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第一話 下位冒険者

この小説の世界は、現実世界とは少し異なるシステムで動いています。そこに思いを馳せながら読んでいただければ幸いです。

 この国に冒険者は山の様にいる。平均以上のステータスやスキルを持っているのなら、

冒険者になるのはそう難しいことではない。

 国民の十人に一人は冒険者であり、危険の多いこの世界において、彼らは国民生活に一定の貢献をしている。国にとって必要な存在であり、それゆえに平凡な存在だった。


 だが勇者は違う。勇者は強い。勇者は輝かしい。勇者は皆の憧れ。代わりのいない存在。あらゆる面で、平凡な冒険者達より優れている。つまり、勇者は何より、非凡なのである。

 そんな勇者に、俺はなりたかった。


   ◆


「おい、テスト結果だ。お前のゴミみたいな答案に、わざわざ点数を付けてやった。ありがたく受け取れや」

 くたびれた白衣を着た長身の男が、乱暴に紙切れを押しつけてくる。人の多い食堂で生徒の答案をゴミ呼ばわりとは、全く遠慮を知らない教師である。答案を開くと、赤いインクで10の文字。

「10点……か。何点満点だっけ? 20点?」

「100点満点だ……と言ってやりたいところだが、残念、そのテストは1000点満点だ」

「……まじっすか?」

 予想以上にひどい点数だ。これは進路に響く。たった今まで教科書を開いて勉強していたのだが、全てが無駄に思えてきた。

「お前、食堂でまで一人で勉強か? 熱心なのはいいが、教科書にスープこぼすぞ。俺も昨日、生徒の答案にシチューこぼしたから気をつけろ」

「いや、アンタのはダメだろ」


 このメチャクチャな男の名はアイゼン、このモノリス国立学校の歴史教師だ。なんだかんだで俺とアイゼンは仲が良い。俺がこの学校に入る以前から、長い付き合いがある。

「そういやお前、そろそろ進路決めろよ。卒業まで一カ月切って何にも決めてないのはお前くらいだ。」

「分かってるんだが、色々悩んじまって」

「あれだろ、勇者になりたいってんだろ。つっても、なろうと思ってなれるもんじゃねえしなあ」

 彼がそういった瞬間、周囲の者の視線が一斉に自分に向いた。全くこの男は、こういうところで気遣いができない。というより、勇者を目指すというのがどういうことなのか、あまり分かっていない。

 才能の無いものが勇者になりたいなどと言えば、それだけで失笑の的。常識人なら人前では絶対に言えないような妄言の類だ。

 もっとも俺はそれほど常識人でもないので、あまり気にしないのだが。

「やっぱり、とりあえずは冒険者にでもなろうと思うよ。こんな成績じゃまともな職業にも就けないしな。のんびりやるさ」

 半ば自嘲気味に言う俺に、アイゼンは笑顔でこう返した。

「まあ勉強の出来も酷いが、お前じゃ冒険者でも難しいだろ?」

 ……全く失礼な男である。


 彼が言うとおり、勇者はなろうと思ってなれるものではない。才能にあふれ、努力し、実力を示したものだけが王族によって勇者へと召し上げられる。現在この国に勇者の称号をもつものは六人だけ。それだけでも、勇者という称号がいかに偉大なものかわかる。

 それに対して冒険者は、王城主催の適性試験に通れば誰でもなれる。その仕事は魔物退治から資源調達まで様々。国民から寄せられるクエスト、すなわち依頼をこなしながらその日暮らしの生活を送る。国民のヒーローである勇者とは違い、あまり評判のいい職業ではない。たいていの親は、我が子が冒険者になることを望まないのだ。

 とはいえ、俺程の無能となると、まともにクエストをこなすことすら難しいかもしれない。そもそも俺のステータスを見てクエストを依頼する人間がいるとは思えない。

 一応俺でも、安定した冒険者になる方法はあるにはある。……だがそれは、決して望ましいものではない……。


「お前もしかして、下位冒険者になるつもりか?」

 普段はふざけた調子のアイゼンが、突然改まって言った。心を見透かされたようでドキリとする。そう、俺でも冒険者になる方法、それが下位冒険者だ。

「それは……」

 言葉に詰まる。正直、選択肢として考えてはいた。

 下位冒険者は誰でもなれる。だが一般にそれは、ほぼ最悪の進路である。才能も無く、努力もせず、結果も残せなかった人間、つまり、一人前に働いて独立することが絶望的な人間を、国が下位冒険者として雇ってクエストを依頼する。いや、依頼というよりは命令に近い。下位冒険者に拒否権はない。

 その仕事は過酷。ある者は、一般冒険者なら見向きもしない鉱石を危険な鉱山で掘り続ける。またある者は、後遺症的状態異常を伴う毒をもった害虫の駆除に駆り出される。国民のために、身を呈してダーティーワークに従事する。それが下位冒険者だ。

 下位冒険者になれば、最低限の収入の保障はある。ただし例外なく最低限。それ以上になることはない。彼らは国から仕事を「頂いている」のであり、贅沢は許されない。おまけに、安全、健康の保障もない。普通、下位冒険者になるくらいであれば、親のすねをかじってでも無職を貫き通す方がましとされる。


「お前が本気なら止めないが……気をつけろ、人として扱ってはもらえない」

「何か、知っているのか……?」

 悼むような表情で語るアイゼンに聞き返す。

「昔、友人が下位冒険者になった。彼は最初の任務で、クリスタルギャラリーに駆り出された」

 ……クリスタルギャラリー。専用の魔力付与(エンチャント)装備無しでは決して近づいてはいけないクリスタルの洞窟。有害な魔力が充満し、無防備な人間の体は徐々に「結晶化」すると言う。

「装備は? 国から支給されなかったのか?」

 アイゼンはゆっくりと首を振った。

「『必要と思われる装備は各自準備しても良い』だそうだ。彼は帰ってこなかった」

「……」

 エンチャント装備は一般に高価である。下位冒険者が簡単に買えるものではない。

 そして、結晶化したのであれば、もうどうにもできない。治癒魔法の存在する石化と違い、永続状態異常である結晶化は、死と同義語。おそらく遺体は、そのまま坑道内に放置されているのだろう。

 下位冒険者になれば、命の保証はないのだ……。


「いいか、エス。よく聞け」

 初めて名前を呼ばれる。

「下位冒険者になる決心がついたら、もう一度俺に相談してくれ。今のままじゃ、こき使われ、のたれ死ぬだけだ。俺が準備を整えてやる。それと……」

 アイゼンは少しパーマのかかった髪に手をやり、間をおいてから、俺をじっと見つめなおした。

「下位冒険者のままで一生終わるようなことは、許さない。どんな過酷な状況でも、志は高く持て」

 すぐには答えられない。元々この先のことなど、それ程しっかり考えていたわけでもなかった。考えないようにしていた。勇者などという、曖昧で手の届きそうにない目標だけ持って、俺は怠けていたのだ。それが今、現実に引き戻された。気付けば、選択肢は多くない。もし少しでも夢を追う気があるのなら、この男の言うとおり、決意を持って下位冒険者になり、どんな状況でも生き抜くしかないのだ。

 それでも今すぐに決心はできない。もっと楽な生き方なんていくらでもある。単純な肉体労働にでも従事すれば、それ程裕福ではないにしても、もっと安全に、もっと安定した生活を送れる。この馬鹿みたいな夢さえ捨てれば、下位冒険者よりはるかにましな選択肢だって無くはないのだ。

「少し、時間をくれ……」

「ああ、構わん。だが出来るだけ早い方がいい。お前を一人前にするのには、手間がかかりそうだから」

 アイゼンの口調は、いつもの調子に戻っていた。俺は一旦悩むのをやめ、食事に手をつけた。


   ◆


 食堂を出ると、魔動エレベーターに乗り込んだ。食堂は本校舎の二十階。ガラス張りの壁から景色を見下ろしながら、ゆっくりと地上へ下降していく。茶色い石材で作られた美しい城下街の上空を、数隻の飛空艇が飛んでいた。その中でも一際大きな船が、空を突く巨大な王城の中へのみ込まれていく。おそらく軍艦だろう。

 モノリス王城はまるで、石で造られた山のようだった。街並みと同じく茶色の石材は何層にも積み重ねられ、丸い外壁は最下層から頂上に向かって急峻な傾斜を作りだす。頂上付近には、武力を表す剣の紋章が描かれた国旗がはためき、あまりに高いその城の上層部には、うっすらと雲すらかかっていた。


 エレベーターには各階ごとに、多くの学生たちが乗り込んでくる。紺色の制服の胸にはどれも、国旗の剣と学問を象徴する書物をモチーフとした校章が縫い付けられている。

 エレベーターが満員に近くなった時、背の高い男子生徒が数人のガールフレンドと一緒にエレベーターに乗り込んできた。込み合ったこの空間では後頭部しか見えないが、あの男は確か、同学年の成績優秀者である。名前は……キリシヤ。

 向こうはこちらを見ていない。彼の後姿をじっと凝視する。彼の能力値を測るためである。能力値の計測に必要なステータスは「知力」。俺のステータス「知力」は1。ステータスにおいて、1とは最も平均的な数値。十人いれば、八人から九人の「知力」は1である。「知力」が1の場合、こうして注視して知ることのできる相手の能力はレベルのみ。しかし……。

 レベル16……。この数値だけでも、彼の有能さは十分に窺い知ることが出来る。一般に、成人の平均レベルは7とされているから、この男はその二倍を超える能力を持っていることになる。おそらくこの学校で最高クラスのレベルを持った生徒。

 ちなみに、俺のレベルは3である。


「そうそう、うちから下位冒険者を志望してる人がいるって聞いたんだけど」

「え、マジ? 国立から下位冒険者とかいるの?」

「うっそ、聞いたことない」

 女子生徒達の会話に、聞き慣れた単語が出てきた。妙な噂がたっているようだが、俺のはことではないだろう。まだ進路のことは、アイゼンにしか言っていない。

「誰よそれ、そんなに出来ない人っていたっけ?」

「うーん……あ、そういえばほら、アンタのクラスの……誰だっけ……」

 ああ、この流れは……。

「エスだっけ? ありえるかも。あの成績じゃね……」

 噂の出所がどこにせよ、俺が疑われるのは仕方ない。これだけ成績が悪ければ、誰だって真っ先に俺を疑う。普段は話もしない癖に、結構きついことを言ってくれる。それは我慢するとしても、ここにいることがばれるのは気まずい。見つからないように、顔を壁の方を向け、彼女たちがエレベーターを降りるのを待つ。

「下位冒険者なんてごろつきの集まりでしょ? うちの生徒がそんなところに行ったら、無事じゃ……」

 実にアンラッキーなことに、地上まであと少しというところで、多くの生徒が降りてしまう。エレベーター内には、俺とキリシヤと数人の生徒のみ。さらに厄介なことに、女子生徒は話すのを止めない。

「仕方ないんじゃない? 勉強もできないし、確かあの人のステータス、体力も技術力も0じゃなかった?」

「それじゃロクな仕事ないかもね。あの人、片親だっけ。親の脛かじって、ってわけにもいかないしね」

 何故そんなことまで知っている?

「お母さんと二人暮らしだって。うちの親が言ってた」

 そういうことか。

「あ、うちのお父さんも言ってた。エス君の母親、病気らしいね」

 随分と詳しい。噂も意外と、正確に伝わるものである。


 あと数階で地上。とにかく早く降りてくれ。言われっぱなしなのも悔しいが、そもそも彼女たちの話は真実であり、反論の余地もない。

 三階。更に何人かの生徒が降りる。

 二階。とうとうエレベーターの中には、俺とキリシヤ、それと数人の女子生徒のみとなった。

「でも可哀想じゃない? 片親で育てて上級学校まで行かせて、あの成績じゃ……」

「……! ちょっと……!」

 最悪だ。このタイミングで気付かれた。

「あ……」

 おしゃべりな女子生徒が完全に沈黙してしまった。気まずい時間。お互い、何と言っていいのか分からない。助け船を出したのは、キリシヤだった。

「エス君だっけ? 君、下位冒険者を志望しているんだっけ?」

「あ、ああ。一応」

 いきなりの質問に、曖昧に返事をしてしまう。

「そっか、頑張って。結構危ないらしいからね。怪我する人も多いらしいし、場合によっては……」

 さわやかな笑顔で、よくしゃべる。なんだか無性にイラついた。相手は超エリート。情けない話だが、この紳士的で上からの態度が、俺に劣等感を抱かせた。

 だからそれを悟られないうちに、一言だけ言ってエレベーターを降りた。

「大丈夫、死なないから」


「ありがと……」

 背後で、女子生徒の一人がキリシヤに礼を言うのが聞こえた。

「ううん。それにしても驚いたね。運が悪かった」

 振り向きはしないが、はにかむようなあの男の笑顔が目に浮かんだ。それと同時に、さっきの言葉を思い出す。

――でも可哀想じゃない?

 母さんの姿が脳裏をよぎる。確かに俺が不甲斐ないばかりに母さんを心配させたのは事実かもしれない。それを、この能天気な女たちに指摘されたのもまた、情けなかった。

 何より、悔しかった。劣等感が、闘争心に変わった。人から見れば、下らないきっかけかもしれない。しかし俺はこの時、はっきりと決意した。もう怠惰な生活は終わらせる。俺は本気で勇者を目指す。ただひたすら、立派になる。母さんが堂々と自慢できるような、そんな息子になる。

 立ち止り、踵を返す。アイゼンに会うため、俺は教員棟へ向かった。


――――――――――――――――――――――――――――――

エス レベル3

 生命力:1 体力:0 知力:1 技術力:0

スキル

 空間属性魔法:1

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