4:恋に落ちる
それから婚約者になったジュリアン王子は、月に一度、わざわざクローバー公爵家までお越しくださるようになった。
お天気の日は決まって中庭でお茶をすることになり、今日もふたりで向かい合って席に着いていた。
「アンナは普段何をしているの?」
気さくな王子が、何気なく問いかけてきた。
少し首をかしげると、輝かしい金髪がさらさらと流れる。
そして澄んだ青い瞳を細め、穏やかに笑った。
ジュリアン王子は、さすが王太子なだけあって、優美で柔らかな雰囲気をまとっていた。
物語通りの彼に親しみを感じた私は、勝手に心を開き、思ったことを素直に口にする。
「普段は……妹のマリーを愛でておりますわ」
「え?」
「マリーがそばにいない時は、彼女の可愛らしさを言葉に落とし込めないものかと、つい筆をとってしまいますの」
淡々と告げた私は、カップをそっと持ち上げ、唇へと近づけた。
「…………」
「そのために綴る言葉をずいぶん磨きましたの。お聞きになります?」
飲むのをいったん止めて、私はジュリアン王子をじっと見つめた。
「…………いや、結構だよ」
断ったのが気まずくなったのか、彼もカップに手を伸ばして紅茶を味わった。
こんな感じで、私はいたって和やかに会話を楽しんでいた。
「アンナの妹好きは分かったよ。でも僕が来た時には見かけないね」
気を取り直したジュリアン王子が、屋敷の方へ穏やかに視線を向けた。
私は唇の端をゆるめ、カップを音も立てずにソーサーへ戻す。
「居ますわよ」
「え?」
「今はそこの茂みに隠れて、聞き耳を立てていますわ」
そう言ってチラリと茂みを見やると、ジュリアン王子も私の視線を辿った。
「お姉様っ!!」
ガサリと枝葉が揺れ、しゃがんでいたマリーが立ち上がり、ひょこりと顔をのぞかせた。
隠れていたのを見抜かれて恥ずかしいのか、耳まで真っ赤になっている。
その姿に胸がぎゅうっとなった私は、思わず両手で口を覆った。
「あぁ……可愛いっ!」
「……いつから気付いていたの!?」
むっと頬をふくらませたマリーが、私のもとへ歩み寄ってきた。
私は王子に軽く会釈してから立ち上がり、妹の髪についた葉っぱをそっと取る。
「ふふふっ」
「……もぅっ!」
マリーが恥ずかしそうに笑い、すぐに拗ねたように顔を背けた。
彼女が私と王子の会話を気にして隠れていたことなど、最初から察していた。
そんな私たちの様子を見たジュリアン王子が、思わず笑い声をあげる。
「あははっ! アンナが言うように可愛らしいね」
爽やかな笑顔と共に〝可愛らしい〟と言われたマリーが、目を見開いて赤くなった。
照れた時とは違い、頬がほわっと染まり、視線のやり場をなくしてうつむいてしまう。
妹が恋に落ちた瞬間を……私はこの目で見てしまったのだ。
思わず、すぅ〜っと大きく息を吸いーー
「〜〜〜っ!! 可愛い……!! 何これ? 尊すぎるんですけど!!!!」
「キャァッ! お姉ちゃん!? どうしたの? 落ち着いてっ」
興奮した私は、マリーに抱きつき、頬っぺたをくっつけてグリグリした。
「かわいい可愛い! もう世界一可愛いよね? うちの妹!! あれだけ語彙勉強したのに、可愛いしかでてこないよもうっ!!」
「…………」
私が大騒ぎしたせいで、マリーの胸の高鳴りはすっかり引っ込んでしまったようだった。
彼女は小さくため息をつき、ゆっくりとジュリアン王子を見た。
王子はさすがに言葉を失い、マリーと視線を交わす。
「ジュリアン王子、申し訳ございません。お姉様がこうなったら、しばらく収まりませんので……」
「あ、あぁ。今日はお開きにしようかな」
王子が気圧されながらも、ゆるやかに立ち上がった。
私のキャーキャー言う騒がしい声が響く中、静かなふたりのやり取りが続く。
「ご挨拶が遅れましたが、わたくしアンナの妹のマリーと申します」
体の正面に私をくっつけたまま、マリーが器用にカテーシーをした。
彼女をぎゅっと抱きしめたまま、私は得意げに口を挟む。
「違うわっ! 美の女神すら霞むほどの、我が妹マリーよっ!!」
「さすがに盛りすぎて恥ずかしいからやめてっ」
マリーが王子の方を向いたまま、大慌てで囁いた。
複雑な表情をしたジュリアン王子が、私の後ろ姿を一瞥し、静かにマリーへと視線を移す。
「……いろいろお世話になりそうだし、よろしくね」
こうして、ふたりの運命的な出会いは――
私が台無しにした気もするけれど、無事に果たされたのだった。




