第484話 帰国の途
戴冠式の翌朝。
朝食後、俺たちは宿屋の支配人さんたちの見送りの中、迎えに来た馬車に乗り込んだ。
馬車の行き先は最初に着陸した広場だ。道すがら、昨日の戴冠式の後のお祭り騒ぎの名残を片付ける人が何人も出てる。そのおかげで通りはいたって清潔だった。通りが汚れていないのは今の帝国と帝都民に余裕がある証拠だ。
広場に到着後、俺たちは見送りの人たちに簡単に挨拶して、収納から排出した『スカイ・レイ』に乗り込んだ。
『スカイ・レイ』の中は収納した時と同じ室温のままなので、外気と比べかなり暖かい。リリアナ殿下以下四名が席に着いたところで、来た時同様みんなの上着を預かった。
「『スカイ・レイ』発進!」
「『スカイ・レイ』発進します」
俺たちは一週間弱のパルゴール訪問を終えて、帝都ハムネアを後にした。
「アッという間のパルゴール旅行でしたね」
とリリアナ殿下。
戴冠式出席はちゃんとした公務だったのだが、殿下は旅行気分で過ごせたようで何よりだ。
物心がついて以来、旅行など一度もしたことがないというリリアナ殿下にとって、襲撃騒ぎもあったが、殿下が危険を感じるような場面もなかったし、今回の戴冠式参列はいい旅行経験となっただろう。
これからも、機会があればお誘いするくらいはしてもいいかもしれない。だが、殿下は次期国王陛下でもあるわけで、気軽にお誘いするのもそれはそれで畏れ多いか。
今回の訪問中、トカゲ狩りに『スカイ・レイ』を使った関係で、いつもより早く魔石の交換をしなくてはならない。そのため、適当なところで着陸して昼食をとり、そこで魔石交換をしてしまう予定でいる。
「せっかく、ここまで来たのですから、どこか寄り道したいところです」
「今日の夜にはセントラルに到着しないと、王宮が心配しますから、寄り道は控えましょう。この『スカイ・レイ』も帰ったらすぐに改修してもう少し高速になりますから、そのうちまた旅行に行きましょう」
「わかりました。今回は我慢しますが、約束ですからね」
「行きたいところを考えていてください。王宮の許可さえ下りればこの『スカイ・レイ』で行ける所ならどこでもお連れします」
「うれしい」
殿下の輝く笑顔が眩しい。これほど喜んいただけるのなら、お安い御用だ。
どこか大きな街に行くのなら、それなりの宿屋があるだろうが、自然に接したいとかの要望で、泊まり込みの旅行となるとなにがしかの設備が必要となる。テントを張ってキャンプというのもそれなりに楽しいものだが、相手は殿下だ。そうそう気安く妙な場所にお泊めできない。
いっそのこと、収納で出し入れしてもガタが来ないようなしっかりした土台の上に家を建ててやるか。土台ごと収納して、土台ごと地面に出すようにすれば、家の中で寝泊まりできるし、風呂にも入ることもできる。もちろん食事もちゃんと作ることもできる。
これは、なかなかおもしろそうだ。土台は鋼材か何かを組み合わせて、十分強度を持たせておけばいい。砕石を水平に敷いた上に、土台ごと家を排出すれば数日程度では家も傾かないだろう。夢は膨らむな。
持ち運び住居。
どんな攻撃にも耐え、外敵の侵入を完全にシャットアウトする要塞だ。将来アスカと二人、世界を巡るときにも役立ちそうだ。
バカな空想を膨らませて自分の頭の中だけで盛り上がってしまった。
「アスカ、そろそろ昼だろうから、魔石の交換と昼食を兼ねて適当なところに着陸しよう」
食事については、季節柄、艇内でとっても良かったが、天気もかなり良いので、様子を見て艇外でとるのもいい。
「了解」
時間的にも砂漠の途切れるころなので、できれば草原辺りに着陸したい。
副操縦士席から、キャノピー越しに上空を流れる薄雲を眺めていたら、それまで直進していた『スカイ・レイ』が緩く旋回し始めた。どこか着陸に適した場所をアスカが見つけたのだろう。
それから、十分ほどして『スカイ・レイ』が着陸したのは、それほど大きくない湖のほとりだった。着陸した場所はそんなに広い場所ではなかったので、『スカイ・レイ』のしっぽが半分泉の上にはみ出している。タラップは泉の岸辺の砂の上に降ろした形になった。
日差しも良いしこれなら艇外で食事できそうだ。
リリアナ殿下たちに上着を渡し、艇外に出てみたところ、岸辺の砂地が途切れた先は芝生のような短い草が冬枯れして茶色になっていた。布でも敷いて、その上で食事するのも気持ちよさそうだ。
やや肌寒くはあるが、温かい食事がその分美味しくなるだろう。
大き目の布を敷いたところで、アスカも作業を終えたようで、『スカイ・レイ』から出てきた。
「地面の上で食事をしましょう。こうして座ってみると気持ちいいですよ」
広げた布の上に一応靴は脱いで俺が最初に座って見せた。
俺と同じように靴を脱いだアスカが俺の左横に座ったので、リリアナ殿下もすぐ靴を脱いで俺の右横に座り、残りの侍女の人三人はおずおずと靴を脱いで俺たちの向かいに座った。
俺たちの左手が湖で侍女さんたちの右手が湖になった形だ。湖を横に見ながら食事するのは悪くない。湖の向こう岸は、水面まで木が張り出して茂っている。葉っぱは濃い緑をしているので常緑樹なのだろう。
収納の中に入っていたトレイの上に、温かいポタージュスープを載せてスプーンとナイフとフォークと一緒にみんなに配り、次にホットサンドを皿に載せて配っていった。お茶の用意は俺ではうまくできないので、そこはアスカに淹れてもらった。
相変わらず侍女の三人は恐縮しているが、どうせ侍女の人たちもどこかの貴族の子女なのだろうし、俺にとってはお客さまなので気にしないでいただきたい。
「私は、今まで野外で食事したことは何度もありますが、こういった形で地面の上で靴を脱いで食事をするのは初めてです。今回の戴冠式出席のためのショウタさんたちと旅をしましたが、私にとって初めてが沢山でした」
長らく寝たきりに近い生活をしていた殿下にとってこれも初めての経験のようだ。これから、いろいろ初めてを経験してこれまでの埋め合わせをしていただければ、俺としても嬉しい。
食後の温かいお茶を飲んでいたら、湖の向こうの方からこちら岸に向かって何かが向かってくる。
「アスカ、敵性のものではないようだが、何だろうな?」
「あれはヘビですね。季節柄冬眠していてもおかしくない時期ですが、冬眠しそびれたのでしょうか」
確かに先端から後ろに向かってウネウネうねりながら泳いでいるように見える。俺はああいった長いものは嫌いなのだが、敵意のないものをむやみに殺すわけにもいかない。
「毒ヘビかな?」
「頭の形状が、毒ヘビの特徴であるアゴが発達して三角形になってはいないようなので、毒ヘビではないと思います」
「それじゃあ、危険はないんだな」
「襲ってくるようなら対処しますが、問題ないでしょう」
そこで、いままで一緒に湖を見ていたリリアナ殿下が興味深そうに、
「あれがヘビなんですか?」
「放っておいてもいいですが、どんなものか試しに捕まえてみますか? もし毒ヘビでも私なら平気ですから」
「私はヘビも初めてなので、できれば捕まえていただいて近くでよく見たいです」
うわっ。
俺と違ってヘビに対する忌避感などは殿下にはないらしい。基本的に毒ヘビ以外のヘビはおとなしい性格だそうだし、危険はないようだが、近くで見たいものではない。
顔に出すわけにもいかないので、表情は変えず、
「アスカ、ウマク捕マエラレルカ?」
平坦な口調になったのは仕方ない。本音は、ここで『無理かもしれません』を期待していたが、アスカにこの程度のことで無理があろうはずもなく、帰ってきた言葉は、
「任せてください」
だった。




