運命の朝
朝、目を覚ました瞬間、心臓が痛いほどに高鳴っていた。
嫌な夢を見たあとの、あの感覚。目を開けたのに、まだ夢の続きにいるみたいで。
ベッドの中、カーテン越しに差し込む光が、妙に白くて冷たい。
「……今日、だよな」
昨日の夜、夢で見たことは、あまりにも鮮明だった。
クラスメイトの白河ユメが、笑顔のまま車に撥ねられる。
血だまりの中に倒れていた彼女は、まるで人形のように動かなかった。
どれだけ目をこすっても、その映像は消えてくれない。
このまま今日を過ごしたら、あれが現実になる。そう、確信していた。
着替えて、歯を磨いて、玄関を出る。
全てがいつも通りの朝――のはずだった。
でも、道端のカラスの数も、電車の遅延アナウンスも、
夢で見たものと一つずつ重なっていくたびに、背筋が冷えていった。
学校に着くころには、手のひらが湿るほどに汗をかいていた。
⸻
教室に入ると、彼女がいた。
白河ユメは、いつものように笑って、友達と話していた。
「……あ、朝倉くん?」
気づかれた。声をかけられた。
いつもなら挨拶くらいしかしない僕に、彼女は目を丸くする。
「おはよう、白河さん……あのさ、ちょっといい?」
自分でも、なにを言いたいのか分かっていなかった。
ただ、なにか伝えなきゃ、なにか変えなきゃって、それだけだった。
ユメは不思議そうに笑った。「なに? どうしたの?」
笑顔が、痛い。
それが“最後の笑顔”になりませんようにって、心の中で祈った。
⸻
放課後、夢と同じように、彼女が「寄り道して帰る」と言い出した。
「ちょっとだけだよ。駅前のカフェ寄って帰ろうと思ってて」
その言葉に、胸がズキンと痛んだ。
夢で彼女が死んだのは、まさにその帰り道だった。
「やめたほうがいいと思う」
口から、勝手に言葉がこぼれた。
「え……?」
ユメが驚いた顔で僕を見た。
僕はごまかすように続けた。
「なんとなく、悪い予感がするっていうか……今日だけは、いつも通り帰った方がいいと思う」
沈黙のあと、ユメは少しだけ笑って言った。
「……そっか。じゃあ、今日はやめとこっかな」
ホッとした。心の奥に詰まっていた何かが、ほんの少しだけ溶けた気がした。
「一緒に帰ろっか」
ユメの言葉に頷いて、二人で校門を出た。
これで、運命を変えられるかもしれない。
少しだけ、希望が芽生えた瞬間だった。
でも。
そのときだった。ビルの上から、金属音のような音が響いた。
キィイ……ン。
「……え?」
ユメが顔を上げる。
次の瞬間、空から何かが落ちてくる音がした。
僕の背中に、ぞわっと冷たいものが走った。
(まだ……終わってない――?)