2:超過保護な姉
妹マリーの誕生により晴れて姉になった私は、まずは彼女が元気に育つことだけを、何よりも大事にした。
「ママっ、マリーを連れてどこ行くの!?」
私は、ばったりと廊下で会ったママに詰め寄った。
彼女の腕には抱っこされたマリーがいる。
マリーは「あぁ、うぅぅ〜」と手を伸ばして、小さな指をにぎにぎさせていた。
「えぇ? ……お天気がいいから中庭に行こうかと」
「わかったわっ」
私はクリルと背を向け、ママが転ばないように先回りして歩き出した。
つまづくものがないか、目を光らせながら。
「あ、そこのメイドさん。外に行くからマリーの日傘をお願い」
そして道すがら、テキパキと指示を出す。
「は、はい!」
大人顔負けの私の態度に、メイドは気圧されたようにそそくさと離れていった。
背後からは、ママの呆れたため息が聞こえたけれど気にしない。
マリーが怪我したり、病気になったりしたらどうするのよ。
私はママとマリーを守るナイトのように、堂々と先導した。
こんな調子だから、マリーが泣くと遠くからでもすぐにすっ飛んでいった。
白いレースのベビーベッドに眠るマリーを覗き込み、そばに控えている乳母役の女性に伝える。
「眠くってマリーがぐずってる。抱っこしてあげて」
産後の体を休めるためにソファに腰かけていたママは、そんな私の様子を遠巻きに見つめていた。
わずか2歳しか変わらない娘が、プロのように妹の面倒を見る姿に、なんとも言えない戸惑いの表情を浮かべる。
「……アンナには、何かが乗り移っているのかしら?」
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そんな私のお世話のかいがあってか、マリーはすくすくと成長した。
「ねぇね、ねぇねー!!」
歩けるようになると、私のことを一生懸命呼ぶようにもなった。
庭にいる私を見つけると、家の中からとてとてっと駆けてくる。
最近は後追いするのが楽しいらしく、マリーは花が咲くようにぱあっと笑った。
「ぎゃーっ!! なんて可愛いのっ!!」
私はそんなマリーをぎゅうっと抱き止めた。
妹の愛らしさにますます磨きがかかり、私はさらにメロメロになった。
赤ちゃんのころは、私の小さな腕では落としてしまいそうで、そっと触れることしかできなかった。
けれど今はこうして、思いきり抱きしめられる。
それがたまらなく幸せだ。
喜んだマリーがキャッキャと笑う高い声さえも、全てが愛おしかった。
部屋の中から様子を見守っていたママとパパが、庭でじゃれ合う姉妹の様子に、目を細めて笑い合った。
飛び出したマリーを追いかけてきたはずなのに、今では〝アンナに任せておこう〟とでも言いたげに、肩を並べてほほ笑んでいる。
この頃にはもう、私の度を越した姉バカぶりも、両親はそういうものだと受け入れていた。
「今日は何して遊ぼっか?」
そして前世でのマリーの最後の願いーー
『もっとお姉ちゃんと遊びたかった』を叶えようと、私は心に決めていた。
妹からそっと体を離し、マリーのまあるい瞳を覗き込む。
「えっとぉ……」
マリーの小さな口が、考え込むように動く。
私は〝ゆっくり考えていいよ〟と目で伝えるように、優しく笑いかけた。
「マリーは何したい? おいかけっこ? それともお人形遊び??」
元気なマリーと遊べることが、今の私には何よりも嬉しい。
だから彼女がしたいことを、好きなだけさせてあげたい。
「ねぇね、だいしゅきっ!!」
突然マリーが私に抱きついた。
思いがけない言葉に胸がぶわっと熱くなり、私もぎゅっと抱きしめ返す。
同時に腕の中で感じた背の高さに、はっとした。
……気づけばもう、胸のあたりまで大きくなっていたんだ。
「……私も大好きだよ」
返事をしながら気付いた。
あぁ。
いつも私が「可愛い、大好き」って言ってるからだ。
想いを返そうとするまでに成長したマリー。
どうかこのまま、元気に大きくなりますように。
そう祈りながら彼女の頭に頬を寄せると、お日様のような匂いがした。
胸の奥がゆっくり満たされていくのを感じながら、私はそっと目を閉じた。
姉妹そろって転生出来たことを、改めて神様に感謝しながら。
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私のありったけの愛情を受けて、マリーは甘えん坊のお姉ちゃんっ子に成長した。
そして物語通り、わがままな子になってしまった。
けれどそれでもよかった。
前世では入院続きで出来なかったわがままを、思う存分させてあげたい。
「お姉たまが食べてるお菓子、マリーもほちぃ」
マリーは私の物を何でも欲しがった。
物語の妹と同じ言動すら可愛く感じてしまい、クスリとほほ笑む。
「いいよ。たくさん食べて大きくなってね」
ーー私は言われるがままにほいほい差し出した。
「お姉たまのオモチャがほしいなぁ」
「いいよ〜。はい、どうぞ」
ーーそれはマリーが6歳になるまで続いた。
「お姉様のその新しいドレス、マリーが着たいの」
「うんうん、ドレスも可愛いマリーが着た方が喜ぶよ〜」
けれどそんな日々が長く続くと、私の持ち物が貧相になってしまった。
それを見た両親は「マリーに何でもあげるのはやめなさい」と困った顔をする。
でも私は笑って顔を振り、マリーが欲しがるものを与え続けた。
呆れた両親が「じゃあこれはアンナのよ」と、私に新しい物を持たせるようになった。
……その光景が、どうやらマリーには面白くなかったらしい。
最近は両親と口げんかする声が、よく部屋の外まで聞こえるようになってしまった。
「うわーん! お姉様! パパとママが私には可愛いドレスを買って下さらないの!」
マリーが部屋まで駆けてきて、椅子に座る私の胸に勢いよく飛びついた。
物語では姉と言い合いをして、泣きつくのは両親のはずなんだけど……
と、少し戸惑いながらもマリーを受け止めた。
「泣かないで可愛いマリー。何とかしてあげたいけど……ごめんね、私もこのあいだ水色のドレスをあげたばかりだから、新しいドレスはもうないの」
そう言って頭を撫でると、マリーはそっと顔を上げた。
「え? アンナお姉様が今着ている服は……」
マリーが私の胸元に視線を滑らせる。
そこにあるレースをじっと見つめた彼女は、それがすっかりくたびれていることに気付き、小さく息をのんだ。
「この服ね、気に入ってるからつい着こんでしまったみたい」
私は、マリーの乱れた髪を耳にかけてあげながら笑った。
「…………」
マリーは幼い肩をきゅっと縮め、静かにうつむいた。
それからしばらくして。
新しいミント色のドレスに身を包んだ私は、家の廊下を軽やかに歩いていた。
すると背後からスカートをそっと引かれ、思わず足を止める。
「……ん? どうしたのマリー?」
振り返った私は妹に気付くと、首をかしげて笑った。
マリーは、掴んだスカートをじっと見つめている。
その様子に〝このドレスも欲しくなったのかな?〟と、ふっと笑みを深めた。
けれど彼女は、拗ねたように私を見上げ、頬を赤くした。
「……マリーね、これと……お揃いのドレスが欲しいの」
「え? これが欲しいんじゃなくて?」
「うん、お姉様と……お揃いがいいの」
「マリー……ッ!!」
感動した私は思わず息を詰まらせた。
なんて優しいんだろう!
自分が貰ってばっかりじゃ、私の服がなくなるからって考えてくれたんだ。
けれど私のドレスは自分も着たいから〝お揃い〟に……
可愛いっ!
可愛すぎるっ!!
私はマリーの手をむんずと掴むと、思わず前のめりになって答えた。
「それはいいわね! さっそくお母様にお願いしましょう!!」
「わわっ、待ってお姉様!」
そうして私は、ぽかんとするマリーを半ば引きずりながら、勢いよく歩き始めた。




