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第4章「女怪」

 取り敢えず広間を出たバギル達は、「謁見殿」の中の

町役場として使われている階の片隅にあった小さな会議

室を陣取った。

 ジェガルや他のダイナの神々から事前の根回しもあっ

たらしく、バギルが会議室などの「謁見殿」の施設を勝

手に使う事に異論を挟む職員は居なかった。

「さてと。これからどうすっかな・・・。」

 半ば錆びたパイプ椅子に腰を下ろし、バギルは溜息を

ついた。

 「謁見殿」自体も大きな規模の神殿だった為に、それ

に比べて中で働いている人間や精霊の数は少なかった。

 途中ですれ違った役場の職員達も、変死事件や怪物騒

ぎのせいで何処か疲労の翳が濃い様だった。

 職員達の話では、土地神の神殿の本殿には現在ザヘル

以外の者は誰も出入りしておらず、ザヘルもまた最低限

の公務以外は滅多に姿を現さないという事だった。

 百年以上もの年月の間そうした様子だった為に、彼等

人間達の目には、既に初めからザヘルは薄気味の悪い偏

屈な神としか映っていなかった。

「・・・。」

 バギルは溜息をつき、宙を仰いだ。

 レックスは黙ったまま椅子にどっかと腰を下ろして微

動だにせず、何処となく重苦しい沈黙が部屋に広がり始

めていたからだった。

「・・悪ぃな。俺のせいでややこしい事になったみたい

で・・・。」

 ぽつりと漏らされたレックスの言葉に、バギルとティ

ラルは驚きに思わずレックスの顔を見た。

 レックスから謝罪や気遣いの言葉が聞かれるとは。い

つものレックスからは仲々考えられない事だった。

「・・知り合いっての、・・・ザヘルの娘さんの事だっ

たのか・・・?」

 神殿に来る途中にレックスから聞いた何気無い一言を

思い出し、バギルはレックスに尋ねた。

「・・・。」

 一瞬、レックスは言葉に詰まり、困惑した表情で視線

を落とした。

「あ、いや、別に深い意味は無いんだけど・・・。」

 慌ててバギルは両手を振って、自らの質問を取り下げ

た。

「いや、別に構わないさ・・・。」

 レックスはふっと息をつき、何処か遠い目をしながら

バギルの問いにぽつぽつと答え始めた。

「・・・アローザとは、昔・・百五十年か六十年位前に

知り合って、俺の仲間達と一緒に世界中を旅していたん

だ。俺達の仲間に入る時に、家出同然でソエリテから出

て来たって言ってたな・・・。・・で、最後の旅で、何

処かの魔神と戦った時に、俺を庇って死んじまったんだ

・・・。」

 レックスの脳裏に、百五十年も経った今でも、鮮やか

に数々の思い出が浮かび上がっては消えていった。

 財宝探し、古代遺跡の発掘、大海での船旅、強敵達と

の戦い・・。そのどれもに、アローザの姿があった。

「・・ザヘルが俺を恨んでるのはそのせいさ。」

 いつしかレックスの顔は俯き、いつもは精悍なその表

情にも隠し難い翳が差していた。

 ・・レックス、あなたは生きて・・・。

 レックスを庇ったあの時の言葉も、アローザの死に様

も、そしてアローザを救えなかった自分の無力さも、怪

我や心の痛みも・・何もかも、決して忘れてはいなかっ

た。

 再び重い沈黙が部屋に下り、暫くの間誰も口を開かな

かった。

 レックスに何と声を掛けたものか、バギルは困惑した

まま視線を落とした。

「・・レックスの方の事情は判った・・・。しかし、ザ

ヘルの協力が得られないのは初めから予想していた事だ

し、取り敢えず何処かの宿に落ち着いてから、町の様子

を調べてみないか?」

 レックスへと気遣いの眼差しを送りながらも、ティラ

ルはむしろさばさばとした口調で沈黙を破った。

 下手な思い遣りや気遣いは、却ってレックスの嫌う所

だと知っているティラルなりの言葉だった。

「ああ、そうだな!」

 ティラルの声に顔を上げ、レックスはいつもの傲然た

る調子で真紅のマントを翻し立ち上がった。

 先刻迄の暗い翳りは、もう何処にも見る事は出来なか

った。

「おい、バギル。どうせダイナの主神の威光で宿代はタ

ダなんだろ?上等の所を頼むぜ!」

 そう言って笑い、先頭を切って会議室を出る振舞はい

つものレックスのものだった。

「そうだな。」

 ふっと優し気な微笑みを浮かべ、ティラルもレックス

の後に続いた。

「・・・お、おい、待ってくれよ!」

 レックスの気持ちの切換の早さに半ば呆れ、驚きなが

らもバギルはほっとした様に息を吐き、慌てて二神の後

を追い掛けた。

             ◆

 「謁見殿」から伸びる小さな一本の橋だけでつながれ

ている土地神の神殿の本殿は、深い堀と堅固な壁で外界

の全てのものから隔てられていた。

 長い年月の内にも外壁は一筋の亀裂すら無く、ただ堀

だけが水を失い、谷の様な深い空間を作り出していた。

 その本殿の奥深く・・地下の部屋の一つで、ザヘルは

また実験を繰り返していた。

 暗闇の中に、電光表示による茫洋とした薄い光を放つ

幾つもの水槽が並んでいた。

 異形の娘の並ぶ水槽の中に一つだけ、今しがた生まれ

たばかりの、美しい金髪を水槽の液体の中に揺らめかせ

る娘の形をしたものがあった。

「アローザ・・・。あのクソ忌まわしい火神の若僧は追

い返したよ・・・。もう、誰もお前を連れ出したりはし

ないよ・・・。」

 血走ったザヘルの目は爛々と紅い光を発し、枯れ木の

様に痩せ細った手が愛おし気にアローザのクローンの眠

る水槽を撫で回した。

 ・・・!!

 ザヘルから少し離れた場所に、不意にぼんやりとした

薄明かりが闇の中に浮かび上がり・・それは異様にか細

い管の様な五指に絡み取られ、巻き貝の様な頭部に吸い

込まれていった。

 薄明かりは、恐怖に絶叫する人間の形をしていた。

 それは、ソエリテの町で変死した人間達の生命エネル

ギーだった。

 ルフォイグはくちゃくちゃと咀嚼する様な音を立てて

その生命エネルギーを味わっていた。

 目立つ行動を避ける様にというベナトの制止もあって

ルフォイグの犠牲者は僅か数人で留まっていた。そのせ

いで、変死事件は怪物騒ぎと比べて町の者達にそれ程注

目される事無く済んでいたのだった。

 ルフォイグはザヘルの様子を、何の感慨も催す事無く

ただ、眺めていた。

 娘を想い発狂する程に慟哭する父親の情愛など、「虚

空の闇」の魔神にとっては全くどうでもいい事だった。

「・・アローザ?」

 水槽の中で突然開かれたアローザの瞳に、その目覚め

を歓喜するザヘルの表情が映じた。

「・・また、昔の様に暮らそう・・・。今度こそ、お前

は私の思い通りに生きるんだよ・・・。」

 狂える愛情の笑みに唇を歪め、ザヘルは水槽の中に浮

かぶアローザの顔を覗き込んだ。

 初めは単に娘の蘇生を望んでいた筈の父親の心は、深

い悲しみとレックスへの憎しみ、そして相次ぐ実験の失

敗によって、いつしか自分の思い通りの人形としての娘

の創造を願うものへと変質してしまっていたのだった。

 だが・・狂える父の願いは、今日も裏切られてしまっ

たのだった。

 紺碧の眼を見開いたまま、アローザはぶるぶると痙攣

を始め・・柔らかな肢体のあちこちに水膨れの様な瘤が

盛り上がり、赤黒い肉管が無数に腹部から噴出した。

「アローザァァッッ!!」

 ザヘルの絶望に満ちた悲鳴の様な絶叫と、アローザの

姿をしていた怪物の水槽を突き破る音が暗闇の中に響き

渡った。

 前屈気味の姿勢で立ち上がったアローザの白い裸体か

らはみ出た肉管と瘤とが、もう一つの手足の様なものを

形成し、怪物はアローザの口から甲高い獣の様な叫び声

を発しながら闇の中へと走り去ってしまった。

挿絵(By みてみん)

 やがて壁の石材を破り、その破片を荒々しく踏み砕く

音と甲高い叫び声が遠くへと去っていったが、それは既

にザヘルの関心を惹くものではなかった。

 砕け散った水槽の前で、床に広がる疑似羊水に濡れる

のも構わずザヘルはうずくまっていた。

 その騒ぎの中で、ルフォイグは人間の生命エネルギー

を食べ尽くし、満足気に巻貝状の頭部を震わせた。

「何とも稚拙な実験な事だ・・・・。」

 ルフォイグは相変わらず冷やかにザヘルの様子を眺め

ていた。

              ◆

 怪物騒ぎを避けて、ファイオは町の中心部から少し離

れた小さな山の中に邪神と共に潜伏していた。

「全くもォォッ!折角温泉に入るつもりだったのにィ!

最低ネ!」

 木立の向こうに広がるソエリテの町並みを見下ろしな

がら、ファイオは野太い声で苛々と叫んだ。

 そんなファイオの横で、枯れた葉や草の積もった土の

上に屈み込んだ邪神達は、その角と羽を高く伸ばして暫

くの間微動だにしなかった。

 陶器の様なつるりとした光沢を放つ、頭部の電子回路

の様な模様の中を、虹色の光が何度か駆け抜けた。

 そして光が消えるとすぐ、かっと見開かれた邪神の眼

球から放たれた光線が、空中に立体映像を作り出した。

「・・あら、終わったのン?」

 ファイオは宙に浮かぶソエリテの町の中心部の立体地

図を振り返った。

 それは、町に到着したばかりの時に観測した時よりも

より狭い地域に絞り込んで調べたものだった。

 レイラインのエネルギーの強弱で色分けされた町の中

心部は、土地神の神殿・・その本殿が最も強いレイライ

ンの反応を示していた。

「これで、レイライン集束点のほぼ正確な位置は特定で

きたわネ!」

 ファイオは満足気に顔を上げ、黒髪を掻き上げた。

「・・・あ!」

 が、次の瞬間、自分達が怪物騒ぎの最中に姿を見られ

た事を思い出し、ファイオの白い顔は苛立ちの感情に歪

められた。

 消防士に見られたのは少しだけだったが、怪物騒ぎの

現場から逃げ去る時に、他の人間達にも目撃された可能

性はあった。

 下手をすると「神国」の連中・・バギルやレックス、

ティラル達にも連絡されてしまうだろう。彼等に邪魔を

されるのは、出来れば避けたい事だった。

 土地神の神殿に近付く事は勿論、町中を出歩く事にも

今は細心の注意が必要だとファイオには思えた。

「・・仕方無いわネ・・・。夜中を待ってもう一度変装

し直して・・・。」

 立体映像を映し続けている邪神達の前を、あれこれと

考えを巡らせながら行き来しているファイオへと、一つ

の小さな影が近付きつつあった。

 ぺたり・・・、ぺたり・・・。

 枯れた枝葉や草の厚く積もった地面の上で、何故そう

した音が立つのかは判らなかった。

 低木の茂みを音も無く掻き分け、ただそんな偏平足が

濡れた様な音だけを立てて、その小さな影はファイオと

邪神達の前にその不可思議な姿を顕現した。

「・・ええと、この地図だと、ここからこの路地を通る

とイイみたいネ・・・。」

 その者の訪れにも気付かず、ファイオは立体映像の地

図を覗き込んで頭を悩ませていた。

 ・・にゅるり。

 そんな音が微かに起こり、その者から伸びた手がファ

イオの肩をぺたり、と軽く叩いた。

「!!!!!!!!!!!!!・・・・ッッ。」

 突然の異質な感触に、ファイオは声にならない悲鳴を

上げて邪神の横へと飛びすさった。

「・・・なッ、何なのヨォォォッッッ!!」

 やっと悲鳴らしい悲鳴を上げた次の瞬間、ファイオの

瞳に映った存在は、長い時間、ファイオの思考を麻痺さ

せた。

 ぬいぐるみ、人形・・或いは、マペットとでも言うべ

きか。

 てんで別の方向を向いている眼球を載せた半円球状の

頭部は、どの様な神霊法則に因っているのか、下半分の

円盤状の部分から完全に分離して浮かんでいた。

 内部には綿かスポンジが詰まっているとしか思えない

楕円形の胴体からは、針金の様な黒く細い手足が伸び、

その手足の先は三本に分かれていた。どうやらその三本

が指の様だった。

挿絵(By みてみん)

 一見したところ、蛙のマペットをファイオは連想した

が・・やはり得体の知れないものだという印象は拭い去

り難かった。

「・・・・・・。」

 もう一度にゅるりと、ファイオの肩へと伸ばしていた

手を元の長さへと引っ込め、そのマペット蛙は身振り手

振りで何事かを訴えかけてきた。

「何ヨ、アンタ。アタシに何の用なのヨ!」

 信じ難い・・実に信じ難い事だったが、ファイオはこ

のマペット蛙もどきの存在から、確かに神霊力の波動を

感じ取る事が出来た。

 「神国」に存在する神々の多様さに、ファイオは今更

ながら眩暈を覚えたのだった。

「・・・・・・!」

 ピンポン玉の様な眼球の中の黒目は別方向に向けられ

たまま微動だにせず、針金の様な手足を上下させるだけ

の動作に過ぎないのに、マペット蛙・・いや、蛙神の意

思はファイオに伝わった。

「・・えーと、何?邪神達の邪気で、ここの山の生き物

達が怯えているってン?」

 ファイオの膝程の大きさとその滑稽な動作に警戒心を

緩め、ファイオは傲然とした口調で蛙神を見下ろした。

 蛙神の訴えに、ふとファイオは傍らに立つ邪神達へと

目を向けた。

 確かに、レウ・ファーの細胞に侵された幻獣の成れの

果ては、微弱ではあるが邪気を周囲に放出していた。

 このまま数日邪神達をここに置いておけば、この山の

木々は枯死し、動物や昆虫はよそへ逃げ出してしまうに

違い無い。

「確かに、ネ。で、アンタ、ここの山の神なのォ?」

 ファイオは腕を組んで首をかしげながら、蛙神を見下

ろした。

 蛙神はその問いに、三本指の手を振ってファイオに答

えた。

「・・エ?タダの通りすがりですってェ?まァ、ご親切

なコトねェ!」

 呆れた様にファイオは大きく溜息をつき、蛙神の様子

をじろじろと眺めた。

「・・?さっさと出て行け・・って!?まアッ!ナッマ

イキッ・・・!」

 針金の様な両手を上下させ、蛙神は訴えを続けた。

 が、そんな蛙神の滑稽な様子は、ファイオの残酷な悪

戯心を刺激した。

「アンタ如きに指図されるいわれは無いワヨ!」

 嘲笑に唇を軽く歪め、ファイオは幻獣バオ・エヒを手

に絡ませ、蛙神へと鞭を放った。

 軽い脅しの一振りは、蛙神のすぐ横の地面を叩く・・

筈だった。

「!!」

 放たれた幻獣の鞭は、あっさりと針金の様な三本の指

に捕えられ、ファイオがどれ程力を込めても全く動く事

は無かった。

 その事だけで神のはしくれとしての直感が、ファイオ

へ蛙神に対しての警戒を告げていた。

 ソエリテで暴れた怪物の火炎を吸い、その体を貫いた

幻獣の鞭を、この蛙神は苦も無く片手で押さえていたか

らだった。

「ちょ・・・ちょっとォ!助けなさいヨォッ!」

 ファイオの野太い怒鳴り声に、邪神の一体はのんびり

とした動作で蛙神へと無造作に掴みかかった。

 ・・その次の瞬間、ファイオは激しい驚愕と共に目を

見張った。

 全く戦闘態勢では無かったとは言え、邪神の体が蛙神

の文字通りの細腕の一振りで、近くの茂みの中へと叩き

つけられたのだった。

「何やってんのヨ!しっかりなさいッ!」

 蛙神の手の力が緩んだ・・或いは緩めてもらったのか

・・その隙にファイオは素早く幻獣の鞭を引っ込め、邪

神へと怒鳴った。

「ちょっと懲らしめてやりなさいヨ!」

 ファイオの命令に、邪神はうって変わって俊敏に起き

上がり、空を切る様に蛙神へと迫った。

 たかがマペット蛙もどきの神・・ファイオのその侮り

は、再度邪神が投げ飛ばされた姿を見て、恐怖にも近い

驚愕にとって変わられた。

「ちょっとは本気を見せなさいッ!」

 ファイオの命令に、更に敏捷に、力強く邪神は蛙神へ

と殴り掛かったが、結果は同じ事だった。

 ソエリテの町に現れた謎の怪物を、邪神は苦も無く破

壊したのだ。その邪神を軽くあしらい・・しかも、蛙神

は立っているその場を一歩も動いてはいなかった。

「・・退却ヨ!」

 これ以上何処へ退却か、と内心思いながらも、ファイ

オは幻獣ファ・ジャウナを召喚して跨がった。

 邪神達もまた翼を広げ、ファイオに続いた。

 飛び立ち様に、邪神の眼球から蛙神へと火炎弾が吐き

出された。

 爆発に紛れ、ファイオ達はその場から脱出するという

算段だったが・・蛙神の力は、全てがファイオの予想を

越えていた。

 三本指の掌中?に蛙神は真っ向から灼熱の炎塊を受け

止め、それを握り潰した。

 ぷすん、プウ・・・・・放屁を連想する間抜けな空気

音と共に、邪神の放った火炎弾は一片の炎も炭化物も残

さずに、蛙神の手の内で消滅してしまったのだった。

 幸い追って来る気配も無く、ファイオは一息つきなが

ら、眼下に小さくなる蛙神を見下ろした。

 あんな得体の知れない神にはこれ以上関らない方がい

い。

 ファイオは邪神達と共に、取り敢えずこのまま町迄行

くべく進路を取った。

             ◆

 町外れで夜を待ち、暗くなるとすぐ、ファイオは再び

マント姿に変装し直して土地神の神殿へと向かった。

「何とも、まァ・・・。頑丈そうなカベだことネェ・・

・。」

 外堀を囲う柵の前に立ち、ファイオは半ば呆れ、半ば

感心した様子で、小さな街灯の光に照らされた本殿の外

壁を眺めた。

 水の涸れた外堀は谷を思わせる程に深く、邪神の暗視

走査では遙かな下方に幾つかの排水口らしいものがある

らしかった。

 邪神は、黄味を帯びた街灯の光に陶器の様な光沢を返

す片手を上げ、外堀の底を指差した。

 レイライン集束点の反応は正に、土地神の神殿の本殿

地下からあったのだった。

「成程・・・ネ。土地神自身に直接集束点を守らせてい

るって訳ネ。」

 ファイオはひとり納得し、頷いた。

 小さな田舎町に不釣合な規模の神殿も、深く大きな外

堀と頑丈な外壁も、全てはレイライン集束点を守る為の

ものなのだろう。

「さァて、とォ・・・。どう忍び込んだものかしらねェ

ン・・・。」

 肩迄垂れた黒髪を指先でいじりながら、ファイオは溜

息をついた。

 「神々の森」の様に恐らくは神殿内にも結界が敷設さ

れ、侵入者への対策も充分に行われていると容易に想像

出来た。

 闇雲に突入したところで、返り討ちに遭うのがオチだ

ろう・・。

 ファイオは用心深く思索を巡らせ、ひとまずこの近く

の人気の無い場所に退く事と決めた。出来れば完全に人

気の無い場所迄戻りたかったが、山にはあの蛙神が居る

かも知れないと思うと、どうしても山に戻る気にはなれ

なかった。

「ひとまずここから離れるワヨ。」

 ファイオの命令に邪神達は無言で歩き始めた。

 あらかじめ確認していた町の地図を思い出し、小さな

路地を抜け、本殿のすぐ北側に広がる林にファイオはや

って来た。

 時々吹く風には仄かに硫黄臭が混ざり、あちこちに灰

白色の岩が顔を覗かせていた。

 ファイオは適当な岩の上に腰を落ち着けると、神殿の

様子を探る為の探査用の幻獣を創る事にした。

 岩に腰を掛けたまま、ファイオは白い片手を胸元に当

て、精神集中と共にもう片方の手を空中に突き出した。

 ファイオの精神集中が高まるにつれ、不定型の影の様

なものがその掌中に揺らぎ始めた。

 それはファイオの手の中でこね回され、瞬く間に一体

の幻獣の姿となって現れた。

 さて、もう一体・・と、再び精神集中しかけたところ

を、遠くに見える小さな石造りの家々の中から上がった

叫び声に妨げられた。

「・・おい!また怪物が出たってよ!」

「・・ねえっ!神殿の近くって言うけど、ここは大丈夫

かしら!?」

 不安に騒ぎ立てる人間達の声に集中を乱され、ファイ

オは苛々と立ち上がった。

「もォ、うっるさいワネエッ!」

 野太い苛立ちの声を上げ・・しかし、次の瞬間、ファ

イオの頭に閃くものがあった。

「・・もう一回、神殿に行くワヨ!」

 今創ったばかりの幻獣を異空間に仕舞い込むと、邪神

に命令し、ファイオは元来た道を走り出した。

 怪物の騒ぎに乗じて神殿の内部を調べてみようという

魂胆だった。

 神殿の近く迄戻って来ると、あちこちから小さな火の

手が上がり始め、人間や精霊達の悲鳴や叫び声が聞こえ

ていた。

 本殿の外堀の近くはまだ全く人の気配は無かった。

「この隙に行くワヨ。」

 救助を求める者達の悲鳴や消防士達の声が遠くに、或

いは近くに聞こえる周囲を用心深く見回し、ファイオは

幻獣ファ・ジャウナを召喚した。

 深い外堀も、幻獣と邪神達にとっては飛び越える事な

ど造作も無い事だった。

 ファイオが翼状の皮膜を広げた幻獣に跨がろうとした

ところに、

「・・おい!怪物が神殿の方へ行ったぞッ!」

 遠くから老人が必死で張り上げた嗄れ声が、ファイオ

の耳にも届いた。

「エ・・・?」

 その声に焦りを感じながらファイオが顔を上げると、

先日対峙した怪物と同様の凶暴な気配が近くに迫って来

るのを感じた。

 怪物の気配は、近くにあった小さな土産物屋の建物を

蹴散らし、すぐに半妖半女の醜怪な姿をファイオ達の前

に現した。

「何て事ヨ・・・。」

 ファイオは眉をしかめ、恨めし気に怪物を見た。

 半妖半女の怪物は、前回邪神達が倒したものとほぼ似

た姿をしていた。

 その体の大半を覆う、甲殻を連想しつつもぶよぶよと

蠢く無数の瘤からは何かの体液が染み出ていた。

 特別に何かを狙って暴れている様子ではない様だった

が、目に付いた神や人間、建物などを手当たり次第に襲

い、壊していっている様だった。

 虚ろな目をした女の半ば潰れた顔が、ファイオと邪神

達に向けられた。

 どうやら怪物は、新しい獲物へと狙いを定めたらしか

った。

 前触れも無くヒトの手と瘤の混ざり合ったものが挙げ

られ、幾つかの火炎弾を射出した。

「!」

 寸前でファイオは幻獣バオ・エヒの鞭で火炎弾を叩き

伏せ、素早く邪神達の背後に退いた。

「全くもウッ!何で、こうもうまくいかないのかしらネ

ッッ!!」

             ◆

 「謁見殿」から少し離れた通りにある小さな温泉旅館

にバギル達は宿を取っていた。

 滞在費用はジェガルの好意で、本来は神国神殿本部か

ら給付されるべきティラルとレックスの分もダイナの神

殿から支払われる事となったのだった。

 落ち着く間も無くバギル達は、ソエリテの町の者達に

変死事件や怪物出現の事件の事を聞いて回ったが、大し

た話も得られないまま夜を迎えてしまった。

 旅館の玄関に戻ったところで、館内の緊急放送が怪物

の出現を告げ、宿泊客達に避難を促した。

「・・出やがったか!丁度いいぜ!」

 バギルは放送を聞いた途端、すぐに表へ飛び出した。

 考える事は同じだったらしく、レックスもほぼ同時に

動いていた。

「・・おい、怪物は何処に出たんだ!?」

 レックスは、通りを慌ただしく逃げる人間の一人を捕

まえて尋ねた。

「しし・・神殿のすぐちち近くだそうです・・・。」

 襟首を掴まれ、半ば騒ぎに混乱し、半ばはレックスの

強引さに驚きながら、中年の男は口をぱくぱくさせなが

ら答えた。

 例もそこそこに男を放り出し、レックスはまだ無事な

家々の屋根を飛び移ってザヘル神殿の方角を目指した。

「おい、待てよ!」

 バギルもその後に続き、ティラルは中年男が再び避難

する人間達の流れの中に戻ったのを見届けて二神の後を

追った。

 小さな火事の煙や火の手を避けながら、バギル達はザ

ヘル神殿の本殿近くに辿り着いた。

 本殿の外堀近くの通りに並ぶ土産物屋の屋根の上から

バギル達が見たものは、半ば女の形を留めた怪物と共に

居るファイオと二体の邪神の姿だった。

「・・怪物騒ぎはレウ・ファーの仕業なのか?」

 バギルは訝し気にファイオ達を見下ろした。

 その横の屋根にティラルが飛び移り、怪物を指差しな

がらバギルの言葉を否定した。

「いや・・どうも違う様だ。」

 ティラルの指摘を待つ迄も無く、半妖半女の怪物は金

髪と腹部から無数に伸びた赤黒い肉管をうねらせ、ファ

イオと邪神達へと火炎弾を続け様に叩き付けた。

 マントを取り去った邪神は、片翼の一振りで火炎弾を

はね返し、俊敏に地面を蹴って怪物へと躍りかかった。

 二体の邪神は同時に、女の顔面へと容赦無く拳を振り

下ろした。

 だが、怪物はぎりぎりでそれを後退して躱し、反撃の

火炎弾を邪神達へと投げ付けた。

「もォッ!何で前のヤツより強いのヨ!」

 ヒステリックに喚き散らすファイオの野太い声が、バ

ギル達の耳にも届いた。

「へへっ。面白そうな事になってるじゃねえか!・・俺

はあの怪物の相手をするぜ!」

「・・・えっ!?」

 バギルの驚きを気にする事も無く、レックスは闘志を

剥き出しにした笑みを浮かべ、勝手に目標を定めると一

気に土産物屋の屋根を飛び下りて駆け出して行った。

「お、おい!レックス!」

 バギルはいきなりのレックスの行動に目を剥いたが、

その間にもレックスは炎熱剣を抜いて、邪神と怪物の間

に割って入ってしまっていた。

 突然のレックスの乱入にファイオも驚き、ますますヒ

ステリックな叫び声を上げていた。

「まあ、いつもの事さ・・・。仕方無い。私はファイオ

の方を捕える。バギル、君はレックスの援護で邪神の相

手を頼む。」

 やれやれとティラルは溜息をつきながらも、冷静にレ

ックスやファイオ達の様子を見下ろし、バギルへと指示

を出した。

「行こう!」

 レックスの様な向こう見ずではなく、冷静な思慮に裏

打ちされた大胆さでティラルは剣を抜いて飛び下り、バ

ギルを率いる様にして素早くファイオの所へと走り出し

た。

 その様子を見ながら、戦いの場数を踏んだティラルの

様な戦神と、ただの格闘好きの自分との違いを、バギル

は今更ながら感じたのだった。

「・・あああッッ!もオオッッ!また邪魔が入ったァァ

ァッッッ!!」

 ティラルとバギルの姿を見るに至って、ファイオは完

全にヒステリーを起こし、腹立ち紛れに幻獣の鞭で地面

を何度か叩いた。

 邪神の一体を下がらせて自らの身を守らせようとした

が、すぐにバギルが間に入り邪神の動きを妨げられてし

まった。

 怪物も邪神達も一旦戦いの手を休め、新たに割り込ん

だバギル達を敵と認め、それぞれに身構え直した。

 そうする内にも、怪物は今一つ体の形が定まらない様

で、肉管や瘤が絶えず収縮や膨脹を繰り返し、また女の

顔の部分も崩れたり修復されたりしていた。

「・・フィアン?」

 ファイオへと剣を向けながら、ふと怪物を一瞥したテ

ィラルが軽い驚きの声を上げた。

 怪物の体のヒトらしき部分は、肌も露わな美しい女の

姿を取り戻していた。

 豊かに波打つ黄金色の髪の流れに、深い色合に染まっ

た紺碧の双眸。赤黒い肉管を伸ばしている事が信じ難い

程白く透き通った肌・・。

 しかし、そこにレックスはフィアン以外の女性の姿を

も見出していたのだった。

「・・・・!」

 アローザ・・・?声になったのかならなかったのか。

 何故また、アローザに似た怪物が出現したのか。

 レックスの驚愕の感情に満ちた言葉は、喉の奥へと呑

み下された。

 自分らしくもない、とレックスは心の内で自らを叱咤

しながらも、炎熱剣を握り締めた掌はべったりと汗に濡

れていた。

「・・おい!レックス!!」

 注意を促すティラルの叫び声に、レックスはハッと我

に返り、怪物の繰り出した火炎弾を反射的に炎熱剣で叩

き伏せた。

「・・ヒトの心配をしている場合カシラ?」

 ティラルの隙をついてファイオは幻覚を放ったが、凄

まじい風圧を伴うティラルの剣撃に体を吹き飛ばされ、

ファイオの幻覚は失敗に終わった。

 幻覚を放つ為の精神集中や間合いを外せば、それ程恐

ろしい攻撃ではない事をティラルは既に見抜いていたの

だった。

「おとなしくしていれば手荒な扱いはしない。」

 剣を下げ、ティラルはファイオへと歩み寄ろうとした

が、ファイオは幻獣の鞭を構え、再び額の瞳を見開いて

ティラルを睨み付けた。

 ファイオの放つ幻覚に捕らえられる寸前、慌ててティ

ラルは後方へ飛びのいた。

「・・エエ。おとなしくしてるつもりだけどォ?」

 ファイオは嘲る様な笑みをティラルへと向けた。

「!!」

 意外と苦戦しているティラルとレックスを気遣いなが

らも、バギルもまた邪神達を相手に苦戦していた。

 バギルの放つ火炎弾は邪神の片翼の一閃で薙ぎ払われ

てしまい、灼熱の輝きを発する拳は邪神が真っ向から突

き出した両手に受け止められてしまった。

 勿論邪神の両手は焼けて砕け散ってしまったのだった

が、例の如く瞬時に再生してしまっていた。

「・・クソ!俺様らしくもない!」

 今度ははっきりと声に出してレックスは、怪物の・・

女の顔の部分を睨み付けた。

 炎熱剣を振り回し、怪物の肉管や瘤だらけの体を斬り

付けはするものの、レックスは無意識の内に女の・・ア

ローザの姿をした部分への斬撃を避けてしまっていたの

だった。

 ・・あなたと旅に出ると決めたのよ、レックス!

 ・・あの島なのね!例のお宝は・・・!

 深みのある色合いの紺碧の瞳に宿った強い意志。豪放

に苦難を笑い飛ばす姿・・。

 絶えずレックスの脳裏を、アローザの記憶が浮かび上

がっては消えていった。

 その心の乱れは、剣を振るう腕や炎熱剣の輝きを鈍ら

せていた。

 流石に、戦いに精彩を欠きながらも怪物の攻撃をレッ

クスが受ける事は無かったが、怪物を倒す事も出来ない

でいた。

「・・レックス・・・!」

 いつものレックスとは明らかに違う戦いの様子に、テ

ィラルは叱咤と気遣いの混じった声を、思わず掛けてし

まっていた。

「・・アラアラ。暗い・・・昔のイヤな悪夢が。」

 ファイオの冷たい瞳が、戸惑いがちに炎熱剣を振るう

レックスの姿を見つめた。

「・・・そこで待っていてもらおう!」

 ティラルの厳しい声と共に、その片腕が力強く振り上

げられ、突然巻き起こった風の塊がファイオの黒髪をば

さばさとはね上げた。

「なッ!何ョォッ!」

 ファイオは思わず顔を覆い、足を前に踏み出そうとし

たが、それは風の壁によって妨げられてしまった。

 ごうごうと吹きすさぶ小さな竜巻がティラルの手によ

って生み出され、ファイオの周囲を取り囲んでその移動

を封じてしまったのだった。

「・・!」

 レックスの炎熱剣が肉管のより集まった怪物の下半身

を斬り払い、剣の起こした炎が瞬く間に怪物の全身へと

燃え広がった。

 女の形をした部分の皮膚があっと言う間に焼け爛れ、

黄金色の髪の毛が焦げて溶けていく異臭が周囲に広がっ

ていった。

「とどめだ!」

 足を失い怪物が姿勢を崩している隙に、レックスは炎

熱剣を振りかぶったが・・その時、女の唇が何事かを呟

く様な動きを見せた。

「・・・!」

 レックスは炎熱剣を握り締めたまま、その目は火炎に

あぶられ崩れていく女の顔に釘付けになった。

 レッ・・・クス・・・?

 火炎の朱い色が揺れる女の蒼い瞳にレックスの姿が映

り・・・確かに、彼女はそう呟いた様だった。

「まさか・・・ホントにアローザ・・・なのか?」

 驚愕と混乱とが渦巻き、レックスの注意の全てが女の

顔へと向けられた。

「・・!!」

 その隙に再生を遂げた怪物の肉管が、音も無く立ち上

がると、レックスの体を貫こうと躍りかかって来た。

「レックス!よけろ!」

 駆け寄って来るティラルの叫び声に反射的に横へと跳

躍し、レックスは辛うじて肉管の攻撃を躱す事が出来た

のだった。

 まだ火炎に身を焼かれながらも、構わずに攻撃を続け

ようと肉管をうねらせる怪物の前に、ティラルはレック

スを庇う様に割って入った。

 幾本もの肉管が今度はティラル目掛けて襲いかかって

来た。

 ティラルは瞬速の太刀で肉管を薙ぎ払い様、片手への

精神集中によって作り出した圧縮空気の塊を、怪物の体

内へと撃ち込んだ。

「!」

 尚も怯まずに襲いかかろうと、怪物の女の部分の腕が

振り上げられた。

 しかし次の瞬間、ティラルの思念を受けて圧縮を解か

れた空気の塊は一気に元の容積を取り戻し、怪物の体内

を破壊し尽くしていった。

 醜く膨脹し、破裂する女の顔から哀し気に目を背け、

ティラルはレックスへと声を掛けた。

「大丈夫か・・・・・・・。」

  ティラルの神霊力の込められた風の力のせいか、肉

片は再生する兆しも無く、地面へと散らばるそれらは神

や人間のものではあり得ない極彩色をしていた。

 小間切れと化した肉片が四散するのをレックスは呆然

と眺めながら、呟く様に答えた。

「悪ィ・・・。」

 怪物だと判っていた筈だった。

 表面的な姿形に騙される程幼稚ではない筈だったのに

・・・。

 レックスの心の内へと湧き起こるべき苛立ちは、しか

し、すぐにアローザの苦い記憶と癒し難い心の痛みに取

って替わられた。

「あらあら、ン。」

 ティラルの起こした竜巻に捕らえられた中で、ファイ

オはレックスの心に巣食っている悪夢の記憶を感じ取っ

ていた。

 同情するでもなく、面白がるでもなく、ファイオは自

らの司る「悪夢」が、レックスの心の中ではどの様な形

を取っているのか・・探る様な眼差しで見つめていた。

 レックスの内に潜む癒し難い、激しい痛みと苦悩に満

ちた記憶。後悔の大きさは、誰かを強く強く想っていた

が故なのか・・?

 まさしくそれらは、レックスの心を蝕み続けている限

りは、苦痛に満ちた過去の悪夢でしかなかった。

 誰かを強く想い、そして想われて・・・。

 そこ迄をレックスの心から溢れ出る「悪夢」から読み

取り、不意に理由の判らない苛立ちが自身の心の中に湧

き出たのをファイオは感じた。

 強い想いで結ばれるというのは、どんなものなのだろ

うか・・・。

「・・さっさと助けなさイッ!」

 バギルと戦っている最中の二体の邪神達に、ファイオ

はヒステリックな叫び声で命令を発した。

 自らの心の内に起きる昏い翳りを省みる事を敢えて避

け、ファイオは鞭を振り回して邪神に救助を急かした。

「お、おい!待て!」

 素早い動きでバギルの拳をよけると二体の邪神はバギ

ルから離れ、ファイオの救助へと駆け出した。

 焦るバギルの声に、肉片と化した怪物の完全な死の確

認は後回しにして、ティラルとレックスはファイオを取

り押さえるべく駆け出した。

 バギルとの戦いで傷めつけられた翼の何処に力が残っ

ていたのか、二、三度の羽ばたきで、ファイオの側に行

こうとしたバギル達は呆気無く吹き飛ばされてしまった

のだった。

 一体の邪神が倒れたバギル達の前に立ち塞がり、もう

一体がファイオの閉じ込められた竜巻の檻へと手を伸ば

した。

 だが、ティラルの神霊力が込められた竜巻は、無造作

に突っ込んで来た邪神の手を凄まじい風圧で砕いてしま

った。

 邪神はすぐに砕けた手を引っ込め、その状況を即座に

分析した。

 一瞬の計算の後、邪神は今度は無傷の方の手にエネル

ギーを集中させ、再び竜巻の中へと片手を突っ込んだ。

 竜巻の風圧と邪神のエネルギーがぶつかり合い、二、

三度眩しい閃光が周囲に走った。

 幾らか風の力が弱まり、邪神はそのまま竜巻の中へと

自ら引き込まれていった。

「しまった!」

 ティラルは慌てて身を起こすが、もう一体の邪神に阻

まれてファイオに近付く事は出来なかった。

 幾らか弱まったとはいっても、竜巻はまだ凄まじい力

を残しており、邪神の体を風の暴流の中で磨り潰してい

った。

「!」

 体のあちこちを風にちぎり取られながらも、邪神は自

爆する事によって竜巻の力を中和させたのだった。

「どけ!」

 レックスの炎熱剣とバギルの灼熱の拳を同時に食らっ

て焼け崩れるもう一体の邪神を乗り越え、バギル達は邪

神の自爆に巻き込まれたファイオの姿を探した。

 ファイオはどうなってしまったのか?三神の注意がフ

ァイオへと集中した事が、却ってファイオには好機とな

った。

 幻獣バオ・エヒを盾の様に平たく変形させて爆風をし

のぎ、ファイオは自らへと注がれたバギル達の意識を逆

手にとって縛鎖の幻覚を放ったのだった。

 すぐ目の前に迄迫りながら、バギル達は駆け寄ろうと

した姿勢のまま幻の鎖に絡め取られてしまった。

「イイ様ネ。・・アンタ、心の中で悪夢がぐるぐる回っ

てるわヨン。」

 ファイオはくすくすと笑いながら、からかう様にレッ

クスへと流し目を送った。

 その言葉にレックスは怒りも露わに斬りかかろうとし

たが、鎖の幻覚はしっかりとレックスを地面に縛りつけ

たままぴくりとも動かなかった。

 ファイオの姿が歪み、極彩色の影と化して崩れさった

のも、逃亡の為の幻覚だったのだろう。

 レックス達が鎖の幻覚から解放された時には、消滅を

始めた邪神の肉片と、同じく消滅を始めた怪物の肉片を

残して、ファイオの姿は何処にも無かった。

 バギル達が怪物や邪神達と戦っている内に、町の火事

も鎮まり始め、怪我人を運ぶ町の者達の声が遠くから聞

こえ始めていた。

「悪夢って・・・?何なんだ?ファイオの奴。」

 自由になった腕を軽く振り回しながら、何気無く口に

したバギルの言葉に、レックスは微かに体を震わせた。

「悪ィ・・・。」

 逃げる様にそれだけを言い残し、レックスは一足先に

宿の方へと立ち去った。

「お、おい・・・?レックス?」

 突然のレックスの行動に、思わず引き止めようとバギ

ルは手を伸ばしかけたが、ティラルが軽くそれを押しと

どめた。

「今はやめておこう・・・。」

 そっとバギルに言うと、ティラルは剣を収め、走り去

るレックスを黙って見送った。



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