【観測対象】
前回の冒頭にタイトル入ってしまいました。
修正済みです。
薄暗い部屋に、蝋燭の灯りだけが揺れていた。
京の喧騒とは切り離されたその空間には、数名の男たちが静かに集まっている。
誰もが口を閉ざし、ただ一人の言葉を待っていた。
「報告を」
低く、抑えた声が落ちる。
一人が、前に出た。
「京にて、異様な現象を確認いたしました」
「詳細を」
「風の停止、光の収束。いずれも一瞬の現象にございます」
わずかな沈黙が流れる。
「……再現性は?」
「不明にございます」
「意図的なものか」
「断定できませぬ」
報告の言葉は淡々としている。
だが、その場にいる全員が理解していた。
“説明がつかない”という事実の重さを。
「記録はどうした」
「……通常記録には、載せておりませぬ」
空気が、わずかに変わる。
「理由を述べよ」
「分類不能にございます」
蝋燭の火が、かすかに揺れた。
誰も動かない。
だが、その一言が持つ意味は、十分すぎるほど伝わっていた。
「奇跡ではないのか」
別の男が、静かに問う。
「奇跡と断定するには、条件が不足しております」
「では、何だ」
「……不明にございます」
再び、沈黙。
その沈黙は、先ほどまでとは質が違っていた。
理解できぬものに対する、警戒。
「対象は」
「一名。少女にございます」
「名は」
「リリエル」
その名が落ちた瞬間。
ほんのわずかに、空気が軋んだ。
「……異端の可能性は」
問われた男は、即答しなかった。
一拍。
間を置いてから、口を開く。
「否定できませぬ」
それで、十分だった。
「観測対象とする」
短く、告げられる。
「継続監視」
「接触は最小限」
「必要と判断した場合のみ――」
言葉が、わずかに止まる。
だが。
誰も続きを問わない。
「……排除」
その一言だけで、すべてが決まった。
蝋燭の火が、大きく揺れる。
まるで、それを嫌がるかのように。
「記録は別系統にて管理せよ」
「通常文書には残すな」
「存在そのものを、秘匿する」
「はっ」
短い応答。
それ以上の言葉は、必要なかった。
すでに、この場で結論は出ている。
「解散」
その一言で、会議は終わった。
誰一人として、無駄な動きを見せない。
ただ静かに、それぞれの役割へと戻っていく。
最後に残った蝋燭の火だけが、ゆらゆらと揺れていた。
その光は、どこか不安定で。
まるで。
触れてはならないものに、触れてしまったかのように。
名は、リリエル。
まだ誰も知らない。
それが、何を意味するのかを。
――京の町。
同じ頃。
「……東が、動いているそうです」
飯屋の隅。
低い声が、交わされる。
「誰や」
「……徳川や」
わずかな沈黙。
「もうか」
「早すぎるやろ」
「いや、あの狸ならあり得る」
酒の入った盃が、静かに置かれる。
「三成はどうする」
「……あいつは正面から来る」
「なら、もう決まっとるやないか」
笑いが漏れる。
だが。
その目は、笑っていない。
「どこにつくんや」
「……東や」
その一言で、空気が変わった。
――同じ頃。
リリエルは、京の通りを歩いていた。
「お腹すきました!」
「……先ほど召し上がられたばかりかと」
凛の言葉に、リリエルは少しだけ考える。
「でも、もうお腹すきました」
「……左様にございますか」
平和だった。
何も知らない。
何も変わらないように見える。
そのとき。
リリエルが、ふと足を止めた。
「……あれ?」
小さく首をかしげる。
「なんでやろ」
少しだけ考えて。
「……主神の名前、なんやったっけ」
ほんのわずかに、眉を寄せる。
だが。
すぐに、ふっと力を抜いた。
「まぁ、いっか」
何事もなかったように、また歩き出す。
凛は、その背を見ながら。
言葉にしないまま、思った。
(……この方は)
風が、わずかに揺れる。
京の空は、いつもと変わらない。
だが。
何かが、確実に動き始めていた。




