【信仰】
静かな部屋だった。
外の喧騒が嘘のように、音が遠い。
ガラシャは、膝を揃えて座り、手を重ねていた。
蝋燭の灯りが、ゆらゆらと揺れている。
「京にて……奇跡があったとのことにございます」
侍女の声は、控えめだった。
だが、その内容は軽くない。
ガラシャは、目を閉じたまま問う。
「……どのような」
「風が止まり、光が差したと」
「人々は……それを奇跡と」
わずかな沈黙。
「……そう」
小さく、息を吐く。
(……あの方か)
思い当たる顔が、一つだけあった。
あの、何も知らぬようで。
何もかもを揺らしていく少女。
「さらに……」
侍女は、言い淀む。
「申せ」
「……イエズス会が、動いております」
空気が、わずかに張り詰めた。
「異端と……」
その言葉は、静かに落ちた。
だが、重かった。
ガラシャは、ゆっくりと目を開く。
「……異端」
その響きを、確かめるように繰り返す。
キリストの教えに背くもの。
神を偽るもの。
そう、教えられてきた。
だが。
(……あの方が)
あの笑顔が、浮かぶ。
無垢で。
無防備で。
ただ、そこにいるだけで空気を変えてしまう存在。
(あれが……異端)
心が、わずかに揺れた。
信じてきたものと。
見てきたものが。
重ならない。
侍女が、そっと言う。
「いかがなさいますか」
問いは、静かだった。
だが。
選ぶべきものを迫っている。
ガラシャは、しばらく何も言わなかった。
やがて。
静かに、口を開く。
「妾は……神を信じております」
それは、揺るがぬ事実だった。
「ですが」
ほんのわずかに、視線を落とす。
「……あの方を、否定するつもりはございませぬ」
侍女が、息を呑む。
「信仰とは」
ガラシャは、ゆっくりと続けた。
「押し付けるものではないはずにございます」
言葉は、穏やかだった。
だが。
芯があった。
揺らがない。
静かな強さ。
「妾の信仰は、妾のもの」
「ゆえに――あの方の信仰も、あの方のものにございます」
部屋は、再び静けさに包まれる。
侍女は、何も言えなかった。
ただ、頭を垂れる。
ガラシャは、そっと手を組む。
祈りの形。
だが。
その祈りは、どこか違っていた。
(……神よ)
これまでと同じ言葉のはずなのに。
少しだけ。
意味が変わっている。
(あの方は……何なのでしょうか)
答えは、まだない。
それでも。
否定する気にはなれなかった。
蝋燭の火が、わずかに揺れる。
その光の中で。
ガラシャは、静かに祈り続けていた。
揺らぐことなく。
だが、変わり始めた信仰の中で。




