第8章「暗い道程」
空中城塞都市ラデュレー・・今やレウ・ファーの神殿
と化した建物の大広間で、レウ・ファーは送り出したフ
ァイオ達の神霊力の波動を偵察衛星で感知し、その位置
を確認した。
「・・ファイオはソエリテに入ったところか・・・。」
ダイナ山脈一帯の立体映像地図が宙空に浮かび、ファ
イオを表す小さな紫色の光点が、その一角で点滅してい
た。
縮小表示された地図上ではその近く・・実際には十数
キロの単位で離れた場所に、もう一つ幻神の反応があっ
た。
レウ・ファーには既にそれが、単独行動を取っている
ザードの反応だと知れていた。
幻神達の位置の確認を終えると、レウ・ファーは白磁
の仮面をソエリテの地図から反らし、崩れた白い石段の
上に腰を下ろしているゼズへと向けた。
「・・ソエリテに出現した怪物の取り敢えずの分析の最
新版だ・・・。」
一本の細い触手が、レウ・ファーの体を包む花弁の間
から伸び、ゼズの頭上に一枚のカードディスクを差し出
した。
「お前にとって、興味深い内容であるとよいがな。」
何の感情もこもらない合成音声を聞き流しながら、ゼ
ズは憮然とした表情のままカードを受け取った。
触手を引っ込めると、レウ・ファーはそれっきりゼズ
には興味を示さず、次の分析作業に移った。
掌中で冷たい光を放つカードに目を落としつつ、ゼズ
は無言で立ち上がると自室へと帰っていった。
◆
小さく溜息をつきながら部屋の扉を閉じたところで、
ゼズはふと室内の温度が極端に下がったかの様な錯覚を
感じた。
不審に思いながら部屋の中に目を向けると、無言で立
ち並び部屋を埋め尽くしている半ば生きた造形物・・幻
獣達の間に、縹色の神影が座しているのが目に映った。
「・・・っっ!!」
ゼズは息を呑み・・驚きと恐怖に、俄に声も出せなか
った。
「あ・・・!貴方はっっ・・・・!!」
縹色の影が立ち上がり、目の前にゆっくりと歩み来る
様子を、ゼズはただその場に硬直したまま見つめる事し
か出来なかった。
「エ・・・エアリエル・・・。何故、貴方がここに?」
緊張と本能的な恐怖に震えながら、ゼズが辛うじて発
した問いを、エアリエルはただ薄い笑いを浮かべて聞く
ばかりだった。
エアリエルはゼズの間近で立ち止まり、傍らで創り主
の恐怖とは無縁にゆっくりと揺らめく幻獣の細長い突起
を指でなぞった。
「・・仲々面白い作品達だ・・・。」
エアリエルの仕草も、言葉も、視線も・・ゼズは硬直
したまま、目を離す事が出来なかった。
油断すればどの様な目に合わされるか・・。いや、そ
もそもこの神の神霊力の前には、ゼズは何一つ出来ない
無力な存在でしかないのだった。
「神国」の存在する地上世界や、「虚空の闇」、「冥
界」・・・それらの世界とも違う、遠く遙かな異次元の
様々な世界を巡り彷徨う魔神・・。
この魔神はかつて、古い時代にこの地上世界に現れ、
「神国」に大規模な破壊と殺戮をもたらしたのだった。
「・・そう恐れるな。仮にも今は神国神殿に住居を構え
る身の上。昔の様に徒に誰彼を殺しはせんよ・・・。」
ゼズの緊張には構わず、エアリエルはそう言うと興味
深げに室内の幻獣達を見回した。
「実に、面白く興味ある作風だ・・・。」
「私に・・・何の用ですか?」
ゼズは額の汗を手で軽く拭い、エアリエルに尋ねた。
「なに、君の作品を前々から一度見てみたいと思ってい
たのでね・・・。それに、君の素質や才能にも、感嘆す
べきものがある。」
もしエアリエルの言葉が本当ならば。
ゼズは暗澹たる気持ちが心の片隅に湧き起こるのを感
じていた。
レウ・ファーと言い、エアリエルと言い、何故こうも
自分の能力は邪悪な神の気ばかり惹いてしまうのだろう
か・・・。
ゼズの思いには構わず、エアリエルは伸び放題の縹色
の髪をゆらゆらと揺らしながら、室内の幻獣を見て回っ
た。
「・・幻神、か。・・神々や人間の夢や幻から生まれ出
て、またその幻から偽りの命のある形を創造する神・・
・か・・・。」
エアリエルはその薄紫の唇から、そっと独り言を漏ら
し、手近にあった小さな幻獣を気紛れに手に取った。
「幻神は、創造という点で・・太古、「神国」の世界を
創造した様な、創造を司る神へと進化出来る素質を持っ
ている・・・。」
「・・・。」
エアリエルの言葉に、ゼズはただ、曖昧な沈黙を返し
た。
ゼズの無言には構わず、エアリエルはそのまま部屋の
隅にあった古びた木の椅子に腰を下ろした。
ゼズはエアリエルの言葉の真意を量りかねたまま、た
だその場に立ち続けていた。
「・・幻神である君は、創造神へと進化出来るのだよ・
・・。」
ゆっくりとエアリエルは足を組み、妖しく輝く縹色の
瞳をゼズへと向けた。
「・・・あなたの様な「創造」を司る神・・・に、です
か?」
硬い表情で言葉を返しながらも、ゼズにはまだ、エア
リエルが自分の事を話題にしているという実感が湧いて
いなかった。
「いや・・・。もっと高次の、もっと根源的な「創造」
だ・・・。」
ゼズの様子に、エアリエルは優雅とも取れる静かな微
笑を浮かべた。
「君も、何かを生み出す事に生き甲斐や喜びを感じる種
類の神ならば、レウ・ファーの「神国」侵略などにいつ
迄も関わるべきではないと思うがね・・・。」
エアリエルの言葉に、妹のファレスとファリアの事や
レウ・ファーが自分に与えた幾枚かのデータカードの事
がゼズの脳裏を掠めた。
自分とて、好き好んでレウ・ファーの下に参じている
のではない・・・。
そんな悔しさや憤りの感情が湧き上がりかけ・・ゼズ
は、はっとして自分を見つめるエアリエルの貌を見た。
昏い翳りを帯びた白く美しいその貌には、ただ薄い笑
みがあるのみだった。
その笑みすら、嘲笑とも哄笑とも・・どんな笑いの感
情とも無縁のものの様だった。
気紛れな魔神の、ただのからかいなのではないか?
ふと、そんな考えがゼズの頭の中を横切った。
そうでなければ、エアリエル程の魔神が、ゼズの様な
たかが一幻神に過ぎない者に何の用があるというのだろ
うか。
「・・暇潰しだけで来たのではないよ。」
ゼズの思考をた易く読み取り、それを完全には否定し
ないものの、エアリエルは幾つかの思惑を胸に言葉を続
けた。
「・・「世界を生み出し、形作る力」と言うものがある
・・・。かつて、私が巡って来た無数の次元世界をも含
む全宇宙を創造したと言われる原初の時代の創造神・・
イジャ・ヴォイの持つ力の事だ・・・。」
いつ手にしたのか、エアリエルは小さな別の幻獣を両
手に挟み、そのたてがみを指先で弄んでいた。
エアリエルの細く白い指先を見ながら、ゼズは育ての
親でもあり師匠でもある幻神ラー・クレチカから幼い頃
に聞かされた創造神の物語を思い出していた。
「昔話なのでは・・・?創造力の象徴としての物語だと
学者の研究書で読んだ覚えが・・・。」
ゼズの言葉に取り合いもせず、エアリエルは更に話を
続けた。
「その力があれば、何でも創り出せると言われている。
何しろ宇宙そのものを創造した力だからな・・・。そし
てそれは、具体的には創造の閃き・・その閃きをそのま
ま具現化し、造形する技術、感性、才能の源となる。君
に判り易い言葉で言うならば、作品を生み出す為の、よ
り根源的な創造を司る力だ。何かを生み出す事に関わる
者ならば、誰でも一度は欲しいと望む力だ・・・。」
何でも望みのままに創り出せると言う・・正に、超絶
なる原初の神の力。
そんな力が本当に存在するのか?
余りにも突飛過ぎるエアリエルの話に、ゼズは疑問に
満ちた眼差しを向けた。
だが、エアリエルはゼズのそんな視線も一向に意に介
した様子は無かった。
ただ、薄い笑みを浮かべる唇から、囁く様に、
「・・その力を欲しいとは思わないかね?」
エアリエルの声を、ゼズは遙か遠くから響いて来るも
のの様に感じた。
「誘惑、ですか・・・?」
緊張にますます身を固くして答えるゼズの様子に、エ
アリエルはふっと小さな息を吐いた。
「別に今日は君を誘惑に来たのではない。・・取り敢え
ずは君への顔見せと・・そして、一つだけ「神託」を与
えに。レウ・ファーを野放しにして「神国」が滅茶苦茶
になった日には、妻に殴り殺されるからね・・・。」
すっと肩をすくめて、エアリエルはひどく人間じみた
振る舞いでおどけて見せた。
妻・・豊穣の女神レクセンダーの事に触れる時にだけ
何処か、温もりのある優しい空気をエアリエルが発して
いる事にゼズは気付いたのだった。
「・・・殴り殺すだなんて。あの方が?」
ゼズは生真面目な表情を崩さず、エアリエルへと問い
掛けた。
何度か神国神殿で会った事のある、明るく朗らかな、
黒髪の小柄な女神の姿をゼズは思い出していた。
誰にでも分け隔て無く接し、いつも優しい笑顔を絶や
さない少女の様な可憐さと清廉さを持った女神だった。
「まあ、未だかつて誰にも信じてもらえなかったがな。
・・・アレが本気を出せば、私如き、一秒で殺されてし
まうぞ。」
エアリエルの言葉を聞きながら、ゼズはどうしても主
語と述語が間違っている様な気がしてならなかった。
「・・さて。肝心の「神託」だが。」
直前迄の仄かに優し気な眼差しが幻の様に消え失せ、
エアリエルは冷たい笑みと共に真っ直ぐにゼズを見た。
「・・「世界を生み出し、形作る力」について知りたけ
れば、ダイナ山脈のソエリテと言う町の土地神ザヘルを
調べるといい。」
その言葉に、ゼズは激しい驚きに身を打たれ、長い時
間、身じろぎ一つせずエアリエルを見つめ続けた。
ダイナ山脈のソエリテ・・それは、つい先刻迄レウ・
ファーがレイライン集束点占拠の為の分析を行っていた
町の名前ではなかったか?
「な・・・何故?ソエリテに一体何があるというのです
かっ?」
ゼズの驚愕に震える声に問い掛けられながらも、エア
リエルは至極あっさりとした調子で即答した。
「レイライン集束点さ。それ位は、君も知っているだろ
う・・・?」
「そ、それはそうですが・・・。」
エアリエルの答えに困惑しながら、何とか食い下がろ
うとするゼズに構わず立ち上がると、エアリエルは最後
に一つだけ付け足した。
「・・君達幻神や、「神国」の一般神民の与り知らない
所で、色々なものが互いに関連し合っているんだよ・・
・。ソエリテのザヘルもまた、「世界を生み出し、形作
る力」をエサに踊らされている愚鈍な道化に過ぎない・
・・。」
部屋の扉の前へとエアリエルは足を向け、ゆっくりと
歩み始めた。
その姿は、縹色の朧ろ気な影と化して、次第に薄くな
っていった。
「誰に!?誰にザヘルは踊らされていると言うのですか
っっ!?」
ゼズの問いにも、エアリエルは微かな笑い声を返すだ
けだった。
「ふふ・・・。少々お喋りが過ぎた様だ。・・取り敢え
ず、ザヘルの事を調べてみるといい。その「力」の一端
が判るかも知れぬ・・・。」
その声を最後にエアリエルの姿は消え去り、後には縹
色に揺らめく影の様な余韻が長い間残っていた。
◆
エアリエルが帰ってしまってから、すぐにゼズはコン
ピュータの端末の置かれている部屋へと急いだ。
そこは、レウ・ファーからゼズへ自室とは別に研究用
に使うようにとあてがわれた場所で、コンピュータを通
じてレウ・ファーの持つ莫大な知識や情報を引き出す事
が出来た。
「・・もう「深い闇」の採取は終わりました!私もソエ
リテに行かせて下さい!」
途中、レウ・ファーの座す大広間の扉の前にゼズは差
しかかり、壊れかけた大理石の扉の隙間から響くパラの
声にふと足を止めた。
「私にも集束点の占拠を・・・!」
「それは許可出来ない。前回の「神々の森」とは違い、
ソエリテには危険な怪物が多数出現している。能力を比
較した結果、お前の力では対抗出来ない・・・。」
レウ・ファーの無機質な声に、パラは不満を露にした
声を上げた。
「そんな・・・!」
そんなにバギル達との戦いの場に出て行きたいものな
のか?と、ゼズはパラの胸中を理解出来ないまま、コン
ピュータの部屋へと再び足を踏み出した。
「・・ところで、ラウ・ゼズよ。怪物の新しいデータが
分析出来た。」
不意に声を掛けられ、ゼズは踏み出しかけた足を驚き
に震わせた。
一体、どの様な知覚でレウ・ファーはこの神殿内の出
来事を知り得ているのだろうか?
苦々しい表情でゼズは、ざりざりと摩擦音を立てる大
理石の扉を開いて広間へと入って行った。
レウ・ファーの足下に立ち、パラは不満と苛立ちの表
情を浮かべたままゼズの方を見ていた。
「あのアローザと呼ばれる娘の姿をした型の怪物の分析
結果だ。お前の研究に役立てるといい・・・。」
相変わらずの屈辱感を抱きながら、ゼズはレウ・ファ
ーの触手からデータカードを受け取った。
「・・ただ、一部分析しきれなかったデータもある。」
「?」
レウ・ファーの言葉に、ゼズは首をかしげ、何気無く
カードの隅にある小さなボタンを押して記録内容を空中
に映写した。
アローザ型の怪物の素材や体内の構造、そしてそこか
ら推測される能力や性質がカードに収められた内容の主
なものだった。
・・レウ・ファーの現時点での結論としては、この完
全な娘の姿をしたアローザは、邪神が娘の姿に化けてい
る、というものだった。
だが、邪神の原料となる「心の深い闇」の精製が高純
度で行われている事や、その精製方法等はレウ・ファー
の持つ情報には無いものだった。
「・・・。」
しかし。邪悪な怪物でさえなければ・・・。
ゼズがそう思う程、女神のクローン細胞と邪神の体は
完璧に融合しており、創造物としての完成度はゼズの深
い興味を惹いた。
これを邪悪な兵器などではなく、自分のアトリエに並
べる作品として創るには、何処にどう手を加え、処理す
るか・・いつしか、ゼズの頭をそうした思考が巡り始め
ていた。
ゼズの興味をかき立てるのも、レウ・ファーの計算の
内だったのだろう。
「ゼズよ。お前にザヘルの研究資料の収集を命じる。こ
のアローザの分析結果から、ソエリテのザヘル神殿には
「神国」のコンピュータネットワークには載っていない
私蔵の資料や記録があると思われる。私の邪神を使って
それらを探して来るのだ・・・。」
「何だって!?」
突然のレウ・ファーの命令に眉が釣り上がり、ゼズは
露骨に不愉快な表情を浮かべレウ・ファーを見上げた。
だが、それも僅かな時間の事だった。レウ・ファーに
使役される事への怒りの一方で、未知の研究資料への興
味や好奇心もまた、ゼズの心の中に芽生え始めていた。
それに何よりも、先刻エアリエルが語った「世界を生
み出し、形作る力」の手掛かりがソエリテにあるという
事も、ゼズの怒りを麻痺させていった。
ゼズが逡巡する様子を眺めながら、レウ・ファーは足
下に立つパラへと白磁の仮面の向きを変えた。
不満の積み重ねは、容易にレウ・ファーへの不審感へ
と変化する・・パラの性格や思考パターンを分析したレ
ウ・ファーは、パラの不満を和らげるべくぎりぎり危険
の無さそうな命令を下した。
「・・ミウ・パラよ・・・。お前はラウ・ゼズの助手と
してソエリテに行け。」
「わたしに、助手をしろと・・・?」
初めは相変わらずの不満気な表情で、パラはレウ・フ
ァーとゼズとを交互に見比べていた。
が、僅かの間考えた後、すぐに気持ちを切り換えて頷
いた。
ザヘル神殿に乗り込むのならば、ゼズの手伝い以外に
も状況に応じて色々と・・戦神達への攻撃等、する事も
あるだろう。
パラはそう考える事にして納得した。
「ゼズよ、それでよいな?」
レウ・ファーの有無を言わさぬ言葉に、ゼズは渋々と
頷いた。
すぐに情報収集兼護衛の為、新たな邪神がレウ・ファ
ーによって一体用意された。
「・・ファイオと一度合流し、ザヘル神殿に潜入後、途
中で別行動を取るといい。」
神殿内部の構造や侵入経路など、必要な情報はレウ・
ファーから邪神の頭脳へと即座に入力された。
「判りました。それでは行って参ります。」
パラは頭を下げ、邪神と、不愉快な表情を留めて無言
のままのゼズと共に広間を後にした。
◆
パラ達を送り出した後、レウ・ファーは空中に片手を
突き出し、二、三の資料を映し出した。
ソエリテのザヘル神殿地下で発生した空間の歪みと、
その直後検出された強力な神霊力の波動・・。
幻神達には秘密裡に分析をした結果、「虚空の闇」の
魔神を地上世界に召喚した事が判った。
召喚された魔神の名はルフォイグ・・古い時代に武装
魔導集団ヌマンティアの神々に使役されていた魔神だっ
た。
「・・「虚空の闇」の魔神を召喚するとは、仲々面倒な
事を・・・。」
ルフォイグに関する情報も、既にレウ・ファーの支配
下にあるコンピュータの記憶装置から全て引き出されて
いた。
数千万年も、それ以上も以前の時代の情報の為、何処
迄信頼出来るものかは判らなかったが、ルフォイグが現
在の地上の神々と比べて邪悪で強力な存在だという事に
は変わりが無かった。
・・「言魂・制御呪詛の一覧」「神霊力と制御呪詛の
適合」・・・。
レウ・ファーはルフォイグの情報に並行して、古い言
魂に関する資料を空中へと映し出した。
自分より強力な存在を下僕として使役する為に、例え
ば呪いや契約の様な何らかの枷を施す・・それは非力な
神や人間がよく使う手段だった。
ルフォイグにも今回、召喚と同時に何らかの呪詛が施
されている可能性が大きい・・・と、コンピュータは予
測内容を空中に表示した。
「確かに、召喚主に制御されてはいるだろうが、それで
も危険な魔神には違いない・・・。」
そう独り言を漏らし、レウ・ファーは偵察衛星にソエ
リテの監視を強化する様に命令を送った。
今、幻神達を失う訳にはいかないが、そうかといって
彼等を監禁する訳にもいかなかった。
幻神達にはより多くの経験を積んでもらい、より強大
な神霊力を養ってもらわなければならない・・・。
「・・大事な私の材料となる者達だからな・・・。」
ルフォイグや怪物達から幻神達を守る為、レウ・ファ
ーはいつでも彼等を保護、回収する準備を整え始めた。
いざとなれば、邪神などではなく、分身であるレウ・
デアの大量派遣をもレウ・ファーは考えていた。
独り思惑を巡らせるレウ・ファーの仮面の前に浮かぶ
立体地図の中で、ゼズとパラを示す光点がソエリテに近
付きつつあった。
◆
アローザの手ぶらでの帰還を、ザヘルは怒りの感情も
露わにして悔しがった。
「クソ・・・!レックスめ!今度こそ傷め付けられると
思ったのに・・・!!」
ぎりぎりと歯噛みし、ザヘルは握り締めた拳を震わせ
た。
そんなザヘルの後ろで、ベナトはさしたる感慨も持た
ず、虚ろな表情で佇むアローザを見た。
「出来損ない二体も倒されたか。仲々やるものだ、あの
戦神達も・・・。」
アローザは焼け焦げてあちこち破れたドレスをまとっ
たまま、無表情でザヘルの前に立ち続けていた。
「お前がレックスにこだわる気持ちも判るが、そう時間
も無い。用意する邪神は他の神で代用するのだ。・・他
にも優れた神は居るだろう、この町にも・・・。」
何の思い遣りも無い言葉をザヘルに対して放ち、ベナ
トはマントの懐の中から何枚かのデータカードを取り出
すと、魔神創成の準備に取りかかるべく踵を返した。
「・・・。はい、判りました・・・。」
血走った両眼に深い無念さを湛え、ザヘルはアローザ
の火傷一つ無い白い顔を見つめながら答えた。
「・・それでは、邪神はワシが用意して来よう。残り五
体だったな・・・。」
ルフォイグもまた、ベナト以上に何の感情もこもらな
い視線をザヘルに落とし、ふわりと天井近く迄浮かび上
がった。
「・・優れた邪神というのは神霊力の強弱では決まらぬ
よ・・・。より昏い「心の深い闇」・・・それさえあれ
ば、出来のいい邪神は幾らでも造れる。」
次第にルフォイグの声が遠ざかり、その姿もまたいつ
しか暗闇の中に掻き消えてしまった。
◆
翌朝。バギル達は、昨夜アローザを見失った辺りを調
べるべく、飛翔板に乗って外堀の底へと降下した。
「ゆうべ、これがあったら、もっと追跡出来たのによ・
・・。」
堀の底へと着地し、飛翔板を折り畳みながら、レック
スは悔しそうに呟いた。
「・・・しっかし、ホント、谷底みたいな所だな。」
飛翔板から飛び下り、バギルは感心しながら空を見上
げた。
もう百五十年以上も水が干上がったままの堀は、薄い
赤茶色を帯びた灰色の石材で両岸の壁がびっしりと覆わ
れ、寒々と乾燥した印象をみる者に与えていた。
ザヘル神殿やソエリテの町は遙かな高みにあった。
バギル達が周囲を見回すと、すぐに昨夜ティラルが見
たという排水口らしきものが見つかった。
排水口・・と言っても、バギル達の抱いていた小さな
ものだろうというイメージとは違い、谷を思わせる外堀
の規模に相応しく、ちょっとしたトンネル程の大きさだ
った。
「・・アローザの足跡とか、着地の跡らしいものも全然
ねえなあ・・・。」
排水口の入り口をレックスはしげしげと覗き込み、何
か不審な箇所は無いかと目を走らせた。
「そういやそうだな。」
バギルも入り口辺りに屈み込み、地面の様子を見た。
あれだけの高さを飛翔能力も無い神が生身で飛び下り
たのならば、必ず何かの痕跡がある筈だった。
首をかしげながらあちこちを観察するレックスに、テ
ィラルは少し困惑した表情で声を掛けた。
「レックス・・・。昨夜、はっきりと見た訳ではないん
だが・・・。」
そう前置きし、ティラルは昨夜のアローザの様子を話
した。
「・・昨夜、アローザは・・・翼を広げて飛んでいた様
だった。多分、この排水口にも、そのまま飛んで入った
とも考えられるんだ。」
「!」
ティラルの話に、驚きと・・何故か安堵と落胆の混ざ
り合った感情がレックスの中を駆け巡り、レックスはテ
ィラルを振り返った。
昨夜のあれはアローザに、より精巧に似せられた怪物
だったのだろうか。
やはり、アローザは生きていた訳でも、甦った訳でも
なかったのだろうか。
レックスとティラルの話をよそに、バギルはひとりで
先に排水口の中に少し入り込んだところで、思わず声を
上げてしまった。
「・・うわっ!何だこりゃ!」
空気の循環の少ない内部は、妙な生臭さや腐敗臭が溜
まっていた。
それだけでなく、何かの爪跡らしい壁の石材の抉れた
様子や、焼け焦げた跡がバギルの注意を惹いた。
「これは昨日、今日に付いたものではないな。」
ティラルも排水口の中へと入り、手近の壁にあった焦
げ跡や爪跡を観察した。
「・・これは、精霊や魔獣の付けたものでは無い様だな
・・・。」
「まさか、ソエリテを今迄騒がせてた怪物達ってここか
ら出て来たってのか?」
ティラルの言葉に、バギルの胸中に嫌な直感がよぎっ
た。
叔父が・・ザヘルが、怪物達の騒ぎに何か関わりがあ
るというのだろうか・・・。
バギルは眉をしかめ、知らず不愉快そうな表情を作り
出していた。
「・・・よぉし!今すぐこの中を探検だ!」
少しの間腕を組んだまま立ち、光の届かない排水口の
奥深くを睨み付ける様にして見つめていたレックスは、
威勢よく声を上げた。
言うが早いか、早速奥へと向かって足を踏み出したレ
ックスの肩やマントを押さえて、バギルとティラルは慌
てて押し止めた。
「おいおい!いきなりかよ!?」
「道筋も中の構造も判らないのに危険だ。明かりや武器
やら準備が必要だろう!」
二神の言葉に、レックスは不満気な表情をしつつも取
り敢えず足を止めた。
「じゃあ、今すぐ戻ってとっとと準備だ!」
苛々と怒鳴る様にしてレックスは拳を振り上げた。
「しかし、中の様子が判らないぞ・・・。」
ティラルの慎重な意見に、レックスは腹立たし気にテ
ィラルを睨み付けた。
そんなレックスを落ち着かせる様に、バギルがまあま
あと割って入った。
「中の構造なら、ソエリテの役場に神殿の設計図とかが
保管されてる筈だ。それを見せてもらおうぜ。」
父神ジェガル達の連名の命令書もあるし、設計図の閲
覧くらいは何とかなるだろうと、バギルは思った。
「よぅし!それなら一時間後にここからザヘル神殿内部
へ乗り込むぜ!」
バギルの言葉に勢い付き、レックスは飛翔板を広げて
飛び乗ると、真っ先に町に向かって上昇していった。
「俺達も急ごうぜ。」
バギルもまた飛翔板に飛び乗り、ティラルと共にレッ
クスの後を追った。




