9:妹をいじめていいのは私だけ
それから私は、マリーへの意地悪を順調に重ねていった。
嫌われすぎない、ぎりぎりのラインを狙いながら。
うんうん。
だいぶ板についてきたんじゃな〜い?
と思いながら、校舎へ向かう道の途中で、私はマリーを待ち伏せしていた。
今日は彼女にわざとぶつかって、よろけさせる作戦だ。
あくまで……よろけさせるだけ。
転んで怪我をしたら困るものね。
どうせジュリアン王子と歩いてくるから、彼に受け止めてもらう算段よ!
そう意気込んで壁にぴたりと張り付いていると、ちょうどマリーとジュリアン王子が遠くから歩いてきた。
何やら楽しそうに談笑しながら、並んで近付いてくる。
そこへ、後ろから猛スピードで近づく怪しい人影が……
ん?
女の子がふたり?
あれは……もしかして!?
勘付いたと同時に、私の体は動いていた。
マリーに向かって全力で駆け出す。
すると怪しい子のひとりが、マリーを追い抜きざまにドンとぶつかった。
「きゃぁ!」
「あ〜ら、ごめんあそばせ〜」
「マリー!!」
私は飛び付くように、前につんのめった妹を抱き止めた。
女の子たちは、私が突然現れたものだから「えっ」と目を見開く。
私まで倒れないようにグッと踏ん張って耐えると、キッとその子たちを睨みつけた。
彼女らは、物語の中で妹の取り巻きだったふたりだ。
この世界では、マリーと仲良くならなかったぶん、やっかみが向けられたのだろう。
……どうやら人を妬む心だけは、物語と変わらないようだ。
私は〝顔は覚えたぞ〟という鋭い眼光を向けた。
女の子たちがすくみ上がる。
「「も、申し訳ございませんでしたっ!!」」
揃ってペコペコ謝ると、来た道を走って逃げていった。
「……お姉様、ありがとう」
マリーが私の腕の中で、モゴモゴと喋る。
意地悪しようと身構えていた私は、気持ちを切り替えられずにいた。
困惑したまま、そっと腕の力を弱める。
「マリー……あなたがぼんやりしているのも悪いのよ」
とりあえず、苦し紛れにそれらしいことを言ってみた。
「…………はい」
素直なマリーが、シュンと小さくなりうつむいた。
あぁぁ……
あなたは何も悪くないのに、ごめんね。
心の中で必死に懺悔していると、その途中にジュリアン王子の声が割り込んできた。
「なにもマリーを責めなくても……」
……は?
いま、
まさに、
私も思っているのよ!!
ついカッとなった私は、王子に言い返した。
「ジュリアン王子が、咄嗟に守れないからじゃないですか?? 王太子妃の私なんて、こんなのしょっちゅうですからね! 守ってくださったこと、ありますか〜!?」
「…………」
「今後マリーにこんなことがあったらーー」
思いつくまま喋っていた私は、ハッとして言葉を飲み込んだ。
高ぶっていた気持ちが、いっきに冷えていく。
『お姉ちゃんが守ってあげるからねっ!』って続けるの?
……でも、お嫁に行っちゃったら出来なくなるよね。
『王子が絶対守って下さいねっ!』って言うべき?
……お姉ちゃんは、まだまだあなたを守ってあげたいのに。
「…………」
私は、一瞬だけマリーを切なげに見つめると、パッと腕をほどいた。
なんとも言えない表情を浮かべ、そっとその場を離れる。
「……お姉様。そんなふうに苦労していたのね……」
マリーのか細い声は、遠く離れた私の耳には届かなかった。
浮かない顔をしたまま黙々と歩いていると、不意に話しかけられた。
「騒ぐ生徒がいるって聞いて駆けつけたら……まーたアンナ様か」
立ち止まって顔を上げると、苦笑するマーカスがいた。
「…………」
「最近マリーちゃんへの態度が違うけど、どうしたんだよ?」
「…………実は」
心配してくれる彼に甘えて、私は妹の幸せな未来のために、奮闘していることを説明した。
「ーーということなの」
「相変わらず、歪んでるなぁ」
マーカスが楽しそうに笑う。
私は小さくむくれながら、口を尖らせた。
「あなたの可愛い妹が、なよなよした男性を選んだらどうするのよ? 決めるとこぐらい、ビシッと決めて欲しいでしょ?」
「それは……決めるべきだろ」
一瞬だけ考え込んだ彼が、真顔で見つめ返してくる。
さすが同じ妹好き。
見事に共感してくれた。
嬉しくなった私は、つい頬が緩んだ。
そしてこのモヤモヤも分かってほしくて、大袈裟に肩を落とす。
「けど、お嫁に行っちゃうのは寂しいわよね。マーカスは妹が嫁ぐって想像したら、どんな感じ?」
「う゛……考えたくもない」
そう言いながらも、妹の花嫁姿でも思い描いてしまったのだろう。
マーカスが盛大に顔をしかめた。
けれどすぐに表情を引き締め、私に不思議そうに聞いてくる。
「……王太子妃じゃなくなったあと、アンナ様はどうするんだ? 公爵家には小さな弟がいるんだろ?」
「うーん、考えたことなかったなぁ。まずはマリーの幸せが大事だから」
私は遠くを見て柔らかく笑った。
「ふーん」
どこか釈然としない彼に向き直り、安心させるかのようにニッコリと笑顔を浮かべる。
〝まぁまぁ。私は前世で幸せだったからね〜〟
そう思いを込めて。
どこまでも、朗らかに。




