第11章「探索」
この章から挿絵がありません。執筆当時、ペン入れ途中までは出来ていたのですがそのまま放置して10年以上経過してしまいました・・・。
邪神の記録している地図によると、ゼズ達がやって来
たのはザヘル神殿の地下一階だった。
階段を抜けると長い一本の廊下が真っ直ぐに続き、そ
の片側の壁には幾つかの扉が並んでいた。
この階には怪物の気配は感じられず、邪神達も敵を探
知した様子は無かった。
ただ静寂の中で、壁に嵌め込まれた水晶玉の照明が、
仄かに白く弱々しい光をくすんだ色の石のタイルの上に
投げかけているだけだった。
ザヘル自身の寝室は地上にあり、地下一階は専ら書庫
や研究資材置場として使われている・・と、邪神の映し
出す地図に説明文が書かれてあった。
幻獣から下りると、ゼズ達は地図で「書庫」と書かれ
ている一番大きな部屋の扉を開いた。
怪物の出現への用心の為に、ゼズは邪神の一体を先に
部屋の中に入らせ、恐る恐るその後に続いた。
「書庫の割には随分生活臭があるのネ・・・。」
ファイオは恐れげも無くゼズを追い越して部屋の奥へ
とつかつかと進み、しげしげと辺りを見回した。
「これが明かりのスイッチかしら?」
ゼズの後ろで、パラが扉のすぐ側にあった小さな水晶
のボタンを押した。
それと同時に天井全体が発光を始め、書庫全体が明る
い光に照らし出された。
長身のゼズの背丈を優に上回る巨大な書棚が十数個も
並ぶちょっとした図書館の様な部屋の隅には、埃を被っ
た上掛けの布団や、レトルト食品の空容器が散らばって
いた。
ザヘルは度々この部屋で寝起きをしている様だった。
ゼズ達が部屋の奥へと進む横で、邪神達は書棚の方へ
と歩み寄り、その中の本へと視線を合わせた。
邪神の眼球から熱線ではない、仄かに青味がかった光
線が発射され、書棚に並ぶ本を順番に照らしていった。
「あれは何をしてるのかしら?」
パラが不思議そうに邪神を指差すと、ファイオは面白
くもなさそうに答えた。
「あの光線で本の中身を透視して記録してンのヨ。」
邪神達が記録に励む様子を背に、ゼズは何処か落胆の
様な感情を心の片隅に感じながら、更に部屋の奥へと進
んだ。
書棚に並ぶ本の大部分は神国図書館で目にした覚えの
あるものばかりで、ゼズの知的好奇心を満足させるもの
ではなかった。
また、聞いた事の無い出版社の本も幾つかゼズの目に
止まったが、一度でも流通に乗った書物は、世界中の全
ての本を収集する事において他の追随を許さない神国図
書館が集めていない訳がなかった。
手作業製本や自費出版と思われる論文集なども目に入
ったが、邪神が記録していく事を思えば、今すぐにそれ
らを手にしたいともゼズには思えなかった。
「・・っっ!」
軽い失望を感じながら書棚を眺めて歩くゼズのすぐ近
くで、パラが小さく悲鳴を上げた。
「どうした?」
ゼズはパラの方を振り向き、そしてすぐにパラの視線
の先にあるものへと目を向けた。
「な・・・何なのヨォ、これェ!」
ゼズより先にパラの近くにやって来たファイオが、驚
きの表情を浮かべて半歩程後ずさった。
書棚の途切れた部屋の奥には、まだ広い空間が続いて
いた。
そこには書棚ではなく、半妖半女の怪物達の浮遊する
円筒形の水槽が十数基と、ぎっしりとデータカードの詰
まった小さな棚が並んでいた。
ゼズ達がそれらの様子に驚愕して立ち尽くしている内
に、いつの間にか書棚の本を記録する作業を終えた邪神
達がゼズ達の前に進み出た。
邪神達は、今度は棚のデータカードを記録する作業に
取りかかった。
すぐ近くで蠢いている水槽の中の怪物達を気にする様
子など、邪神達にはある筈も無かった。
「・・まだ、生きているの?」
ゼズの後ろに身を隠し、パラはそうっと顔を覗かせて
水槽の方を見た。
「生きているものもあるし、死んでいるものもある。多
分・・・標本の保管場所か何かだろう・・・。」
水槽を支える台座に貼り付けられた金属板の番号へ目
を向けながら、ゼズはパラの問いに答えた。
水槽の中に満たされた淡い黄色の液体の中で浮かんで
いる怪物達は、どれも何処かに美しい女性を思わせる面
影を留めていた。
「・・・初期の失敗作やら試作品かもネ。」
ソエリテの町で半妖半女の怪物と戦い、先刻また地下
の貯水槽でレックス達と戦っているアローザの姿を見た
ファイオだけが、水槽の怪物達がどの様な姿を目指して
作られていたのかを直感していた。
「しかし、ザヘルは一体何の研究を・・・?」
首をかしげながらゼズは、水槽の近くにある古びた木
の机を見つけた。
机の上にはコンピュータの端末が置かれていた。
何か情報が引き出せるだろうか、と、ゼズは机の前に
やって来た。
机の上には薄い銀板のキーボードと、立体映像投影用
の水晶球・・それにデータカードの読み取り機があるだ
けで、コンピュータの本体は何処か別の場所にある様だ
った。
・・「世界を生み出し、形作る力」の研究・・・。
ラデュレーにやって来たエアリエルが戯れに教えた言
葉が、不意にゼズの脳裏に甦った。
コンピュータの情報を調べれば、もしかしたら何か判
るだろうか・・・。
漠然とした期待を抱きながら、ゼズは電源を入れた。
ゼズがスイッチに触れると、音も無く子供の頭程の大
きさの水晶球に明かりが灯り、机上の空間に長方形の画
面が浮かび上がった。
「・・さァてとォ。ちょっと向こうを見て来るワ。」
ファイオはつまらなさそうに溜息をつき、コンピュー
タの操作を始めたゼズから離れた。
パラの方はゼズの隣に立ち、空中の画面上に映写され
た「起動中」の文字を興味深げに眺めていた。
「・・・あら、これは?」
パラがふと床に目を落とすと、何枚かのデータカード
が机のすぐ近くに散乱していた。
パラが手に取った一枚には「日誌」と走り書きされた
シールが貼られていた。
「少し、見てみよう・・・。」
残りのデータカードは邪神の一体を呼び寄せて手渡す
と、記録をする様に命じ、ゼズは「日誌」のカードを早
速読み取り機に差し込んだ。
「・・今日迄の日記の様だな・・・。」
空中の画面に映写された文章の日付を見ながら、ゼズ
は小さく呟いた。
銀板上のキーを叩き、ゼズは数カ月前の適当な日付を
選ぶと日記の中身を映し出した。
暫く読み進む内に、キーボードの上に置かれたゼズの
手がじっとりと汗ばみ始めた。
「・・・これは・・・!」
日記の殆どは、クローン細胞を元にした生物の体の再
生実験の様子とその感想が主な内容だった。
繰り返し日記に出て来る「愛しい娘、アローザ」と言
う言葉等から、ザヘルの実験は死亡した娘のクローン再
生を目的にしたものだとゼズには容易に理解出来た。
だが、実験の全ては失敗し、ザヘルは「彼」から新し
い禁忌の技術を教授してもらう事を決心した・・。
「「彼」・・・?」
傍目には凄まじいスピードで点滅を繰り返すだけの画
面から正確に内容を読み取っているゼズの横で、パラが
小さく首をかしげた。
パラもまた、ゼズと同様に高速の画面表示の内容を正
確に読み取っていたのだった。
「「彼」・・・他にも「訪問者」とか「あの者」とか書
いているな・・・。同一神物だろう。」
パラの問いに、独り言の様に呟きながらゼズは更に古
い日付の日記を表示させた。
妄執の様に繰り返し書かれているアローザへの愛情と
レックスへの憎悪から、大して日付を逆上らなくともア
ローザが命を落とす事になった原因はレックスにあり、
ザヘルは異常な程レックスへの憎悪をたぎらせていると
ゼズ達にも理解出来た。
そして、日記の中で「彼」とか「訪問者」等と表現さ
れている謎の神物が、ザヘルに高度な生物実験の知識と
技術を授けたらしかった。
元々生物工学の研究者のはしくれだったザヘルにとっ
て、「彼」から提供された技術を理解し実践するのはさ
して困難な事ではなかった。
だが・・ザヘルの実力不足か、提供された技術が不完
全なものだったのか、再生されたアローザは途中で壊死
したり時には怪物化して暴走する事もあった。
・・逃げ出した怪物がソエリテの町を暴れ回ったとい
う報せを後で聞いたが、私にはもうどうでもいい事だっ
た・・。
そんな一文から、すっかりザヘルは土地神としての任
務を放棄し、アローザの再生のみに心を奪われている事
が知れた。
「・・・何という事を・・・!」
最近の数カ月分の日記を読み終え、ゼズは愕然と目を
見開いた。
「?」
一応は一緒に日記の内容を読んだものの、行間に込め
られたザヘルの感情や、書かれた内容の深い意味迄は読
み取れず、パラは不思議そうにゼズの驚きに満ちた表情
を見上げていた。
「・・・全く・・・何て事を・・・。」
ゼズはもう一度掠れた声で繰り返した。
「彼」がザヘルに与えた様々な技術と知識の出所は太
古の邪悪な神々の集団である「ヌマンティア」らしかっ
た。
失敗続きの実験に、ついには「虚空の闇」から魔神ル
フォイグを召喚したり、その神の助力によって「虚空の
闇」から強大な神霊力を持った魔神を創造する実験に迄
着手する事にした、と日記には書かれていた。
全ては愛しい娘アローザの再生の為に・・。
全てはその為だけに、ザヘルは得体の知れない「訪問
者」の知識を受け入れ、「虚空の闇」の魔神の召喚を行
ったのだった。
ゼズは汗ばんだ手でキーを叩き、ひとまず表示された
日記を画面から消した。
エアリエルの言葉通り、ザヘルの日記の中には少しだ
け、「世界を生み出し、形作る力」について触れられて
いた。
万物の創造の根源となる万能の力は、ザヘルにとって
は自分の思い通りの愛しい娘を創造し、新しい自分の生
活を生き直す為のものとして理解され、利用されようと
していた。
だがその力で娘との幸福な日々を創造しようと願う父
親の心は、しかし既に、妄執に歪んで濁りきっている様
だった。
「・・何かまずい事でも書いてあったの?」
パラは硬い表情のままでいるゼズの横顔を眺めた。
パラも一応は高速で移り変わった画面の日記の内容を
読む事は出来ていた。
が、娘を想う父親の愛情も、それが狂気に歪んでいく
様子も、「虚空の闇」に関する事に地上の神々が手を出
す事の恐ろしさも、パラには実感出来てはいなかった。
「・・アローザが甦る為ならば・・・か。」
空中の長方形の画面のぼんやりとした光に照らし出さ
れるゼズの顔が、微かな哀しみと憐憫の感情に翳った。
探せばアローザが亡くなってからの百数十年分の日記
もすぐに見つかりはしただろうが、ザヘルの狂気と、実
際に既に行われてしまった・・行われつつある凶行につ
いての理解は、ここ数カ月分の日記でゼズには充分だと
思えた。
データカードを読み取り機から抜き取り邪神の一体に
渡しながら、ゼズの頭脳の中では邪神の情報処理にも劣
らない速度でザヘルの日記の内容が吟味されていった。
「ねえ、もう他のカードはいいの?」
「ん?・・・ああ・・・。」
パラの問い掛けに生返事をしながら、ゼズは幾つかの
疑問をまとめかけていた。
ザヘルの所にやって来た「訪問者」は、そもそも何が
目的でザヘルに接触したのか?
決して、娘を想う父親の愛情への同情などというもの
から様々な技術を提供した訳ではあるまい。
そもそもが、現在の「神国」では絶対的禁忌とされて
いる「ヌマンティア」の葬り去られた過去の技術を提供
している時点で、「訪問者」がまともな神経の持ち主で
ある筈もなかった。
ザヘルの娘の復活を建前に、「訪問者」は別の目的を
成し遂げようとしていると考えるのが妥当だろう・・。
「虚空の闇」の魔神迄召喚した「訪問者」の目的とは
一体・・・。
ゼズが深く自らの思索に耽りかけたところに、怪物入
りの水槽の並ぶ向こうの方からファイオの野太い悲鳴が
上がった。
「ちょっ、・・・ちょっとォッ!何ヨォ、これ!」
「何だ、どうした・・・?」
ゼズは呆れた様に溜息をつくと、まだ手にしていた他
のデータカードを読み取り機に挿入しようとしていたパ
ラをひとまずそのままにして、ファイオの悲鳴が上がっ
た場所へと急いだ。
「どうしたというんだ?」
思索の邪魔をされて多少苛々とした口調で、ゼズは水
槽の向こうの小さな戸棚のある場所へとやって来た。
ゼズの問いに、ファイオは座り込んでいた場所から立
ち上がり、先刻迄手を触れていた戸棚の扉と、その中の
箱をゼズに指し示した。
「?」
ファイオの紫のマニキュアの塗られた爪の先にある戸
棚の扉の中には、何冊かの薄い革張りの書物と、美しい
光沢を持つに至る迄に磨き上げられた石の玉などがあっ
た。
それらは長らく手入れはされていなかった様で、書物
の表紙の革はぼろぼろに傷んでカビが生えていた。
石の方も、玉の他に掌に納まる程の大きさの円柱形の
ものやナイフ状のもの、三角形の板状に加工されたもの
などもあったが、その表面は全て薄汚れてくすんでしま
っていた。
「何の本だ?」
何気無く一冊の書物を手に取ってめくり、次の瞬間、
ゼズは驚きに身を震わせた。
・・「レイライン集束点管理者心得」・・「火炎系言
魂詩篇大全」・・・。
書物のそうした題名に目を落としながら、ゼズは今更
の様に大きな驚きに息を呑んだ。
一足先に驚いて済んだファイオはゼズの横で、無造作
な手付きで房飾りの付いた石の玉を弄んでいた。
先刻見たザヘルの日記には明記はされてはいなかった
が、レイライン集束点がザヘル神殿の地下にあるのだか
ら、神殿の主であるザヘルが集束点の管理者だというの
も当然考えられる事ではあった。
しかし、娘への狂った愛情と恐ろしい実験に手を染め
てきた事を書き連ねた日記を読んだ後では、ゼズの心の
中ではどうしてもあの日記の主が、レイライン集束点の
管理者だと想像する事が出来なかった。
「この石の玉も霊具みたいだケド、神霊力が空だワネェ
・・・。」
ファイオはそう言って、薄く埃の付いた石の玉やナイ
フを摘み上げて覗き込んだ。
これらの道具も、どうやら「神々の森」で鳥神・鵬が
邪神相手に戦った時に使った羽の霊具と同様の品らしか
った。
ただ、この石の霊具は全く手入れが行われておらず、
神霊力の補充も無く放置されていたらしく、有事の際に
用を足す事はとても出来そうになかった。
「・・最早、娘の復活以外、他の全ての事はザヘルにと
ってはどうでも良かったのだろう・・・。」
開いていた言魂の書物を閉じると、薄い埃がゼズの顔
の前にゆらゆらと舞い上がった。
娘が甦るのならば、他の事はどうなってもいい・・日
記の中に繰り返し記されていたザヘルの一途な想念・・
いや執念を、ゼズは哀れみと・・幾ばくかの冷たい緊張
感と共に反芻していた。
ファレスとファリア・・自分の妹達が無事に助かるの
ならば。
多くの知識と技術で自分の研究が充実するのならば。
未知の素晴らしい幻獣が自分の手で創造出来るのなら
ば・・・。
ザヘルの辿った道筋は、一つ踏み外せば、ゼズの目の
前にも暗い妄執と狂気の入り口を同様に開いていたもの
だったのかも知れなかった。
「・・・ネェ。日記には何が書いてあったのン?」
全ての石の霊具が使い物にならない事を確かめると、
ファイオは面白くも無さそうに木箱の中にそれらを投げ
込んだ。
ゼズはその木箱を元の戸棚の中に入れながら、ファイ
オへと溜息混じりに答えた。
「・・・君の司るべき「悪夢」だよ。」
狂気一色に彩られた日記の中にも、ごくたまに、微か
な正気を思わせる感傷めいたザヘルの独白も無いではな
かった。
ザヘルも初期の頃は、単純にアローザの肉体だけをク
ローン再生するつもりだったらしい。
しかも、大人の体への短期間の育成と、アローザとし
ての自我の構築などの技術は非常に高度なもので、ザヘ
ル程度の研究者にとっては殆ど不可能な事だった。
せめて、赤ん坊として再生し、新しい娘として育てよ
う・・。妻をアローザの出産時に亡くして久しいザヘル
の、それは些やかな願いだった。
だが、クローン再生はうまくいかず、揚げ句の果てに
は奇形化する個体も現れた。
心労や苛立ち、度重なる失敗への怒りや悲しみ、そも
そもの原因である娘を連れ去ったレックスへの憎悪や怨
念は、やがて、ザヘルをより邪悪で非合法な技術の習得
へと向かわせたのだった。
「神国」のコンピュータ・ネットワークの情報網は大
海とも一つの宇宙とも称される程に広大で深い。
その暗黒面・・非合法で邪悪な生体実験のデータベー
スから情報を得ている内に、ある時、「訪問者」がザヘ
ルのコンピュータに接触し、さほどの間を置かず実際に
ザヘルを訪問したのだった。
「訪問者」がザヘルに与えた邪悪な技術の数々は、既
にゼズが読んだ日記にある通りだった。
「・・ねえ、変な記録が出て来たんだけど・・・。」
コンピュータの机の前で困惑したパラの声が、ゼズの
方へと掛けられた。
「今度は何だ・・・?」
言魂の書物も戸棚の中に放り込み、ゼズはローブを翻
して元の場所へと向かった。
開けっ放しの戸棚をそのままに、ファイオもまたゼズ
の後に続いた。
パラの眼前には、ソエリテ周辺の地図や、何かの神の
姿が立体映像として浮かび上がっていた。
ゼズがパラの側にやって来ると、机の右隅の空間に、
幾つかの資料のリストが小さく羅列されているのが目に
留まった。
「何だろうな・・・。」
ゼズがリストの資料の中の一つ、二つを適当に指定す
ると、ザヘル神殿周辺の地図や、黒い邪神の映像が机の
上に出現した。
ザヘル神殿周辺の地図では、六ヶ所に赤い光の点が灯
り、そこに黒い邪神の映像が線で結ばれていた。
「ネェ・・・。先刻、外堀でアタシ達が見た邪神も六体
だったわよネェ・・・。」
ファイオは眉をひそめながら、ザヘル神殿潜入直前に
見かけた黒い邪神達の事を思い出した。
パラはただ、小首をかしげながら俄には全てを理解し
難い様子で映像や文章の並ぶ画面を眺めていた。
「・・答えは全てこれに書いてある。」
ゼズは小さな溜息をつき、パラの眺めている画面を苦
々しい表情で指差した。
「記録は小まめに残す・・あらゆる研究の基本だな。」
研究の詳細を記録として残すと言う行為については、
ザヘルもまた研究者としての基本的な姿勢を守っている
とは言えた。
ゼズはパラが偶然呼び出した記録の全てを、次々に読
み取っていき・・正に、今日、この神殿で何が行われよ
うとしているのか・・狂騒の果てにザヘルが辿り着いた
狂気の行為の殆ど全てを理解した。
「何なのヨッ!?「魔神創成」とか「世界を生み出し、
形作る力」ってッ!?ザヘルとかってヤツ、娘をクロー
ン再生するのが元々の目的じゃなかったのォッ!?」
ゼズの背中越しに記録を読みながら、ファイオは理解
し難い内容に悲鳴の様な声を上げた。
俄には記録の内容を理解出来ず、呆然としているファ
イオとパラを横目で見ながら、ゼズの頭脳は目まぐるし
く回転し、ザヘルの目指す姿の何たるかを戦慄と共にゼ
ズへと提示しようとしていた。
「・・「虚空の闇」の中から魔神ルフォイグを召喚した
のも、ルフォイグの力で黒い邪神達を創造したのも、そ
れは「虚空の闇」から強力な魔神を神工的に創造する事
が目的だったんだ・・・。」
無意識に握り締めたゼズの拳が、緊張の汗に濡れてい
た。
「そうやって創造した魔神とザヘルが融合を行い、より
強い神霊力を誇る強大な魔神へと進化しようとしている
んだ。・・この「訪問者」やルフォイグの意図はともか
く、ザヘルはそうやって得た神霊力で完璧な形の娘を創
り出そうとしている・・・。」
ザヘルの記録の要約をファイオとパラに説明すると、
ゼズは慌ただしくローブを翻して部屋の出口へと足を向
けた。
「ザヘルを止めないと大変な事になる・・・。」
流石にゼズ自身がザヘルを止めようと行動する程、正
義感に駆られていた訳ではなかったが。
それでも、バギル達に知らせれば何とかなるのではな
いかと、ゼズは慌ただしく書棚の間を足早に通りすぎて
行った。
「大変な事って何なの?」
コンピュータの電源をそのままに、パラはゼズの後を
追いかけた。
律儀に読み取り機の中や机の上に取り残されたデータ
カードを拾い集めて分析を始めた邪神の姿が、パラの視
界の片隅に映ったが、パラにとってはもうどうでもいい
事だった。
「大体、魔神に進化するってェ・・・。」
背後に追いついたファイオとパラの問い掛けに、ゼズ
は早口で大まかな事柄を説明した。
魔神と化したザヘルは、本体の周囲のあらゆる有機物
や無機物を取り込み、自らの肉体として融合していくと
いう。
その肉体はあらゆる衝撃に耐え、破損したとしても驚
異的な速度で再生が行われる。地上では殆ど不死身の肉
体といってもいいだろう。
また、周囲のあらゆるものと同化したその肉体の内部
には高速で密度の濃い情報処理を司る神経配線が通り、
周囲の様々な情報を知覚し、処理する能力がザヘルへと
与えられるのだった。
ただ、「虚空の闇」から今回創り出された、素材とな
る魔神の能力の限界から、魔神化したザヘルの融合範囲
はソエリテの町とほぼ同じ大きさだと・・先刻の資料の
中では予測されていた。
「・・ネ、ネエ・・・。それってェ・・・。」
部屋の扉の前で立ち止まったゼズの背に、ファイオは
野太い唸る様な声を絞り出した。
ファイオの隣に立ち止まったパラは、まだ理解出来て
おらず、不思議そうな表情でゼズの背中とファイオの硬
い表情を見比べていた。
ファイオはようやく、ザヘルの成れの果てがどの様な
神になるのかを理解し始めていた。
あらゆるものとの融合。驚異的な肉体の再生力。高速
で高密度の情報処理能力。
・・その神は、今も白磁の仮面を付けて空中城塞都市
に座しているのではなかったか。
ゼズは背後を振り返り、片手を上げると一通り作業を
終えて立ち尽くしていた邪神達を呼び寄せた。
歩み寄って来た邪神達に、ゼズは問い掛けた。
「・・この部屋の他に、神殿の地下で大きな広間はある
か?」
ゼズの質問に、邪神の一体が顔面の中央を占める眼球
を軽く見開き、神殿地下の地図を検索し始めた。
ファイオとパラはただ黙ってその様子を見つめるばか
りだった。
ファイオはやっと、ザヘルの成ろうとしているものが
何なのか気付いた様だったが、ゼズの目まぐるしく回転
する頭脳は、既に次の疑問を、明確な答えの出ないまま
に整理し終えていた。
・・ザヘルが成ろうとしている魔神は、レウ・ファー
に似ている。
先刻パラが見つけたザヘルの研究記録から、ザヘルが
目指す魔神の様子は、容易にレウ・ファーの姿や能力を
連想させた。
だとすると。
・・レウ・ファーもまた、昔、何者かによって「虚空
の闇」から創り出された存在なのだろうか・・・?
・・それでは、今回、このソエリテでザヘルが辿ろう
としている魔神への進化の過程は、いつか、何者かが・
・・或いは、レウ・ファー自身が単独で辿る道と、同じ
ものなのだろうか・・・?
ゼズはそれらの恐るべき疑問を押し隠し、平静を装っ
て邪神の検索結果を待った。
ゼズの心の内など知りようも無く、邪神は眼前の空中
に神殿の立体地図を映写した。
ザヘルの日記や研究記録にあった神殿地下の大広間と
思われる場所は、地下五階・・神殿の最下層だった。
そこは同時に、更に地下深くに存在するレイライン集
束点への入り口とも蓋とも言える場所だった。
「・・・地下五階か。」
そう言って、大広間の場所を頭に入れて足を踏み出し
つつ、ゼズは心の片隅で自分は余りにも滑稽な行為をし
ている様に感じていた。
自分が行ったところで何が出来るのか?
それに何より、地下五階の大広間・・レイライン集束
点への入り口とも言える場所に、ザヘルを止めるべく向
かうゼズが従えているのは、その集束点を占拠しようと
する邪神ではないか・・・。
軽く頭を振り、ゼズが意を決して部屋の扉に手を掛け
ようとしたところで、突然発生した揺れがゼズ達の足元
を掬った。
「な、何ヨ!地震ッ!?」
ファイオが野太い悲鳴を上げ、思わずその場にうずく
まった。
「あっ・・・!水槽が・・・・っ!!」
地震に体を揺さぶられ、よろめきながらパラは悲鳴を
上げた。
パラが何とか、手近に居た一体の邪神の背にすがった
ところで揺れは治まったが、部屋の書棚の殆どは中身を
床に吐き出して横倒しになり、その奥の水槽もまた、殆
どが台座から放り出されて砕け散ってしまっていた。
水槽の中の怪物達は全てが死んでいた訳ではなく、放
り出されたショックで目を覚ましたものも何体か居た。
半妖半女の怪物達はのろのろとした緩慢な動きではあ
ったが、ソエリテで暴れていた怪物達と同様に、辺り構
わず火炎を吐き散らし始め、近くに居る獲物を目掛けて
歩み寄って来たのだった。
獲物・・ゼズ達は、大人しく怪物の餌食になるつもり
など毛頭無く、ゼズは素早く全ての邪神達に怪物を迎え
撃つ様に命令を飛ばした。
怪物達の放つ火炎に、散乱した書物や書棚が燃え上が
り、水槽のガラスも次々に焼けて砕けていった。
「今の内だ!」
ゼズは呆然と立ち尽くすパラの腕を掴み、ファイオと
共に部屋の扉を開けて廊下へと走り出た。
即座にゼズが幻獣を召喚して跨がると、何とか気を取
り直したファイオとパラもそれぞれ自らの幻獣を召喚し
た。
幻獣達は主の命令を受けるとすぐ、空を滑る様にして
飛び立ち、怪物の吐く火炎や邪神の放つ熱線で炎上する
書庫を後にした。
「・・ネェ、アンタ!本気でザヘルを止めるつもりなの
ォォ!?それより逃げましょうヨ!こんな町、どうなっ
たっていいじゃないのヨ!」
ゼズの乗った幻獣シウ・トルエンのすぐ後ろで、幻獣
ファ・ジャウナに跨がったファイオが苛々と叫んだ。
ファイオの呼びかけを聞きながらも、ゼズは少しの間
困惑の表情を浮かべた。
ファイオの言う通り、もうこの神殿から脱出する事が
一番正しい事だろう。
ザヘルの持つ様々な研究資料を調べるという目的は果
たしたのだから、これ以上危険な場所に留まる必要も無
かった。
「・・だが、ここから逃げて何処へ行くと言うんだ?私
達の行く先は、結局、もう一つの魔神の手の中じゃない
か・・・。」
ゼズはちらっとファイオを振り返り、何処か疲れた様
な調子で応えた。
ゼズの言葉に、ファイオは不愉快そうに舌打ちをして
眉根を寄せた。
もう一つの魔神の手の内・・それはファイオも、先刻
のザヘルの研究記録を見て理解していた事ではあった。
黙り込んでしまったファイオの様子を、自分に同意し
たものとして強引に解釈し、ゼズはファイオとパラの乗
った幻獣を率いて先刻の、貯水槽からつながっている広
間へと急いだ。
邪神の提示した地図では、そこから地下五階に行ける
筈だった。
幻神達の護衛か・・それとも追跡か。
怪物達を倒し終えたならば、邪神達も遠からず後を追
ってくるだろうと、ゼズは小さな溜息をついた。
◆
神殿地下五階の大広間には、既にベナトによって様々
な装置が運び込まれ、組み立てられていた。
本来は、更に地下深くに存在するレイライン集束点の
様子を監視する機械等があったのだが、それらはベナト
の手によって改造され、レイラインのエネルギーを汲み
上げる装置と化していた。
「・・それでは始めよう・・・。」
ベナトは細長い水晶柱を並べて作られた装置の前で、
ザヘルへと言魂を記した書物を手渡した。
恐る恐る革張りの書物を受け取り立ち尽くしているザ
ヘルを背に、ベナトは天井近くに浮遊していたルフォイ
グへと顔を上げ、指示を与えた。
「ルフォイグ、邪神達の覚醒と制御を・・・。」
「・・・ああ・・・。」
ぼそりとルフォイグは応え、床の上へと音も無く降り
立った。
すぐに巻貝状の頭部が軽く震え、ルフォイグの支配下
にある黒い邪神達へと念波が送信された。
邪神達の様子の確認の為に、ベナトが開いた六つの小
集束点の立体映像の中で、卵化していた黒い邪神達はル
フォイグの念波を受けて元の姿を取り戻し、そこから更
に変化を始めたのだった。
邪神達の下半身は鋭く尖り、地中深くへと潜っていっ
た。
その活動は地中の岩盤を刺激し、不規則に生じる大小
の地震となってソエリテの町を襲った。
火山帯の町とはいえ久しく起こらなかった地震の多発
に、町の人々は復旧作業の手を止めるとすぐ、避難袋の
確認に慌ただしく自分達の家へと帰って行った。
生じては止まり、また生じる不規則な地震に、長い年
月を火山帯に暮らしてきた人々の鍛えられた直勘は、町
に何かの危険が迫ろうとしている事を警告していた。
◆
立ち並ぶ細長い水晶柱の装置に、ザヘルの不安気な姿
が映っていた。
「・・・さあ。始めよう。」
傍らに立つベナトに促され、ザヘルは装置の前で書物
を開き、ベナトに示された手順に従って言魂の詠唱を始
めた。
言魂とは・・。
全ての物質に内在し、現象の発現を支配する根源的な
エネルギーが存在する。それらには、様々な周期や波動
があり、それらを発音可能な言葉に加工し、一つの四行
詩として組み上げたものが言魂である。
神々は言魂を詠唱する事によって、例えば火炎や水を
発生させる等、自分の思い通りに様々な現象を操る事が
出来るのだった。
しかし、ザヘルが今詠唱を始めた言魂の内容は、太古
に禁じられ、封印されたものの一つだった。
「・・それは、銀板の刻印を中に戴いて
・・お前の臓腑へと群青の糸を通す
・・そこから滴る水滴を抉り取る様に
・・深い場所から、お前の血潮を掴み取ろう」
嗄れたザヘルの声が水晶柱を震わせ、その言魂の力は
小集束点へと据えられた邪神達へと伝えられていった。
下半身を十数キロにも及ぶ深さ迄埋めた邪神達は、次
にその上半身を変化させ始めた。
両腕がそれぞれ二つに裂け、鋭く長い刺状に変化する
と、それらは空高く掲げられた。
邪神達は変形を終えると、その長い刺の先端に青白く
輝く光球を溜め、ザヘル神殿へと向けて一本の巨大な光
の帯を放出し始めたのだった。
神殿を目指して六つの方角から放射された光線は、避
難の準備を始めた町の人々に混乱と不安を植え付けた。
「・・・来たか。」
・・小集束点から汲み上げたエネルギーが到達。処理
に問題無し。
自らの眼前の空間に出現した表示に、ベナトは満足気
に呟き、ほくそ笑んだ。
ザヘル神殿の地上部に予め設置していたアンテナを通
じ、レイラインの小集束点から汲み上げたエネルギーが
ザヘル神殿地下へと流れ込み始めたのだった。
「・・邪神の耐久力も問題無い。後一時間はもつだろう
・・・。」
ベナトの背後で、ルフォイグは六体の邪神達の様子を
伝えた。
自らが作り出した邪神の様子は、ルフォイグに全て分
かる様だった。
邪神は小集束点のエネルギーを汲み上げ、ザヘル神殿
へと集める装置として使われたのだった。
単純に火を起こしたり雨を降らせるのとは違い、ザヘ
ル達が今回使用する言魂には大量のエネルギーが必要だ
った。
ザヘル程度の神の神霊力では、言魂の力を支える事は
不可能な事だった。
ベナトはその為、言魂の発現を支えるエネルギーを、
小集束点から汲み上げるエネルギーで賄おうとしたのだ
った。
・・小集束点より抽出したエネルギーは、必要量を確
保。
コンピュータのその報告に、ベナトは大きく頷いた。
理論上は、ザヘル神殿地下の大集束点のエネルギーで
今回の実験に必要な全てのエネルギーが確保出来る筈だ
った。
しかし、そのエネルギーの量は余りに莫大過ぎるもの
で、僅かな間違いでメル=ロー大陸全てが簡単に消し飛
んでしまう。
それを防ぐ制御や調節の手間暇は、正直なところ傲慢
なベナトにも手に余るものだった。
その為、実験の各手順毎に、使用するエネルギーの源
を違えて安全の確保を図ったのだった。
「・・・ザヘルよ。始めるぞ。」
巨大な現象を操る言魂の詠唱にはそれ相応の体力、精
神力、神霊力が要求される事は、集束点管理者のザヘル
にとってはよくよく分かっている事だった。
ベナトに促されながらも、言魂の詠唱の反動を恐れ、
ザヘルは仲々次の言魂の詠唱に取り掛かる事が出来なか
った。
「恐れる事は無い。」
ベナトの言葉に、ようやくザヘルは意を決して口を開
いた。
「・・眠りより深く、微睡よりも浅い
・・その狭間にまとわりつく赤い扉をこじ開けよう
・・天球の果てに登り詰めては尚昏く
・・地の底へと下り詰めてはまだ暗い所へと」
水晶柱の装置が、ザヘルの言魂の詠唱に必要なエネル
ギーを補給し、一つの現象を発動させ始めた。
通常は詠唱者であるザヘルへと向かうべき反動は、無
数の稲光と轟音となって水晶柱の上部に沸き起こった。
かっと輝く青白い稲光に、思わずザヘルは目を閉じて
体をすくませた。
そしてザヘルが再び目を開く僅かな瞬間の内に、言魂
の力は水晶柱の装置の上部の空間に、「虚空の闇」へと
続く暗黒の穴を作り出していた。
全く厚みの感じられない黒い暗黒の円盤・・。しかし
それは、地上の神々の感覚には捉えどころの無い不可思
議な縦横の回転を繰り返して空中に存在していた。
傲慢なベナトでさえ、言魂の力の発現を細心の注意を
もって見守っていた。
灰色のマントの内側の体は緊張に強張り、うっすらと
汗すら滲んでいた。
「・・これをくぐれば、ワシは「虚空の闇」に還れるの
だな・・・。」
そんなベナトの後ろで、ルフォイグは冗談めいた言葉
と共に、小さな笑い声を上げた。
◆
古い石の階段を飛翔板で滑るように飛び続け、レック
スとティラルは地下へ地下へと下っていった。
時折生じる地震の揺れも空中では関係無く、レックス
とティラルの進路を妨げるものではなかった。
半妖半女の怪物達の姿も既に無く、二神は半ば勘を頼
りに、一本だけ照明機能の生きている階段を選んで疾駆
した。
勘といっても、数々の冒険の旅や多くの戦いの経験に
よって鍛えられてきたレックスの直感力やティラルの観
察力に裏付けられていた。
常時使われている場合の階段の石の傷み具合や、ゴミ
や埃の様子、等々・・レックスもティラルもそれらを無
意識の内に瞬時に観察し、何者かの行き来があると思わ
れる道筋を、自分達の進路として選び取っていた。
「・・バギルの奴はまだ来ないか・・・。」
ふと後ろを振り返り、レックスは呟いた。
「ああ・・・。まだの様だな・・・。」
努めて冷静にティラルはレックスの言葉に応えた。
正直、ティラルはザードの力があれ程凄まじいものだ
とは思ってもいなかった。
あんな狂った力を得た友を、バギルは連れ戻す事が出
来るのだろうか?
ティラルはバギルの無事を祈らずに入られなかった。
そして、また。
・・友を、連れ戻す事が出来るのだろうか?
その問いは、ゼームの身を案じる自らの身の上にも重
ね合わせ、ティラルは知らず、拳を強く握り締めていた
のだった。
「・・・!?」
そこに突然、地震とは違う不可思議な衝撃と気配とが
生じ始め、レックスとティラルは思わず階段の途中で飛
翔板を急停止させた。
「どうやら道は間違ってねえみたいだな!!」
レックスは少し眉をひそめると、手で口を覆った。
吐き気をうっすらと催す寒々とした空気と、体の芯を
じわじわと蝕む様な冷たい疼痛を伴う悪感が、レックス
とティラルの体に広がっていた。
それは、濃い邪気に接した時の、地上の神々の一般的
な身体反応だった。
それと共に、濃い邪気の源と思われる地下深くから、
三つの数の神霊力の微かな波動をレックスとティラルは
感じ取る事が出来た。
ソエリテの町の怪物騒ぎといい、邪神の化けたアロー
ザの事といい、神殿のこの邪気といい・・一体、何がど
うなっているのか。
ともすると、混乱と苛立ちに捕らわれてしまう心を、
レックスは無理やり鎮め、再び飛翔板を飛び立たせた。
とにかく、ザヘルに会って尋ねれば、アローザの事ぐ
らいは答えが出るだろう。
レックスは飛翔板の速度を上げ、地下深くの階を目指
した。
ティラルもまた、濃くなり始めた邪気に警戒しつつ、
レックスの後を追った。
それから数分。
どの位の距離の階段を下ったのか、突然、周囲の空間
が開け、レックスとティラルは地下の広大な場所へと飛
び出した。
高い天井には不可思議な暗黒の円盤が回転し、大広間
の彼方には青白い光に輝く水晶柱が並んでいた。
一瞬、本当に吐くかと思われた程、大広間には濃い邪
気が淀んで溜まっていた。
濃密な邪気を垂れ流しているのは、その暗黒の穴だっ
た。
レックスとティラルは強引に吐き気を押さえ込み、も
う一度水晶柱の並ぶ方へと顔を向けた。
水晶の円柱や球体を組み合わせて作られた柱は、内側
に何かの機械部品らしきものが透けて見えた。
目まぐるしい点滅を繰り返すそうした装置の近くには
三つの影があった。
「・・ここ迄来おったか・・・!」
階段から出てすぐの空中で停止したレックスを、ザヘ
ルの紅く血走った双眸が捉えた。
ザヘルの限り無い憎悪と怨念のこもった視線を真っ向
から受け止め、レックスもまた強い意思と気迫とをもっ
てザヘルを睨み返した。
やっと、ザヘルに会う事が出来た。
アローザの事件の真実はザヘルが知っている・・。地
下深くで得体の知れない仲間達と得体の知れない事を行
っているザヘルの姿を見るに至り、レックスの勘は強固
なものとなった。
レックスは歯を剥いて笑い、ザヘルへと叫んだ。
「・・やいっっ!!ザヘルッッ!!」
斬りかからんばかりの勢いで、レックスはザヘル目掛
けて飛翔板を疾らせた。
「お前に訊きたい事は山程あるぜっっ!!」