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第9章「潜入」

 レウ・ファーからの通信でゼズとパラがソエリテに来

ると知らされ、彼等と合流するべくファイオは町外れの

小さな林の中で三体の邪神と共に身を隠していた。

 ゼズ達と共にザヘル神殿へと潜入する様にという、レ

ウ・ファーの命令だった。

「まあったくゥ、面倒臭いワネェ・・・!」

 ぶつぶつと文句を言いながら、手近な岩の上にフリル

のハンカチを敷いてその上に腰を下ろすと、ファイオは

櫛で髪をすき始めた。

 ファイオの側で待機している邪神の一体が、胸元の空

間にゼズ達の現在位置を示す地図を映写していた。

 その映像では、ゼズ達は既にメル・ロー大陸に入り、

ソエリテの目前迄近付いている様だった。

「後、スプレーして、口紅を直して・・・。充分間に合

うワネ。」

 邪神の映し出す地図を横目で見ながら、櫛を折り畳ん

で紫衣の懐に戻し、ファイオは携帯用の小さなヘアスプ

レーの缶を取り出した。

 スプレーのボタンに指を掛けようとしたところで、俄

に邪神達が、巨大な眼球を動かして周囲の様子を検索し

始めた。

「?」

 ファイオが訝し気な視線を送った次の瞬間、背後から

林の木々が次々に叩き折られる音が起こった。

「な・・・何ヨ!ザード?」

 またザードが暴れているのかと思いながら、野太い声

を張り上げ、ファイオは慌てて立ち上がった。

 だが、振り返ったファイオが目にしたものは、初老に

も関わらず頑強な体格をした武神らしい老神と・・それ

を追い詰める巻き貝状の頭をした異様に細い体の、得体

の知れない気配を放つ怪物の様な姿の神だった。

「ぬん!」

 老武神は気合と共に地を蹴り、相手の神の巻き貝状の

頭部に拳を連打した。

 が、それらは全て相手の体に触れる直前で、呆気無く

弾き返されてしまった。

「我が名はルフォイグ・・。お前には邪神になってもら

おう・・・。」

 遠く暗い場所から吹きつけてくるかの様な、凍てつい

た響きを伴って魔神の名前は老武神の耳元へと届いた。

 ルフォイグ・・魔神の名前そのものに、或いはその名

を告げる声の響きの中に、どの様な神霊力が秘められて

いたのか。

 その名が空気を震わせた途端、周囲の木々や岩、土の

一粒に至る迄が一気に精彩を失い、萎え崩れ始めた。

 老武神やファイオもまた、体中を悪寒や吐き気が駆け

巡り、凄まじい眩暈に襲われた。

 ルフォイグの巻き貝状の頭の内から瞳らしい光点が覗

き、それは苦悶に膝を突いた老武神を冷たく、真っ直ぐ

に見据えた様だった。

「・・ふむ。老いる事への悔しさや、若者への嫉妬と憎

悪・・・。お前の心が黒く冷たく塗り潰されているのが

判るぞ・・・。」

 何処か楽しそうに、くぐもった笑いを含んだルフォイ

グの声が辺りに響いた。

 ルフォイグの前で、老武神は周囲を侵す邪気に蝕まれ

て最早体を動かす事は出来なくなっていた。

「・・・や、ヤバイところに・・・。早く・・・逃げな

きゃネ。」

 ルフォイグから発散されるきつい邪気に、喉元迄吐き

気がこみ上げて来るのを必死で堪え、ファイオは何とか

邪神達に命令を下すべく口を開こうとした。

 邪神達は、一応の主であるファイオからの命令を待っ

て、濃密な邪気の中でも平然と立ち尽くしているばかり

だった。

 そうする内にも、ルフォイグの細い触手の様な手が老

武神へと伸び・・その体内へとめり込んだ。

 傷も出血も全く無く、ルフォイグの手だけが体内へと

溶け込んで、老武神は苦痛にのけ反った姿勢のまま硬直

した。

 次の瞬間、老武神の体の輪郭がぶれ、ルフォイグが手

を引くと同時に黒い結晶がその体を包み込んだ。

 それは、ファイオの見慣れた造形の怪物に老武神を作

り変えたのだった。

 黒光りする結晶に包まれた体表面のあちこちに浮き出

た平面的な瞳。頭部を覆う結晶の内に走る電子回路を思

わせる模様。緩やかな曲線や幾何学紋様の様な体表面の

模様・・・。

 ファイオは先刻ルフォイグが言っていた言葉を思い出

した。

「・・・あれも、邪神なのォ・・・?」

 呟きつつ、ファイオは今更の様に、この場に留まり続

ける事の危険性を本能的に直感した。

 レウ・ファーですら未だ成し得ていない、生身の神を

直接邪神へと変化させる技術を持っている事からも、あ

のルフォイグと名乗る魔神はただ者ではないと、ファイ

オは感じ取っていた。

 とにかく一刻も早く逃げ去ろうと、吐き気と悪寒に苛

まれながらも、ファイオは精神力を振り絞って自分の邪

神達へ命令を与えようと片手を上げた。

「・・ふむ、幻神か。」

 唐突に、ルフォイグが体の向きを変えてファイオと邪

神を見た。

 ファイオ達の存在は既にルフォイグに知れていた様だ

ったが、ルフォイグは幻神風情を全く気に掛ける様子も

無かった。

 再びルフォイグは、ファイオに構わず自分の造った黒

い邪神へと顔を向けた。

「・・おや。」

 のんびりとしたルフォイグの声が、ファイオの耳に届

いた。

「・・・っ!」

 その次の瞬間、老武神だった黒い邪神は頭を振り乱し

・・でたらめに辺りを飛び跳ね、手当たり次第に林の木

々や岩を粉砕し始めた。

「錯乱を鎮静する処置がまだあるというのに。」

 ルフォイグは全く慌てた様子も無く、のんびりと呟い

た。

 そうする内にも、黒い邪神はファイオの姿を認め、片

手を鎌状に変化させて襲いかかって来た。

 黒い邪神を止める風も無く、ルフォイグは呑気に襲撃

の様子を眺めていた。

 邪神に襲われる幻神風情など、ルフォイグは全く気に

もかけてはいなかったのだった。

「・・・っ!」

 吐き気と悪寒、そして突然の邪神の襲撃に、ファイオ

は咄嗟には声を出す事も出来ずに立ち尽くしていた。

 ファイオの命令も無かったので、すぐ近くに居るレウ

・ファーの邪神達はただ、人形の様に立ち尽くしている

だけだった。

「・・!!」

 そこに突然、緩やかな流線型の影が割って入り、黒い

邪神を撥ね飛ばした。

挿絵(By みてみん)

 黒い邪神は姿勢を崩して仰向けに倒れたが、突然の邪

魔にも混乱した様子は無かった。

 すかさず立ち上がると黒い邪神は再び地面を蹴り、両

腕を鋭い鎌状に変化させてファイオへと飛び掛かって来

た。

「ファイオ!逃げるぞ!」

 ファイオのすぐ横でゼズの声が聞こえ、振り向く間も

無くファイオは自分の連れて来た邪神に抱き抱えられて

いた。

 黒い邪神へと果敢に体当たりを続けているのは、ゼズ

の幻獣シウ・トルエンだった。

「・・下がれ!」

 黒い邪神の鎌に切り裂かれる前に、ゼズは幻獣を下が

らせ、額の瞳を見開いた。

 思考実体化術で鎖を生み出すと、瞬時に黒い邪神へと

絡み付かせた。

 黒い邪神は忽然と出現した鎖に対処出来ないまま、呆

気無く地面へと縛りつけられてしまった。

 その隙にゼズはシウ・トルエンに跨がり、三体の邪神

達へと飛び立つ様に命令した。

 レウ・ファーによって幻神の命令を聞く様になってい

る為、今迄人形の様に立っているだけだった邪神達も、

ゼズの命令が下るや否や、うって変わって素早い身のこ

なしで動き始めた。

 呆然とするファイオを一体の邪神が抱き抱え、ゼズの

後を追って飛翔した。

 飛び去るゼズ達を逃がすまいと、黒い邪神は鎖に絡め

取られたまま力任せに立ち上がり、胸元の眼球を見開い

て熱線を空中の邪神達へと発射した。

「!」

 ファイオを抱えていない残りの邪神の一体が、空中と

も思えない敏捷な動きでゼズ達を庇い、片手の一振りで

黒い邪神の熱線を弾き返したのだった。

 すかさずその後に、別のもう一体が地上の黒い邪神に

向けて両掌から幾つかの光球を生み出して叩きつけた。

 光球は鎖によって動きの鈍っている黒い邪神や、呑気

に浮遊しているルフォイグを直撃し、爆炎と土煙が噴き

上がっていった。

 その間にゼズ達は、上空で心配そうに邪神一体と共に

待機していたパラと合流した。

「とにかく、ここを離れるぞ!」

 ゼズはシウ・トルエンを異空間に返し、パラの乗って

いた幻獣も同じ様に返させると、邪神達に自分達を抱え

て飛行する様に命令した。

 邪神達はそれぞれ幻神達を抱えると、幻獣とは比べも

のにならない速度で飛び立ち、みるみる危険な林から遠

ざかっていった。

             ◆

 邪神の光球程度には傷一つ付く事も無く、ルフォイグ

はまだ残る土煙の中から姿を現し、ゆらゆらと黒い邪神

の前に舞い降りた。

 ゼズの鎖と邪神の光球によるダメージで幾分動きの鈍

っている黒い邪神の頭部へと、ルフォイグは細い手をめ

り込ませた。

 直ちに黒い邪神は動きを止め、次の命令を待って棒立

ちになった。

 その体に絡みついていた鎖は、作り出したゼズが遠い

場所に去ってしまった為に、次第に形が薄くなり、少し

の間を置いて消滅してしまった。

「・・あれがレウ・ファーの邪神と、下働きの幻神か。

ワシの邪神を押さえ込むとは、仲々面白い事をするもの

よ・・・。」

             ◆

「・・・アリガト・・・。助かったワ・・・。」

 邪神に抱き抱えられたまま、ファイオは眉を寄せて嫌

そうにゼズへと礼を言った。

 既にあの林を随分と離れ、ルフォイグも黒い邪神も追

って来る様な様子は無かった。

「・・・このままザヘル神殿へと向かおう。」

「そうね・・・。」

 飛行を続ける邪神にしがみつく様にして、ゼズの言葉

にパラは頷いた。

「ちょっとォ、何でアンタが仕切るのヨ!集束点の占拠

はアタシが・・・。」

 口を尖らせてファイオは異議を挟んだが、ゼズは何処

か冷たい目を向けて答えた。

「別に、仕切るつもりは無いさ。ザヘル神殿へ侵入した

ら後は別行動だ。私とパラは単なる情報収集の為に来た

のだからな・・・。」

 レウ・ファーの姿を思い出しながら、ゼズもまた嫌そ

うに眉を寄せた。

「・・でも、どうやって神殿の中に入るの?」

 ゼズとファイオの反目し合う様子を、何か奇妙なもの

でも見る様な眼差しで眺めつつ、パラはゼズへと問い掛

けた。

 この二神の様子が、「嫌悪」とか「反発」とかいうも

のなのかと、パラはゼズ達の様子からそれらを学習した

のだった。

「それは心配無い。レウ・ファーの調べたデータでは、

神殿周囲の水の干上がった外堀に、内部へと続く排水口

があるそうだ。そこから侵入する。」

 ゼズが答える間にも、四体の邪神達はソエリテの町の

上空を横切り、ザヘル神殿へと近付きつつあった。

            ◆

 きっかり一時間後。バギル達は排水口内部の探索の準

備を済ませると、再び元の場所へとやって来た。

「・・忘れ物は無いな?」

 ティラルは飛翔板を折り畳みながらバギルとレックス

に尋ねた。

「当たり前だろ。急ごうぜ!」

 レックスは小さなポーチを腰に巻き直すと、折り畳ん

だ飛翔板を片手に真っ先に排水口の中へと飛び込んで行

った。

「おいおい、待ってくれよ!」

 バギルは先を急ぐレックスに不満気に口を尖らせた。

 神殿内部の地図にペンライト、ちょっとした携帯食に

水・・荷物は殆どバギルの小さなリュックに詰め込まれ

ており、体のいい荷物係と化していた。

 小さく折り畳まれた飛翔板を片手に、三神が排水口の

中に入って暫く歩くと、出口からの光は次第に弱まって

いき、暗闇が濃くなり始めた。

「おい、照明!」

 足下や目の前が見えなくなるのも構わずレックスは歩

き続け、後ろを歩くバギルに呼び掛けた。

「へいへい。」

 いつの間にかレックスの物言いに慣れたバギルは、溜

息をつきながら返事をし、リュックの中から小型のペン

ライトを三本取り出した。

 バギルからライトを受け取り、レックスがスイッチを

入れると、瞬時に辺りは陽光が満ちたかの様に明るい光

に照らし出された。

「ずっと一本道の様だな。」

 レックスが前方を照らすと、延々と続く排水路が目の

前に浮かび上がった。

 排水路の壁面は薄茶色の立方体の石材を組み上げて出

来ており、長い年月を経ても石材同士の間には僅かの隙

間も見られなかった。

 水が流れていた頃に付いた汚れやカビの跡が幾らか残

っているその壁は、ただひたすら真っ直ぐに奥へと続い

ていた。

 その道のりの長さを思い、レックスの後ろでティラル

は少し溜息をついた。

「・・基本的な造りは単純なんだ。神殿地下の貯水槽か

ら外堀へ、何本かの水路が放射状に伸びてる。」

 歩きながら神殿構造図のコピーを広げ、バギルはティ

ラルに説明した。

「まだ随分歩く様だな・・・。」

 注意深くバギルの持つ地図と行く手を見比べるのはテ

ィラルだけで、レックスはひとり先頭を切って足早に歩

いていた。

「・・・歩くのはいいんだけどよ。何か、空気が濁って

ねぇか?」

 ふとレックスは立ち止まり、鼻に手を当ててペンライ

トの明かりも届かない排水路の果てを見た。

 レックスが言い終わらない内にも、何かの腐敗臭や刺

激臭などが、風一つ無い排水路の内に濃く淀んでバギル

やティラルの鼻を刺激した。

「・・・何か臭いよな、確かに。」

 バギルは微かな吐き気を押し殺しながら呟いた。

「臭い筈だ・・・。」

 バギルの横でティラルは溜息をつき、自分達から暫く

離れた排水路の壁際を指差した。

「・・おぉう!?」

 ティラルの示す方向に自分のペンライトを向けたバギ

ルは、思わず頓狂な声を上げてしまった。

 照らし出された場所には、何かの生き物らしい腐りか

けた死体や、肉片らしい物が幾つか落ちていた。

 よくよく見ると、ソエリテの町で暴れていた怪物の様

な形を留めているものもあった。

 昨夜バギル達を襲撃してきたアローザではない様だっ

たが、やはり死体の頭部には金髪らしいものが生えてい

た。

「うっわ・・・気持ち悪ィ・・・。俺、こんな暗い所で

化け物見るのってイヤなんだよ・・・。」

 身を縮めて体を震わせるバギルに、レックスは呆れ返

った様な言葉を放った。

「何だよ!冥界で修行している割にゃ、全くだらしねぇ

な!」

 レックスは更に、げらげらと馬鹿にした様な笑いを付

け足した。

 そんな態度に、バギルも流石にむっとしてレックスを

睨み付けた。

「冥界っても、俺の居た場所は冥王の神殿とその庭先ぐ

らいだぜ!それ以外は立入禁止だったんだ。地上の世界

に居るのと大して違わなかったんだよ!」

 勿論、神殿の庭先といっても冥界を統べる神の事、神

国神殿と同規模の森林が広がっていた。

 そこで何日もバギルは魔獣相手に戦わされた事もあっ

た。

 しかし、特例で冥界入りを許したとは言え、冥王ヴァ

ンザキロルは地上のまだ命ある身の上のバギルに冥界全

土を歩き回る事迄は許しはしなかった。

 バギルの修行の場所や行動範囲は厳しく制限され、一

度でも約束を違えれば即、死者の仲間入りという運命が

待っていたのだった。

「・・・それはともかく、この先にも随分死体がある様

だな・・・。」

 ティラルは恐れ気も無く壁際迄歩み寄り、壁に沿って

先の方をペンライトで照らした。

 何体もの怪物の死体や肉片が所々に小山を作り、それ

が延々と続いている様だった。

「レックス!」

 ティラルは再び歩き出そうとしたが、不意に厳しい声

を上げて前方の死体の小山を照らした。

「ああ、判ってる!」

 レックスは威勢よくティラルの声に応じ、身構えた。

 ティラルの持つペンライトの明かりの中で、少し前方

でうずくまっていた何体かの死体は、突然痙攣の様な動

きを見せ・・起き上がり始めた。

 例の半妖半女の、恐らくはアローザの出来損ないの怪

物達は、何処か愚鈍な動きで立ち上がると、明かりを目

指すかの様に、ティラルの方へと近付いて来た。

「こいつら死んでなかったのかよ!!」

 バギルは気味悪そうに怪物達を見、思わず後退した。

「多分、排水口の出口に来る途中で力尽きて休眠状態に

なっていたもの達だろう・・・。」

 のろのろと迫り来る怪物達を睨みながら、ティラルは

いちいち生真面目に答えを返した。

 怪物達の動きは鈍く、緩慢だった。

 その中の二、三体が不意に立ち上がると、レックスめ

がけて赤黒い肉管を振り立てて火炎弾を放って来た。

「へっ!この程度の連中なんざ、全くちょろいぜ!」

 炎熱剣を抜く迄もないと、レックスは素手で怪物達の

火炎弾を叩き伏せていった。

 実際レックスの言葉通り、町で暴れていた怪物と比べ

て、この場所で力尽きていた怪物達の火炎弾の威力は余

りにも弱かった。

「消え失せろッ!」

 一気にかたをつけようと、レックスは片手を大きく突

き出した。

「・・レックス!おい、待・・・。」

 ティラルの制止も間に合わず、レックスの片手の一閃

で灼熱の火炎の塊が、排水口を緩慢に這い回る怪物達の

間を駆け抜けた。

「うわっ、熱っ・・・。レックス!馬鹿野郎ッ!」

 怪物達の放った火炎弾とは比べるべくも無い威力を持

った火炎の渦が、忽ち排水口の内に充満した。

 逃げる事も出来ずに怪物達や、その死体や肉片もろと

も跡形も無く焼き尽くされていった。

 火傷をしない身とはいえ、バギルはレックスの容赦無

い火炎に思わず身を引いた。熱を感じる知覚は普段は他

の神や人間と大差無いからだった。

「全く無茶な事を!急いで奥へ行くんだ!」

 火炎に耐性の無い風神のティラルは、無駄と知りつつ

レックスへと怒鳴った。

 急いで飛翔板を広げると、ティラルは排水口の奥へと

向けて飛び立った。

「おいおい慌てるなって。」

 自らの放った炎に包まれながらも、レックスは呑気な

様子でティラルの飛び立つ姿を見た。

「慌てろよ!こんな狭い場所で大火災起こしやがって!

空気の循環が殆ど無いから、幾ら俺達が耐熱仕様でも窒

息するぞ!」

 レックスの後頭部に広げた飛翔板で一撃を加えると、

バギルもさっさとティラルの後を追って飛び立ったのだ

った。

 酸素の消耗もさる事ながら、怪物達が燃える事でその

体内の物質から何かの毒素を生じた様だった。

 僅かの時間の内に、排水口内に吐き気を催す様な悪臭

が濃く立ち込め始めていた。

「くそ!バギル!待ちやがれ!」

 既に排水口の奥の暗闇の中に消えつつあるティラルと

バギルの姿を睨みつけ、レックスもまた飛翔板に飛び乗

ると、凄まじい速度で追い上げたのだった。

             ◆

 神殿の地下にあるザヘルのもう一つの実験室に、ルフ

ォイグは残り四体分の邪神を卵化させて運んで来た。

 前の実験室は邪神のアローザが焼き払ったせいで使い

物にならなくなっていた。

「・・これで六体の邪神が揃ったな。」

 ベナトは灰色のフード越しに満足気に頷いた。

「レックス達を邪神に使えず、本当に残念でなりません

・・・。」

 ザヘルはベナトの後ろでアローザと共に立ち、恨みが

ましい視線を、黒い結晶塊と化した四体の邪神へと注い

でいた。

 本当ならば、この邪神の内の三体はレックス、ティラ

ル、バギルから作られる筈だった・・・。

「そう言うな。邪神の質には全く問題無い。早速準備に

取りかかろう。」

 ザヘルの悔しさなど既に眼中にも無い様子で、ベナト

はルフォイグに別の部屋に邪神を設置する様に命令を下

した。

 ルフォイグが出掛けている間に、神殿地下の大広間に

はベナトの手によって様々な器具や装置が運び込まれ、

すぐにでも使える様に準備されていた。

「さあ行くぞ。「世界を生み出し、形作る力」を手に入

れる為に・・・。」

 ベナトは振り返ると、未だ悔し気に顔を歪めるザヘル

を促した。

 ベナトの言葉に、ザヘルは気持ちを切り換え、歩き始

めた。完璧なアローザが、もうすぐ自分の手で生み出す

事が出来る・・・。

 その喜びに知らず体を震わせながら、ザヘルは地下の

大広間へと足を急がせた。

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