第377話 さーて、何しよ?
ハムネアからの帰路、予定通り一度魔石を取り換えただけで、何事もなく屋敷に帰り着いた。時刻は午後9時。めまぐるしい一連のパルゴール騒動だったが、これで落ち着いてもらいたい。
俺たちが留守をしていた間、屋敷の警備を頼んでいたペラが、留守中異常はなかったと報告してくれた。礼を言ったところ、これからすぐに学校に帰ると言い出した。
明日の朝でもいいと思うが、自分の居場所があることは結構なことなので、ペラに向かって、あまり意味はないかもしれないが「気をつけて帰れよ」と言っておいた。
もちろんペラはあのマフラーを颯爽となびかせて夜の王都の通りを駆けて行った。
夜も遅くなったが、ここ数日風呂に入っていなかったので、風呂に入ってから寝ることにした。誰もいない男風呂の湯舟につかっていると、アスカも隣の誰もいない女風呂に入ったようなので、
「アスカ、今回もご苦労さま、ありがとう」
『マスターは私に命じればいいだけです。私に感謝する必要などありません。ですが、マスターの心遣いは嬉しいです』
アスカが口に出して嬉しいとは、珍しい。
「さーて、一連の騒動も終わったことだし、明日から何をしようか?」
『みんなも期待していましたからそろそろ、海へ行くのはどうでしょう?』
「そうだったな。明日は準備して、明後日かその次の日にでも海に行って見るか。それで、どのあたりの海がいいかな?」
『以前、北の砦に物資を届けた時、東の山並みを越えたのを覚えていますか?』
「そんなこともあったな。山を越えた先は、海が見えて、下は砂浜もあったはずだ。あの辺りに行って見るか?」
『今回は、人数もいますので『スカイ・レイ』では一度には移動できません。セントラル港から海岸沿いに『シャーリン』で北上していけばあのあたりまで北上しなくても砂浜があるでしょうから、手前でよさそうな砂浜を見つけましょう』
「そうだな。そう言えば、エメルダさんも海に行こうと誘っていたから連絡しないとな。あした、エメルダさんのいる銀馬車にサージェントさんに使いに行ってもらおう。エメルダさんとパトリシアさんの二人だな。明後日だと急だから来れないかもしれないが、誘ったということが大事だからな」
そのあと肩まで湯につかって、小学生になったつもりで100まで数えて湯舟から立ちあがったら、クラッと平衡感覚に異常を感じてしまった。俺も疲れが溜まってたんだなと思っていたら、女風呂のアスカが、
『地震とは珍しいですね』
「今のは地震だったのか? 立ち眩みかと思った」
『あまり大きな地震ではありませんでしたが、この大陸では地震はかなり珍しいことだと思います』
「ふーん、どこかで被害でも起こってなければいいな」
『そうですね』
日本で揉まれてきた俺からすればなんてことない揺れでも、地震の経験がほとんどないものからすれば小さな揺れでも恐怖を感じるかも知れないしな。
風呂から上がっても、うちの連中で地震を気にしているものなど誰もいなかったので、大したことではなかったのだろう。
そういったことで、翌日は海水浴兼バーベキュー大会用の食材や飲み物の買い出しをすることになった。
海でバーベキューとなるとやはりメインは魚介類。魚系統はかなりストックはあるが、貝系統、甲殻類系統が何もないので、ランニングと朝食はパスして朝早くからアスカと連れだって港の近くの市場に買い出しに繰り出した。
『シャーリン』は造船建屋の三和土の上に並べた船架の上に出して固定し、中の掃除を改めてしてくれるよう家の者に頼んで屋敷を出ている。
しばらく買い物をして、朝早くから開いていた食堂に入ったところ、店の中は市場の買い物客らしい男女で結構混んでいたが待たずに二人席に着くことができた。
二人で朝食を食べながら、
「マスター、海に行くなら、折角ですので、水着を作ってみましょうか?」
「水着? 俺はどうせ泳げないから必要ないぞ」
「いえ、明日連れて行くみんなに着せる水着です。もちろんついでですからマスターの水着も作ります」
「だけど、ほとんどだれも泳げないんだろ? 水着なんていらないんじゃないか?」
「海を見れば、水の中に入ってみたいという気になるかもしれませんから、用意だけでもしておけば無難でしょう」
「そうだな。俺みたいにトラウマがなければ泳いでみたいと思うかもしれないしな。いちおう用意があってもいいかもな。それで、水着をアスカが作るのか?」
「布地を適当に切って縫い合わせればいいだけなので、簡単だと思います」
「そうかあ? そんなに簡単にできるものなのかな」
「先日、シャーリーとラッティーの衣装を買った店でいろいろ確認しましたので、問題なく作れると思います。水着に限らず、マスターがしげしげ、じろじろ見ていた下着なども簡単に作れると思います」
バレてました。ここは、華麗にスルーするしかないな。
「ふーん。そんなら、もう少ししたら、布地でも買いに行くか?」
「そうしましょう」
余り早く店に向かっても開いてない可能性があるので、しばらくゆっくりしていた。よく考えたら、生地を売っている店はアスカが知っている店なんだろうから開店時間くらいアスカが知っているはずなので、俺が気にかけることでもなかった。
「そろそろ、店に向かいましょう。今から歩いていけばちょうど開店時間になります」
やっぱりね。
アスカと二人並んで、中心部の方に歩いていく。駆けているわけではないが、やはり俺とアスカ二人だけなのでそれなりに速足だ。
「みんなの水着をアスカが作るのに、大きさなんかは確認しなくてもいいものなのか?」
「サイズは浴室で女性全員確認済みですから改めて採寸する必要はありません」
「なるほど」
「ちなみに、シャーリーとラッティーは、」
「別に詳しく聞かなくても、想像できる。同じだと言いたいんだろ?」
「胸囲はもちろんシャーリーの方が上ですが、アンダーとトップの差が重要です」
「アンダーとトップ?」
「アンダーとトップ。簡単に言えば、最大胸囲と最小胸囲の差です」
「ふーん。それで?」
「じつは、ラッティーの方が、」
「わかった。もう言わなくていい。王都でも新鮮な牛乳は手に入りにくいから今度牧場を見つけたら牛乳をたくさん買っておこう」
「牛乳にそんな効果があるんでしょうか?」
「分からないけれど、何かしら効果があるんじゃないか? 気は心だし」
気は心で何とかなれば世の中はずいぶん平和になると思うけどな。
そんな話をしているうちに、生地や裁縫道具を売っている店に到着した。
俺も少し興味があったし、女物専門という訳ではないのでアスカについて店に入り中を見て回る。
「マスター、どういったものをみんなに着せたいですか?」
「どういった水着と言われても、泳ぎやすければいいんじゃないか?」
「泳ぎやすいとなると、やはりマスターの世界での競泳用の水着ですか?」
「うーん。俺も競泳用の水着なんか着たことがないけれど、きっとそうなんじゃないか?」
「だとすると、生地的には、ツルツル、ウスウスってところでしょう。少し探してみます」
確かにアスカのいうように競泳水着はツルツル、ウスウスがいいと思うが、その言葉にはどうも危険な響きがある。
それよりも、この世界にそんな都合のいい生地などなさそうな気がする。
俺もそこらをフラフラとしながら店の中を回っていたら、一通り見て回ってきたらしいアスカが、手に生地のようなものを何枚か持ってやってきた。
「マスター、さすがに布でこれといった物はありませんでしたが、水棲モンスターの皮でよいものがありました。これを何枚か買ってみましょう」
アスカが手に持った水棲モンスターというのはブルー・シャークというサメに似たモンスターだそうだ。その皮というのは、一枚の三分の二が紺色で後の三分の一が白色。おそらく背中側と、腹側で色が違うのだろう。確かに見た目は、テカテカした感じ。持った感じはかなり軽くそして薄い。皮そのものは丈夫だそうだし、水棲モンスターの皮だから水に濡れても大丈夫なのは間違いない。
少し値が張るようだったので俺の方で支払いは済ませておいた。この皮用の糸もちゃんとあるようで、そのほか数種類の布と一緒に購入した。針はアスカが自分で作ると言っていたので買ってはいない。
「アスカこんなもので大丈夫か?」
「大丈夫と思います」
その後は、用品屋にまわって、バスタオルをかなりの数購入しておいた。バスタオルと言ってもただの大き目のタオルだし、吸水性が高いわけではないが、役には立つだろう。
最後に家具屋に行って、ハムネアに置いてきた応接室用の長机の代わりと砂浜で包丁を使うはずなので、その作業台も見つけて買って来た。調理道具は『シャーリン』の物を使えばいいだろう。




