【静かな時間】
城の中は、思っていた以上に静かだった。
広い廊下。磨かれた床。
すれ違う者たちは、皆どこか緊張した面持ちで歩いている。
リリエルは、きょろきょろと辺りを見回した。
「広いですね」
その一言に、案内していた侍女がわずかに目を丸くする。
だが、何も言わない。
ただ、視線だけが一瞬だけ向けられた。
(……やはり、普通ではない)
そんな空気だけが、静かに流れる。
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やがて、一室へと通される。
「こちらでお休みください」
用意された部屋は、質素でありながらも整えられていた。
リリエルは、軽く息をつく。
見知らぬ場所。
それでも、どこか不思議な感覚があった。
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そのとき。
すっと、気配が現れた。
まるで最初からそこにいたかのように。
一人の少女が、静かに立っている。
黒髪。無表情。細い体。
「凛と申します」
淡々とした声だった。
リリエルは、思わず一歩引く。
「……えっ、いつからいました?」
凛は答えない。
ただ、そこにいる。
「本日より、お世話をさせていただきます」
その言葉にも、感情はほとんど乗っていなかった。
リリエルは、少しだけ困ったように笑う。
「……よろしくお願いします」
凛は、わずかに頭を下げた。
その動きすら、無駄がなかった。
(……気配が、読めない)
内心で、凛は静かに観察していた。
目の前の少女を。
(普通の人間ではない)
そう感じる。
だが、その理由が分からない。
違和感だけが、残る。
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その頃。
別室にて。
「一人、付けさせました」
忠興は、短く告げる。
ガラシャは、少しだけ困ったように微笑んだ。
「そこまでなさらなくても……」
「必要だ」
言葉は、それだけだった。
だが、その中には。
警戒と、守る意思が混ざっていた。
ガラシャは、静かに目を伏せる。
「……分かりました」
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やがて、夕刻。
食事が運ばれてくる。
並べられた料理に、リリエルの目が輝いた。
「……すごい」
思わず、声が漏れる。
「これ、全部食べていいんですか?」
部屋にいた侍女が、一瞬だけ固まる。
凛は、静かにリリエルを見る。
(……遠慮がない)
だが、不快ではない。
むしろ――
どこか自然だった。
「ええ、どうぞ」
ガラシャが、柔らかく答える。
リリエルは、ぱっと笑った。
「ありがとうございます!」
その笑顔は、あまりにも無邪気だった。
ガラシャは、思わず目を細める。
(……不思議な方)
改めて、そう思う。
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食事の最中。
リリエルは、ふと呟いた。
「優しいですね」
ガラシャは、少しだけ首を傾げる。
「何が、でしょうか」
「だって、知らない人なのに」
「こうして助けてくれて」
真っ直ぐな言葉だった。
ガラシャは、静かに答える。
「困っている方を見過ごすことはできません」
「それだけです」
迷いのない声。
その在り方は、変わらない。
リリエルは、少しだけ嬉しそうに笑った。
「……いい人ですね」
その言葉に。
ガラシャは、わずかに言葉を失った。
そして。
ほんの少しだけ、笑った。
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ガラシャは、リリエルを見る。
その瞳の奥で、何かを確かめるように。
(……見える)
わずかな、揺らぎ。
人にはない“何か”。
だが――
掴めない。
形にならない。
(この方は……)
言葉にならない違和感。
それでも。
一つだけ、確かなことがあった。
(悪いものではない)
むしろ、あたたかい。
だからこそ。
目を離してはいけないと、感じた。
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凛は、静かにその様子を見ていた。
(……やはり、異質)
だが。
敵意は感じない。
むしろ――
不可解なほどに、自然だった。
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誰も、まだ知らない。
この出会いが。
やがて、大きく運命を動かすことを。




