【観る者】
京の町は、いつも通りに見えていた。
人が行き交い、商いの声が響く。
だが、その裏で。
静かに、何かが動いている。
その一つ。
異国の男は、通りの端に立っていた。
人混みに紛れながら。
だが、その視線だけは、明確に一人を追っている。
(……あれが)
名は、リリエル。
報告にあった少女。
ルイス・フロイスは、目を細めた。
風が、揺れる。
何も起きていない。
だが。
(……確かに、あの場で何かが起きた)
記録ではなく。
現象として。
理解不能な何か。
フロイスは、一歩、踏み出した。
――同じ頃。
「お腹すきました!」
「……またにございますか」
リリエルは、楽しそうに歩いている。
凛は、その少し後ろ。
変わらぬ距離で付き従う。
「さっきのご飯、おいしかったですね!」
「……左様にございます」
平和だった。
あまりにも。
だからこそ。
違和感が際立つ。
「あなたが、リリエルか」
声が、落ちた。
リリエルが、振り向く。
「はい!そうです!」
即答だった。
フロイスは、わずかに眉を動かす。
(……警戒がない)
「私は、ルイス・フロイス」
「ふろいす?」
「南蛮の者だ」
「へぇ〜!」
興味はある。
だが。
それだけだった。
フロイスは、リリエルを見つめる。
観察するように。
測るように。
「あなたに、いくつか尋ねたい」
「いいですよ!」
間髪入れずに答える。
「……あなたの神は、何だ」
その問いは、静かだった。
だが。
重い。
凛の空気が、わずかに変わる。
だが、リリエルは。
少しだけ考えて。
「優しいですよ?」
それだけだった。
沈黙。
フロイスの思考が、一瞬止まる。
(……それだけか)
教義も。
体系も。
理もない。
ただ、それだけ。
「……名は」
続ける。
「その神の名は何という」
ほんのわずかに。
リリエルの表情が止まった。
「えーっと……」
少し考える。
「……なんでしたっけ?」
フロイスの目が、細くなる。
(……二度目だ)
記録と一致する。
偶然ではない。
「思い出せぬのか」
「うーん……」
リリエルは、首をかしげる。
「分からないです」
だが。
困っている様子はない。
焦りもない。
ただ、本当に分からないだけ。
(……偽りがない)
フロイスは、そう判断した。
演技ではない。
虚言でもない。
「……あなたは」
言いかけて。
止める。
言葉が、当てはまらない。
定義できない。
分類できない。
(……これは、何だ)
理解が、追いつかない。
だが。
目を離すことができない。
リリエルは、ふと笑った。
「ご飯、食べます?」
あまりにも、自然に。
「……いや」
フロイスは、首を振る。
「そうですか?」
残念そうでもない。
ただ、次に進むだけ。
「じゃあ、またですね!」
手を振る。
そのまま、歩いていく。
凛が、一礼して後を追う。
フロイスは、その背を見つめていた。
動かない。
(……あれは)
異端か。
奇跡か。
神か。
悪魔か。
どれでもない。
あるいは。
すべてか。
答えは、出ない。
だが。
一つだけ、確かなことがあった。
(……記録せねばならない)
誰に命じられたわけでもなく。
そう、思った。
風が、通りを抜ける。
京の空は、変わらない。
だが。
その下で。
確実に、何かが動いていた。




