【拾われた少女】
教会の中は、静かな空気に満ちていた。
先ほどまでの不安が、嘘のように薄れていく。
リリエルは、ほっと息を吐いた。
「……助かりました」
ガラシャは、穏やかに微笑む。
「お困りの方を放っておくわけにはいきません」
その言葉には、迷いがなかった。
ガラシャは、改めてリリエルを見つめる。
整った顔立ち。透き通るような肌。見慣れぬ雰囲気。
(……可愛らしい方)
ふと、思う。
(南蛮人……かしら)
この国では珍しい、異質な美しさだった。
それでも、不思議と違和感はない。
むしろ――どこか惹かれるものがあった。
リリエルは少し考えてから、ぽつりと呟く。
「……じゃあ、しばらくお世話になってもいいですか?」
ガラシャは一瞬だけ目を瞬かせた後、静かに頷いた。
「ええ、構いません」
だが――
「……お待ちください」
低い声が、空気を切り裂いた。
その瞬間。
教会の空気が、わずかに変わった。
振り返ると、一人の男が立っている。
鋭い視線。
無駄のない立ち姿。
そして、その手は静かに剣の柄に添えられていた。
ただ立っているだけなのに。
何かが違う。
言葉にできない圧のようなものが、空間を満たしていた。
リリエルは、その男をじっと見つめる。
「……なんか」
小さく、呟く。
「さっきまでと、空気が違いますね」
場が、わずかに静まる。
恐れているわけではない。
ただ、感じたことをそのまま口にしただけだった。
小笠原は、わずかに目を細める。
(……気づいたか)
普通なら、理由も分からず怯える。
だが、この少女は違う。
理解できずとも、“違い”を感じ取っている。
「おやめください」
ガラシャの声が、静かに響いた。
男の動きが止まる。
わずかな沈黙。
やがて、男は剣から手を離した。
「……失礼した」
だが、その視線は外さない。
「細川忠興だ」
短い名乗り。
それだけで、場の空気が引き締まる。
リリエルは、少しだけ考えてから口を開く。
「……よろしくお願いします」
軽く頭を下げる。
その様子に、小笠原は内心で息をついた。
(……この胆力)
ただの無知ではない。
ただの無礼でもない。
場に慣れた者の振る舞い。
(南蛮の王族に近しい者、か)
そうでなければ、説明がつかない。
忠興は無言のまま、リリエルを見据える。
「……どこの者だ」
問いは短い。
だが、重い。
リリエルは少し考えた。
「えっと……遠くから来ました」
曖昧な答えだった。
忠興の眉が、わずかに動く。
(誤魔化しているのか)
警戒は解かない。
だが――
ガラシャが一歩、前に出た。
「この方は、私がお連れします」
静かな声。
しかし、揺るぎはない。
忠興は一瞬だけ沈黙し、視線を逸らした。
「……好きにしろ」
それだけ言い、踵を返す。
去っていく背中。
その空気は、最後まで緩まなかった。
---
やがて。
三人は教会を後にし、道を進む。
村の外れを抜け、しばらく歩いた先。
それは、姿を現した。
石垣に囲まれた巨大な建造物。
高くそびえる天守。
威圧するような存在感。
――城。
リリエルは、その姿を見上げる。
そして、あっさりと口を開いた。
「これは、この国のお城ですか?」
ガラシャと小笠原の足が、わずかに止まる。
リリエルは続ける。
「すごいですね」
「貴方は、貴族の方でしたか」
ぺこりと頭を下げる。
「失礼しました」
その様子は、あまりにも自然だった。
驚きも、戸惑いもない。
ただ事実を受け入れているだけ。
ガラシャは、静かにリリエルを見る。
(貴族……?)
(それに、この城を見ても驚かないとは……)
(何者なのでしょう)
疑念ではない。
ただ、純粋な違和感。
理解の及ばない存在への、静かな問いだった。
小笠原は、目を細める。
(やはり、ただ者ではない)
城を前にしても、この落ち着き。
この胆力。
ますます正体が分からない。
リリエルは、そんな視線に気づくこともなく、城を見上げていた。
「……なんか、すごいところに来ちゃったなぁ」
どこか他人事のように、そう呟く。
その言葉に。
誰も、否定することはできなかった。




