ゆいこのトライアングルレッスンM〜ひろしのバレンタイン〜
「体験入学?」
「そ。今日の中学生クラスにオレの従兄弟が参加するんだと」
バイト先の塾へ向かう途中、憂鬱そうにタクミが言った。
「あーもー!あいつの前で授業するとか、最悪。まるで父兄参観じゃないか」
オレも親戚の前で「先生」をすることになれば緊張するし、気恥ずかしいだろう。タクミの気持ちはよくわかる。
塾が近づくにつれ口数も元気もなくなっていったタクミに同情し、ポンポンと背中を叩いた。
「もしも入塾したらお前の受け持ちになるかもしれないんだろ?まぁ頑張れよ」
塾の近くの交差点。
ユイコが一人立っていた。
「ヒロシ、タクミ!会えてよかった~。…はい、これ!」
手には小さな紙袋が2つ。中身はチョコだった。
「今日バレンタインでしょ?塾生の女子達より先に渡したくて待ってたんだ」
「サンキュー!おおっ、手作りじゃん!」
ユイコのチョコのお陰で機嫌が直ったようだ。
「ありがとう、ゆいこ。…寒かっただろ?これやるから持ってろ」
ポケットに入れていたカイロを渡した。
「あったか~い!ヒロシ、ありがとう!」
どれくらい外で待っていたのだろう。鼻の頭を赤くしたユイコがカイロを頬にあてて幸せそうに微笑む。
「あ、そうだ!ねえねえタクミ、今日むっくんが体験入学に来るんだって?」
「…なんでお前がそれを知ってんだよ」
「カナちゃんから聞いた」
「余計なことを…」
「中学生クラスだから授業が早く終わっちゃって会えないのが残念。よろしく伝えておいてね~」
そう言うとユイコは塾へ入っていった。
タクミはというと、現実に引き戻され頭を抱えていた。
「まぁ…頑張れ」
バイトが終わり外に出ると、タクミと中学生くらいの男の子がいた。
彼がうわさの『むっくん』なのだろう。
「お疲れ。タクミ、先に帰ったんじゃなかったのか?」
「おう、ヒロシ。…いや、こいつがユイコを待つって聞かなくてさ~」
「…はじめまして、従兄弟のムサシです。ヒロシ先生、ですよね?」
「ああ。よろしく」
礼儀正しいいい子じゃないか。
「中学生なんだから、早く帰れよ。カナが心配するだろうが。送っていくって言ってんだろ」
タクミがここまで不機嫌なのは珍しい。
帰宅が遅くならないよう心配しているというよりも、何か別の考えがあるような…。
その時だった。
「……あれ?むっくん?」
振り向くとユイコがいた。どうやら高校生クラスの授業が終わったようだ。
嬉しそうに駆け寄ってくる。
「うわあ~久しぶり!こんな時間までどうしたの?もしかしてタクミ達と待っててくれたの?」
「べ、別に待っていたってわけじゃ…」
「元気そうで何より!ここの塾生になるのかな?そうしたらまた会えるね」
嬉しそうに話しかけるユイコと、真っ赤になりながらぶっきらぼうに答える『むっくん』。
その様子を見てタクミが不機嫌だったわけがわかった。早く帰そうとした理由も。
「ほら、もういいだろ。さっさと帰るぞ」
むっくんの首に腕を回してユイコと引き離した瞬間、タクミのカバンの隙間からチョコが入った紙袋が落ちた。むっくんが拾う。
「ほら、チョコ落とすなよ。…あれ?これ、ユイコ姉ちゃんの?」
「ふふん。そうさ、ユイコがオレのために作ったチョコだよ」
「……」
むっくんの表情が陰ったような気がした。
「あ、あのね、むっくんのは…」
用意していなかったのだろう。慌てるユイコの背後に回り、こっそりオレの紙袋を渡した。
「!」
(これを渡してやれ)
(…ごめん)
「も、もちろん、むっくんのチョコもあるよ!はい!受け取ってくれると嬉しいな」
むっくんの顔がほころぶ。
「あ…ありがと!ユイコねえちゃん!!」
紙袋を片手に満面の笑みを浮かべたむっくんは、くやしそうにするタクミに連れられ帰っていった。
「ごめんね、ヒロシの分なくなっちゃって」
帰る途中、ユイコは申し訳なさそうに何度も謝ってきた。
「いいって。オレは毎年もらっているんだから」
「でも…せっかくヒロシのために作ったのに」
いつもの元気はどこへやら。しょんぼりとするユイコを見て、やれやれとため息をついた。
「じゃあまた作ってくれよ。ホワイトデーにお菓子を交換しよう。それでいいだろ?」
「うん!今度はヒロシ専用のチョコを作るね!」
どんなチョコにしようかな~と張り切って歩きだすユイコに愛しさがこみ上げる。
「だから、さ」
「…なあに?」
「今日はこれだけもらっておくよ」
振り向くユイコにキスをした。
「小説家になろうラジオ」の「ゆいこのトライアングルレッスンM」に投稿した作品です。
折角の特別企画の「むっくん回」なのに、ひろし愛が強すぎて、ひろし目線のハッピーエンドしか書けませんでした…
残念ながら不採用でしたので、供養します。
楽しんでいただけたら幸いです。




