8:悪役令嬢に私はなるっ!
マリーは誰よりも可愛くって、太陽のように明るい。
その屈託のない笑顔は、見ているこっちまでも幸せな気持ちにしてくれる。
しかも……めちゃくちゃ優しい。
そんな非の打ち所がないマリーは、当然のようにモテた。
その証拠にほら。
妹が通り過ぎると、何人かの男子生徒が振り向いてるわ。
私たちが廊下を歩くと、空気がふわりと甘くなる。
そんな様子に気づいていないマリーの隣で、私は〝でしょう?〟と言わんばかりに、こっそり笑って歩くことが多くなった。
私とジュリアン王子が校内を移動している時でも、1年生の教室付近に目をやれば、マリーは男の子に話しかけられていた。
その様子をチラリと見てから、ジュリアン王子の横顔を盗み見る。
「…………」
彼は澄ました顔をしているものの、一瞬だけ視線が迷子になった。
うーん。
ジュリアン王子もマリーが好きなはずなのに、はっきりした動きがないのよねぇ。
3年生も半分を切ったのに……
マリーも最近は私への気まずさが吹っ切れたのか、それとも、ふたりで何かを告白し合ったのか……王子への気持ちを前ほど隠さなくなってきた。
人気者の妹だけど、ジュリアン王子を好きなのは昔から変わらない。
そんな一途な彼女の想いに、私も〝まぁジュリアン王子でもいっか〟と思い始めていた。
だから、そろそろ私に言ってくれてもいいのにな〜
私はおもむろに口を開いた。
「マリーはモテますわね。公爵家にも釣書が複数届いていますのよ」
「え? あ、そうなんだね」
ジュリアン王子がビクッと肩を跳ねさせた。
そして、明らかに気まずそうに私から視線を逸らす。
…………
これはやっぱり、ふたりで愛を確かめ合っていそうね。
婚約者を私からマリーに、いつ変えるって公表するつもりかしら?
もう私から言っちゃう?
『王子のことなんか、これっぽっちも好きじゃないから安心して』って。
私に遠慮なんかせずに、さっさと挿げ替えて欲しいんだけどな〜
「……あっ!」
私はあることに気付いて目を見開いた。
ーー断罪イベント!!
卒業パーティーの断罪イベントで、マリーを正式に婚約者にするって宣言してもらおう!!
そのためにはーー
ジュリアン王子に徹底的に嫌われなきゃ!!
「アンナ、どうしたんだい?」
「…………何でもないですわ。このヘタレ」
あ、やばい。
嫌われたすぎて、ただの悪口を言ってしまった。
私は慌てて口を押さえた。
「え? へたれ??」
幸い前世の言葉だったので、王子は意味が分からなかったらしい。
「うふふふふ〜」
私は歩くスピードを早めて、盛大にごまかした。
ーーーーーー
それからの私は、王子に嫌われようといろいろ考えた。
あまり露骨にやると、不敬罪になりかねないし……
そんな時、閃いたのがーー
物語の妹が、アンナを悪役に仕立て上げたことだった。
……そっか!
私がマリーをいじめればいいのね。
物語では濡れ衣だったのを、こっちの世界では本当に行動すればいいんだ!
マリーには悪いけど……断罪イベントで華々しく新王太子妃が誕生するなら、必要よねっ!
張り切った私は、放課後に自習室へマリーを呼び出し、難しい勉強をさせた。
解けないマリーをチクチクなじる作戦だ。
手が止まっている彼女の前に立ち、わざと周りに聞こえるように罵る。
「こんな簡単な問題も出来ないのかしら? 全然ダメじゃない。困ったものねぇ」
「…………ぅぅ」
落ち込んだマリーが、うつむいて唇を噛む。
私もすっごく心が痛んだけれど、泣きそうになるのを我慢して続けた。
「まだこんなに残っているわよ。さぁ、早くやりましょう」
「…………」
マリーが手に持っていたペンを、ギュッと握りしめた。
自習室にいる生徒たちが、ざわざわと固唾を呑んで見守る。
「アンナ!」
ちょうどそこへ、噂を聞きつけたのかジュリアン王子が駆けつけた。
私の傍らで半泣きになっているマリーを見つけると、血相を変えて私に詰め寄る。
「突然どうしたんだい? マリーが怖がっているじゃないか」
……うーん。
ここはもっと、私をきつく怒って欲しいんだけど……
『性悪女!』とか『マリーを泣かせる奴は、例え姉でも許さない!!』とか……
私は不満げにジュリアン王子を睨んだ。
そしてもっと怒らせようと、言葉を選ぶ。
「勉強を教えているだけよ」
「何もこんな所で厳しく教えなくても……じゃあ僕が教えるよ」
「……あら、教えられるのかしら? 王子の苦手な世界情勢ですのよ? 以前王宮で20点を取った、あの!!」
ノリに乗ってきた私は、嫌らしく笑った。
「〜〜〜〜っ」
けれどジュリアン王子は、歯を食いしばって耐えているだけだった。
…………失敗かぁ。
良い人過ぎて、我慢しちゃった。
気持ちが冷めた私は、そろそろ潮時かなと思い、クルリと彼に背を向けた。
「ちなみにわたくしは100点でしたわ。……ちょうどいいですわね、出来ない者同士で勉強されてはどうかしら?」
そう言い残すと、足早に部屋の出口へと向かった。
「アンナ!」
ジュリアン王子の声を背に、私はピシャンと扉を閉めた。
すぐさま追いかけようとした王子を、マリーが止める。
「待って、ジュリアン王子!」
「マリー……君も何故言い返さないんだ?」
王子はマリーへと向き直った。
「だってこれ……王太子妃教育の一部でしょ……?」
彼女が揺れる瞳で王子を見た。
ジュリアン王子もハッとして、マリーの隣に座り、用紙を覗き込む。
「本当だ」
「お姉様も、私を王太子妃にって、思っているのかしら?」
「…………え?」
ぼそりと呟いたマリーの言葉に、ジュリアン王子が頬を染める。
「…………っ」
マリーも彼の照れが移ったかのように、顔を赤くした。
少し気まずい空気を変えようと、ジュリアン王子が思い出したかのように聞いた。
「……マリーはその問題、何点だったの?」
「………………70点、です」
けれどマリーは、もっと気まずそうにしながら答えた。
「…………」
ジュリアン王子は〝聞くんじゃなかった〟と、遠くを見つめた。




