【揺らぎ】
夜。
城は、静まり返っていた。
風の音だけが、廊下を抜けていく。
その中に――
わずかな違和感。
凛の目が、細くなる。
(……いる)
音はない。
気配も、ほとんどない。
だが。
確かに“そこ”に存在していた。
侵入者。
凛は、音もなく立ち上がる。
一歩。
また一歩。
距離を詰める。
――その瞬間。
「うわっ」
間の抜けた声が、部屋の中から響いた。
――どんっ
何かが倒れる音。
侵入者の動きが、わずかに止まる。
その一瞬。
凛は、すでに間合いに入っていた。
「……そこまでです」
低く、抑えた声。
影が、揺れる。
だが。
その位置が、わずかにズレた。
本来なら、そこにいるはずだった。
(……外した?)
凛の瞳が、わずかに揺れる。
その一瞬で。
影は、音もなく消えた。
沈黙。
凛は、しばらくその場に立ち尽くす。
(今のは……)
理解できない。
いや――
理解したくない。
ゆっくりと、部屋の方を見る。
「……何があったのですか」
襖越しに問う。
「なんか、つまずきました」
間の抜けた声。
凛は、目を閉じる。
(この方は……)
やはり、言葉にならなかった。
---
翌日。
城内の空気は、わずかに変わっていた。
目に見える変化ではない。
だが。
確実に、何かが動いている。
「客人が来ております」
そう告げられたのは、昼過ぎだった。
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広間。
静まり返った空間。
そこに、一人の男が座していた。
異国の気配を纏った装い。
だが、言葉は流暢だった。
「細川忠興殿」
深く、頭を下げる。
「九州より参りました使者にございます」
忠興は、無言で見下ろす。
「用件は」
短い問い。
男は、顔を上げた。
「単刀直入に申し上げます」
一拍、置く。
「その南蛮の女――」
空気が、変わる。
「我らに、お引き渡しいただきたい」
沈黙。
場の温度が、下がる。
ガラシャの指が、わずかに動く。
凛の視線が、鋭くなる。
そして。
「断る」
忠興の声は、低く、短かった。
迷いはない。
一切の揺らぎもない。
使者の表情が、わずかに変わる。
「……理由を、お伺いしても」
「必要ない」
その一言で、全てを切り捨てた。
沈黙が落ちる。
やがて。
使者は、ゆっくりと立ち上がった。
「左様でございますか」
その声は、穏やかだった。
だが。
「後悔なされませぬよう」
その一言だけが、鋭く残った。
足音が、遠ざかっていく。
重い空気だけが残された。
---
その中で。
「えっと……」
場違いな声が、響いた。
全員の視線が、集まる。
リリエルだった。
「私、何かしました?」
沈黙。
誰も、答えない。
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凛は、静かにその様子を見ていた。
(……始まる)
何かが。
確実に、動き出している。
その中心にいるのは――
あの少女。
(この方は……)
やはり、言葉にはならない。
だが。
もう、目を逸らすことはなかった。
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その頃。
城の外。
「……断られたか」
低い声。
使者は、静かに頷いた。
「はい」
「ならば、やむを得ぬ」
その言葉は、静かだった。
だが。
その裏にあるものは、明らかだった。
「準備を進めよ」
風が、吹く。
戦の気配が。
確かに、そこにあった。




