9話 魔法の上達
疲労で憔悴しているわたしのもとへ、大柄な男性と気さくな青年がやってきた。
「嬢ちゃん! あんた、ほんとにスゲーなぁ! まさかたったひとりでベヒーモスの群れをやっちまうなんて!」
「うんうん! お嬢さん、身なりが良いし只者じゃないとは思ってたけど、まさかこれ程とはねぇ。恐れ入ったよ」
「そ、そうですか? ……えへへ、なんだか照れますねぇ!」
褒められることに耐性がないわたしは、つい調子に乗って照れ笑いしてしまった。きっと今のわたし、凄く気持ち悪い顔をしてるよ。
「そ、そういえば、怪我した方は大丈夫ですか?」
「……実はかなり傷が深くてな。レントの町までまだ距離があるから、それまでに化膿しなきゃいいんだが……」
「そ、そんな……」
せっかくベヒーモスの群れを倒したのに、重症者が出てしまっては悲し過ぎる。
もしあのとき、わたしが勇気を出してもう少し早く戦っていれば……。
後悔が胸を突く。
でも今さらそんなことを思っても後の祭りだ。あのときのわたしは、どうやっても恐怖で身動きできなかったのだから。
わたしたちは荷台に戻り、苦悶の表情を浮かべる若者を介抱する。
手持ちの傷薬と包帯で簡易的な治療は施してあげたけど、包帯はすぐに赤く染まってしまう。
出血が思ったより多いから、このままでは最悪のケースも考えられるよ……。
「くそっ! せっかくベヒーモスの群れを倒したってのに、怪我人が出たんじゃ試合に勝って勝負に負けたって気分だぜっ!」
大柄の男性が苛ついたように言う。言い方は悪いけど、わたしも同じ気持ちだ。これじゃあ、素直に勝利を喜べない。
「……何か、打つ手はないかな……」
懊悩していたとき、ミーちゃんがわたしに提案してきた。
「ミミミミミィ~?(リリティが治癒魔法を使えば良いんじゃないかな?)」
「え? ……わたしが治癒魔法を?」
「ミィ!(そう!)」
「で、でもわたし、治癒魔法なんて使えないよ? 何度も言ってるけど、わたしは魔力制御が下手すぎて簡単な身体強化魔法しか使えないし……」
身体強化は、すべての魔法の中で最も簡単でポピュラーな初級魔法だ。全身に漲る魔力を増幅させるだけだから魔力制御のセンスがなくても修得できるし、魔力総量が低い剣士や重戦士でも修得している人は多いらしい。
だから魔力制御が苦手なわたしでも身体強化は使えた。でも治癒魔法となれば、それなりに高度な魔力制御のセンスが必要となる。さらに治癒魔法に対する適性もなければ使えないだろう。
「ミミミ! ミミミ、ミミミミィ~! ミミミミ、ミィ~!(大丈夫だよ! リリティは気づいてなかったかもしれないけど、そのネックレスには魔力制御を自動でサポートする効果が付与されているみたいなんだ! だから魔力制御が苦手なリリティでも、今は初級魔法くらいなら問題なく使えるはずだよ!)」
「そ、そうなの? ……それなら、もしかしたらやれるかも」
わたしはロクに魔法が使えないクセに、いっちょ前に魔術書を読むのは好きだったから、治癒魔法の術式は何となく覚えている。
わたしはベヒーモスの咬傷を受けた若者の肩に手を当てた。そして記憶している治癒魔法の術式をイメージしながら、強く念じる。
「……っ!」
すると微かにわたしの手から翡翠色の光が放たれていき、若者が受けた肩の咬傷が徐々に塞がっていくのが視認できた。
「……これは、治癒魔法か……」
大柄の男性が感心した声をあげる。治癒魔法の使い手は少なく、魔法使いの中でも治癒魔法の使い手は希少らしい。だから冒険者たちは、こぞって治癒魔法の使い手をパーティーに入れたがるという。
一度、治癒魔法を発動してからは早かった。本来なら完治するのに数か月はかかる傷だったと思うけど、ものの数十秒で傷を塞ぐことができた。
まだ咬傷の痕は残っているけど、最悪の状況は脱したと思う。
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