【アップ】2025年4月20日 礼拝説教/讃美歌とMy noteもあります
初めまして、天川裕司です。
ここではシリーズでやってます『夢時代』と『思記』の原稿を投稿して居ります。
また、YouTubeドラマ用に仕上げたシナリオ等も別枠で投稿して行きます。
どうぞよろしくお願い致します。
少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。
サクッと読める幻想小説です(^^♪
お暇な時にでもぜひどうぞ♬
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【YouTubeドラマにつきまして】
無課金でやっておりますので、これで精一杯…と言うところもあり、
お見苦しい点はすみません。 なので音声も無しです(BGMのみ)。
基本的に【ライトノベル感覚のイメージストーリー】です。
創造力・空想力・独創力を思いっきり働かせて見て頂けると嬉しいです(^^♪
出来れば心の声で聴いて頂けると幸いです♬
でもこの条件から出来るだけ面白く工夫してみようと思ってますので、
どうぞよろしくお願いします(^^♪
※本日は機械の諸事情により、礼拝動画を録画できて居りませんでした。
代わりに日本イエス・キリスト教団 池田中央教会の、
同箇所のメッセージ動画を掲載しております。
【本日のメッセージ】
https://www.youtube.com/watch?v=33a3gRDwQwA
【ブログ】
ブログを見てくださると、聖書と讃美歌の歌詞も閲覧できます♪
お気軽にお立ち寄りください^^
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2025年4月20日 礼拝説教 聖書箇所
マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、「わたしは主を見ました」と告げ、また、主から言われたことを伝えた。
ヨハネによる福音書20章18節
今、あなたは知らなかった国に呼びかける。あなたを知らなかった国は あなたのもとに馳せ参じるであろう。
イザヤ書55章5節
はじめに
主の受難と復活は一つ。復活信仰が、真の希望と命に至る道である事を認めたい。
1
「週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、(ガリラヤの町)マグダラのマリアは(イエスが葬られた)墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。」最初の目撃証言。明け方(3~6時)の事。「そこで、走って、シモン・ペトロと、イエスが愛しておられた、もう一人の弟子のところに来て、『だれかが、主を墓から移動しました。どこへ置いたのか分かりません。』それで、ペトロともう一人の弟子は出て行って、墓に向かった。で、二人はいっしょに走り、もう一人の弟子の方が、ペトロよりも早く墓に来た。そして、身をかがめて、亜麻布があるのを見たが、中へ入らなかった。シモン・ペトロも、続いて墓の中に入り、亜麻布があるのを見た。彼の頭の上にあった(汗ふき(布)は亜麻布のそばにはなく、離れた一つの所にくるめてあった。同時に、先に墓に来たもう一人の弟子も入り、見て、信じた」事実、主の体はなく、しかも、遺体の移動であれば不自然な物証(その配置)があった。それは、二人の弟子の信仰によって証言される。「確かに、彼らは死者が起き上がらねばならないという聖書(の言葉、聖句)がまだ見えていなかった」。「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認すること」(ヘブライ1章1節)。キリストの命を見るとは、聖書の言葉を見ることと一つ。それは、意味理解にまさって、神が共におられる現実を見ること。
2
「それで(二人の)弟子たちは自分たちのところに立ち退いた」、「一方、マリアは墓のそばの(入り口から)出たところで立って泣いていた。」「それから泣きながら、墓の方に身をかがめた。そして二人の白い衣を着たみ使いが、イエスの体が置かれいた場所に、一人は頭のところ、もう一人は足のところに座っているのを見た。」「そしてその一人が、彼女に、『女よ、なぜ泣いているのか』と言った。マリアは彼に言った。「だれかが、私の主を運び出しました。どこに安置してあるのかわかりません。そして、後ろを振り向くと、イエスが立っておられるのを見たが、それがイエスであるとわからなかった。」「イエスは言われた。『女よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか』彼女は、その人が園丁(手入れする人)だと思いこんで言う。『もしあなたが、あのかたを移したのでしたら、どこへ安置したのか、言ってください。私はそのかたを引き取ります。』」「イエスが、『マリア』と言われると、彼女は振り返って、彼に向かって、『ラボニ』と言った。これは「先生」という意味である。」イエスの声を聞くや否や、マリアは、私の主を認めた。復活の主を認めた最初。
3
「イエスは彼女に言われた。『私に触れるな。私は、まだ父のもとに昇っていないから。ただ、私の兄弟たちのところへ行って、「私は、私の父またあなたがたの父であって、私の神またあなたがたの神である方のもとへ昇る」と、彼らに言いなさい。』主イエスは、弟子たちを、「私の兄弟」と呼ぶ。それは、主イエスは、まことの人間(肉)となられ、その血潮をもて、御自身の選びの民を贖ってくださったゆえ。事実、主イエスは彼らを、聖なる者とし、「彼らを兄弟と呼ぶ事を恥じとしない」(ヘブライ2章11節)。復活の事実を認めることは、今日、私たちが何者とされたかを信じることと一つ。「キリストに望みをかけているだけだとすれば、私たちはすべての人の中で最も惨めな者」「しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられた」(コリント一15章20節)。
おわりに
神の国は、キリストの復活において命の支配を告げる。福音に生きる教会の宣教。
(My note)
二〇二五年四月二〇日(日曜日)、今日も兄弟姉妹共に礼拝を守る事が出来、神様に感謝する。
(子供メッセージ)
『スコットランド教会新カテキズム』
「イエス・キリストは誰のもとで十字架刑に引き渡されたのですか。」
「ポンテオ・ピラトのもとです。」
(公同礼拝)
『ヨハネによる福音書』(第二〇章一〜一八節)
『イザヤ書』(第五五章一〜五節)
※本日は諸事情により、礼拝動画をご用意できませんでした。ご了承下さると幸いです。
この『ヨハネによる福音書』では、イエス様が甦る時のエピソードが記されてある。ポンテオ・ピラトのもとで十字架に付けられ、死にて葬られ、陰府に下り、三日目に死人の内より甦り、天に上り、全能の父なる神様の右に座し給えり。この経過に在るエピソードにて、ちょうど天に上られる直前の出来事である。
イエス様は十字架に付けられた後、十字架の上で葬られ、その後、まだ誰も葬られた事の無い新しい墓に納められた。
そして一週の初めの日に、朝早くまだ暗い内に、マグダラのマリアが墓に行くと、墓から石が取り除けてあるのを見た。そこで走って、シモン・ペテロとイエス様が愛して居られた、もう一人の弟子の所へ行って、彼らに言った、
「誰かが、主を墓から取り去りました。どこへ置いたのか、分かりません」。
そこでペテロともう一人の弟子は出掛けて、墓へ向かって行った。二人は一緒に走り出したが、そのもう一人の弟子の方が、ペテロよりも早く走って先に墓に着き、そして身を屈めて見ると、亜麻布がそこに置いてあるのを見たが、中へは入らなかった。シモン・ペテロも続いて来て、墓の中に入った。彼は亜麻布がそこに置いてあるのを見たが、イエス様の頭に巻いてあった布は亜麻布の鯖には無くて、離れた別の場所にくるめてあった。すると、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、これを見て信じた。しかし、彼らは死人の内からイエス様が甦るべき事を記した聖句を、まだ悟って居なかった。
…しかし、マリアは墓の外に立って泣いて居た。そして泣きながら、身を屈めて墓の中を覗くと、白い衣を着た二人の御使が、イエス様の死体の置かれて居た場所に、一人は頭の方に、一人は足の方に、座って居るのを見た。すると、彼らはマリアに、
「女よ、なぜ泣いて居るのか」
と言った。マリアは彼らに言った、
「誰かが、私の主を取り去りました。そして、どこに置いたのか、分からないのです」。
そう言って、後ろを振り向くと、そこにイエス様が立って居られるのを見た。しかし、それがイエス様である事に気付かなかった。イエス様は女に言った、
「女よ、なぜ泣いて居るのか。誰を捜して居るのか」。
マリアは、その人が園の番人だと思って言った、
「もしあなたが、あの方を移したのでしたら、どこへ置いたのか、どうぞ、おっしゃって下さい。私がその方を引き取ります」。
イエス様は彼女に「マリアよ」と言った。マリアは振り返って、イエス様に向かってヘブル語で「ラボニ」と言った。それは、先生と言う意味である。イエス様は彼女に言った、
「私に触ってはいけない。私は、まだ父の身元に上って居ないのだから。ただ、私の兄弟達の所に行って、『私は、私の父またあなた方の父であって、私の神またあなた方の神であられる方の身元へ上って行く』と、彼らに伝えなさい」。
マグダラのマリアは弟子達の所に行って、自分が主に会った事、またイエス様がこれこれの事を自分に仰せになった事を、報告した。
要点は、人が生き返る事を信じるか?主イエス・キリストが復活し、天に上り、全能の父なる神様の右に座し給う事を信じるか、にある。
即ちこの時、イエス様を普通の人でなく、また預言者でもなく、唯一誠の救い主である事、復活の主として信じる事が出来るか、詰りそう知る事が出来るかが問われる。これを信じる事が出来なければ信仰が成らない。これを強烈(当然)に知る必要がある。事実、イエス様は群衆に十字架に付けられて殺され、死人の内より甦ったのである。これは幻想・架空には無く事実・歴史に在る。
現代では、神、天国、生死、天使、悪魔、等と言う言葉が非常に軽く遣われ、殆ど考え無しに、流行に乗って、人の口と心から溢れ出て居る。そうした中で、このイエス様の甦りと、十字架に依る全ての罪人(人間)の罪の贖い(清め)と、その復活に依り天国に上げ(挙げ)られ、救われる事の真実に気付けるか?…これが非常にリアルな問題になる。罪人の口と心に惑わされず、神様とイエス様と聖霊の言葉・聖書に聴き従い、正しい信仰の途に歩む事の大事が問われるのである。
聖書の言葉は古くも歴史に埋もれるものでも無く、又、罪人の口と心から出たものに無い。神様からイエス様を通して全ての人に与えられた真実であり、この真実に気付き、聴き従う事が正義に在る。この事は人との間にはなく、神様とイエス様と自分の、一対一の関係に成るものと知る。
【日本キリスト改革派 男山教会】
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アーサーホーランド 2023.01.15 成増教会礼拝
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ハーベスト・タイム・ミニストリーズ
https://www.youtube.com/@HarvestTimeMin?app=desktop
[ドキュメンタリー]放蕩息子たちの帰る場所
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=gfhre6IfM8Q
不思議のパルプンテ
https://www.youtube.com/@user-vh3fk4nl7i/videos
(お暇な時にぜひどうぞ)
少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。
サクッと読める幻想小説です(^^♪
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