1:妹誕生!
とっぷりと日が暮れた、静かで満ち足りた夜。
けれどクローバー公爵家はざわついていた。
バタバタと使用人が廊下を駆け回り、わぁっという歓声が遠くで聞こえたような気がした。
自分の部屋のベッドで、ブランケットを胸もとまで引き寄せていた私は〝赤ちゃんが生まれたのかな?〟とそわそわした。
同時にふと思い出した。
私が2歳になったばかりの頃、お腹がふっくらしてきたママが、優しく教えてくれた言葉を。
『アンナは、もうすぐお姉さんになるのよ』
私はブランケットの端をギュッと握りしめた。
あれから瞬く間に半年が過ぎ、いよいよその日が来たのだ。
私は薄暗い天井を見つめながら、小さな子の手を引いて立つ未来の自分を想像した。
……弟かしら? それとも妹?
空想の中では、天井の薄明かりから生まれた弟と妹が、私の手を取って駆け回り始めていた。
そんなとき、部屋の扉からコンコンと音がして静かに開いた。
廊下の明かりが中に差し込み、パパが顔を覗かせる。
「アンナ、起きてるかい? ママと赤ちゃんに会いに行かないか?」
「いくー!」
私はベッドからピョンッと飛び出した。
パパに案内されて両親の寝室へ入った私は、部屋の空気に触れた瞬間、思わず駆け出した。
真っ先に、ベッドでぐったりしているママの元へと駆け寄る。
「ママ!」
私は思わず縁に手をついて身を乗り出した。
「……アンナおめでとう。あなたに可愛い妹が出来たわよ、ほら」
ママは思ったより元気そうで、幸せそうにゆったりほほ笑みながら、腕に抱えている包みを私の方へと傾けた。
見るとそれは、白い布に包まれた小さな小さな赤ちゃんだった。
「…………」
もっと天使みたいに可愛い赤ちゃんを思い描いていた私は、生まれたてのくしゃくしゃな顔に思わず眉をひそめる。
けれどその顔をじっと見つめた瞬間、胸の奥がうずきーー
あふれ出すように前世の記憶が蘇った。
「う……うっ、うわ〜〜んっ!!!!」
私はわっと泣き出した。
この赤ちゃんは、私の前世で妹だった真理だ!
私は手の甲でぐしぐしと涙をぬぐった。
けれどすぐにあふれてきて、目の前が滲んでしまう。
真理は私が高校生の頃、病に臥せったまま、まだ5歳という幼さで旅立ってしまった。
最期に私の手を握りしめて「もっとお姉ちゃんと遊びたかった」と言いながら。
その小さな手のぬくもりを、今でもありありと思い出せる。
その真理が……
今世でも私の妹として生まれてきたんだ!!
「ど、どうしたの? アンナ??」
ママが泣きじゃくる私に驚く。
私は赤ちゃんの手にそっと触れた。
姿は違うのに、なぜだか真理だとハッキリ分かる。
すると彼女が、私の指をキュッと握り返してくれた。
「…………真理」
涙がポロポロこぼれる。
けれど口元は、ふわりと緩んでいった。
それを見たママは、私が妹誕生に感動して泣いているのだと思ったらしい。
安堵のため息を漏らすと、嬉しそうに告げた。
「……マリィ? 可愛い響きね! 女の子ならローナにしようと思っていたけれど……アンナが名付けてくれたのなら〝マリー〟にしようかしら」
私はハッと顔を上げてママを見つめた。
アンナとローナの姉妹。
クローバー公爵家……
前世でも聞いたことのある名前だと気付いたのだ。
……なんてこと。
ここは……前世で読んだ物語の世界だわ。
ぼんやり憶えていた名前が、急にあちこちで繋がっていく。
その物語では、アンナはこの国の王太子であるジュリアン王子と婚約を結ぶ……
けれど、妹のローナがその婚約を横取りするの。
姉を悪役に仕立て上げて。
そして私は……
濡れ衣を着せられ、断罪されてしまう。
「…………」
息を呑んだ私は、またゆっくりと赤ちゃんを見つめた。
だから真理は将来……
悪役令嬢!!
「…………でも真理がそうしたいなら、それでもいっか。好きになった人と結婚するのが、一番幸せだよね」
私は肩の力を抜いて、妹に言い聞かせるように優しく語った。
「え? 妹の結婚相手をもう考えてるの? 早すぎない? アンナ??」
ママが目を丸くする。
私はその声をよそに、宙を見つめて考え込んだ。
ジュリアン王子、好みじゃないしなぁ。
物語でも、私は断罪後のマーカス様ルートのほうを楽しく読んでたくらいだし。
うん、決めた。
せっかくまた姉妹として生まれ変わったんだから、めちゃくちゃ可愛がろう!!
私はふんすと意気込んで、赤ちゃん真理に熱い視線を送った。
「お姉ちゃんが絶対に幸せにしてあげるからねっ!」
「まぁ! 頼もしいアンナお姉ちゃんね」
安心したママがクスクスと笑った。
けれどママが無邪気に思うほど、私の妹への愛情は穏やかなものではなかった。




