彼女がミノタ牛のように暴れ狂う姿が、脳裏をよぎった。


 その後もカズミさんは、おとなしめの口調とニコニコした笑顔のまま、腰に隠した剣や戦闘用アイテムについて逐一解説してくれた。間違いなく、彼女は戦闘好きの少女だった。実は俺自信、戦闘に関する知識は多少なりあったので、それだけに彼女がいかに戦闘に詳しいかはよく分かる。内心楽しく話を聞いているうちに時刻は集合時間を少し過ぎ、アイゼンが校舎から出てくる。

 ぼさぼさの頭はいつも通りだ。しかし流石に普段のくたびれた白衣ではなく、シンプルなデザインの旅人服を着ていた。


「お、早いな、二人とも。なんだ、もうすっかり仲良しか?」

「ええ」

 アイゼンの藪から棒な発言に愛想良く対応するところにも、カズミさんの品の良さが見られる。きっと普段はおとなしく可憐な子なんだろう。いや、今も十分おとなしくて可憐ではある。その趣味が若干風変わりで似つかわしくないところはあるが。

「なんだ、もうお互いステータスは見せあったのか。二人ともびっくりしただろう、違う意味で」

 確かに、俺は彼女の戦闘狂っぷりに驚いたし、彼女は彼女で、俺のレベルの低さを見て驚いただろう。それを全く顔に出してはいなかったが。

「驚きました、空間属性魔法だなんて。私、初めて見ました」

「エスはレベルは低いが、スキルはレアだからな。それに、戦闘に関する知識は豊富だから、カズミとも気が合うだろう」

「まあな。楽しかったよ、カズミさんの話。俺より詳しい人、珍しいし」

 そう、俺のスキル空間属性魔法は、レアなスキルだ。その名の通り、空間を操ることが出来る……らしいのだが、実は一度もこの力を使ったことはない。スキルがレアなせいで、術式や魔導具があまり開発されていないのだ。

 このスキルと戦闘関連の知識、そしてアイゼンとのコネ。これらがあったから俺は一応一流とされるこの上級学校にいられるわけだ。


「さあ、そろそろ出発しようか」

 ひとしきり雑談したところで、アイゼンが仕切った。とはいえ……

「ちょっと待ってくれ、俺たちはまだ合宿場の場所も聞いてないんだが」

「そうだったな」

 アイゼンは懐から地図を出して広げて見せる。彼が指さしたのは、ここモノリス王都モノクラストの北東。山岳地帯の中の湖だ。

「確かシアン湖だっけ。こんなところに合宿場があるのか? それに結構距離があるけど……貨物車で二時間ってところか。どうやって行く? 貨物車かそれとも、馬車か?」

「おいおい。何甘いこと言ってるんだ。合宿場なんて無いし、移動は歩きだ」


 ……。いや、歩きというのはおかしいだろう。貨物車で二時間ということは歩きでは半日以上かかる。今すぐ出発しても、到着するころには日が沈むはずだ。その上合宿場もないのでは、到着してからはどうすると言うのだ。

 更に、この男は追い打ちをかけてくる。

「今持っているアイテムは俺に預けろ。ここに置いていくから。ほら、出した出した」

 勢いにのまれ、俺は持っている手荷物を彼に預けた。カズミさんも、高価そうな武器を次々と取り出しアイゼンに渡す。

「おっと、これはエリーさんの手作り弁当じゃないか? これは持ってていいぞ。三日も置いとくわけにはいかないし。俺もエリーさんには世話になったから、腐らせちゃまずい。それと、二人ともこれを持っていろ」

 母さんの弁当だけは返してくれた。ついでに渡されたのは(ブロンズ)ナイフ(短剣 攻撃力1 耐久5)とヒールポーション(HP5回復)を一個だ。最小限の装備といえる。

「いくらなんでもサバイバル過ぎないか? 向こうに着いて、寝る場所もないんじゃ困るだろ」

 至極真っ当なことを言ったつもりだが、アイゼンには鼻で笑われた。

「下位冒険者になって無事でいたいと思うなら、このくらい当然だ。それにな……」

 厳しい態度を装いながら、アイゼンの目は微かに輝いていた。

「サバイバルはいいぞ。今からワクワクしてくるだろ?」

 そうだった。この男は、見かけによらずアウトドア派なのだ。それもかなりの冒険好きで、考古学の研究と称し、助手たちを連れまわして危険な遺跡に潜っているという噂だ。

 おまけに、横を見るとカズミさんまで、何故か楽しさを隠しきれないような表情をしていた。

「これは楽し……気が引き締まりますね。ね、エス君」

「あ、ああ……」

 なるほど、この人も危険好きのようだ。バトルマニアという時点で、何となく気付いてはいたが。つまり、これから最低三日間、この無鉄砲な男女に山中を引き回されるわけか。これはたいそう、鍛えられそうだ。


――――――――――――――――――――――――――――――

エス レベル3

 生命力:1 体力:0 知力:1 技術力:0

スキル

 空間属性魔法:1

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厳しい感想もお待ちしております。

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