6話 旅のはじまり
家を出たわたしとミーちゃんは、一番近い町まで歩いたのち、夜行馬車に乗って南部のアウルヴィッツ地方を目指した。
アウルヴィッツ地方には、大魔女エリクシアが住まう死の山があるらしい。アウルヴィッツの王都アレンシアは兵力をあげて死の山に進攻したらしいけど、大魔女が率いる魔物軍団に返り討ちに遭い多くの犠牲を払ったのだとか。
そんな大魔女と魔物軍団相手に、ロクに魔法も使えないわたしなんかが行っても無駄死にするだけかもしれないけど……。
あと三日でこのリディア大陸が海の底に沈むと知ったからには、何もしないわけにはいかない。とりあえずミーちゃんは凄く強いっぽいし、なんか凄い人を仲間にすれば何とかなるよね。……うん。
わたしとミーちゃんは馬車……と言っても、農夫が使うような大型の荷台を馬に引かせたような無骨な乗り物に乗って、冷たい夜風に当たりながら満天の星空を見ていた。
荷台にはわたしとミーちゃん以外にも何人か乗っている。皆さん、わたしより年上の男性で、剣や斧を携行している。きっと冒険者なんだろうね。
ひと際、大柄な中年の冒険者が、不思議そうに尋ねてきた。
「嬢ちゃん、随分、派手な格好をしているなぁ。まさか、どこかのお貴族様かい?」
「いえいえ、とんでもないです。わたしなんてタダの平民で、この服はおばあちゃんが残してくれた大事な形見ってだけなんで」
「へえ、嬢ちゃんのばあさんは良いセンスしてたんだなぁ。……ところで、そっちの丸っこいのは魔物に見えるが……?」
中年の冒険者はミーちゃんを指さして不審そうに尋ねてきた。
わたしは精一杯、明るい表情でミーちゃんに害意が無いことを伝える。
「あ、こっちの子はわたしの召喚獣のミーちゃんです。見た目は魔物ですが、とっても賢くて良い子ですよぉ!」
「ミィ~!(おいらは怖い魔物じゃないぜ~!)」
「召喚獣だって?! ……てことは嬢ちゃん、アークウィザードかい? まだ若いっていうのに、こりゃあたまげたぜ」
感心するおじさんに適当な愛想笑いを向けるわたし。アークウィザードと言っても、初級魔法すらロクに使えないポンコツですが……。
そのとき、若いさわやかな剣士風のお兄さんが満面の笑みで言った。
「アークウィザード様がいるなら、道中、強い魔物が現れても安心だな! お嬢さん! どんな奴が現れても、とびきり強力な魔法で撃退してくれることを期待してるよ!」
「え? あ、あはははは……! ま、任せてくださいっ……! わ、わたしがいれば、たとえ大魔女エリクシアが来ても追っ払ってやりますから……! ね、ミーちゃん……!」
「ミィ~!(その意気だよ、リリティ!)」
大風呂敷を広げたわたしに対して、ミーちゃんはあくまで肯定的な反応を示す。冒険者風の男の人たちは、そんなわたしたちを温かい目で見つめていた。きっと、わたしなんて大した魔法使いじゃないってバレてるんだろうなぁ……。なんか恥ずかしい。
「うわっと!」
そのとき、突如、馬車が急ブレーキをかけたから乗っているわたしたちは体勢を崩してしまう。
何事かと、大柄の冒険者風の男性が御者に尋ねた。
「旦那、一体どうした?」
「……ま、マズいですねぇ……。……どうやら、知らずにベヒーモスの縄張りに入っていたみたいで……」
「なんだと?!」
冒険者風の男の人たちに動揺が走る。わたしもベヒーモスと聞いて戦慄した。
ベヒーモスは中型の獣型魔物で、この地方では「強い魔物」に分類される厄介な魔物だ。単独でもかなり強いけど、群れをなすと上級魔物ですら食い殺す戦闘力を発揮する。
わたしは日頃から魔物の足跡や気配に気を遣っていたから、中級魔物以上の強敵には遭遇したことはない。でももしベヒーモスに遭遇していたとしても、わたしの力じゃ敵わないから全力で逃げていたと思う。
前方を見る。たしかにそこには、おびただしい数の赤い双眼が夜の闇を射抜きこちらに向けられていた。
「なんでベヒーモスの縄張りを迂回しなかったんだ?」
「す、すみません。昨日まではベヒーモスの縄張りはここから東に約一〇キロ離れた森の中だったんです。それが運悪く、街道の方に移動していたみたいで……」
「……ちっ、ツイてねぇなぁ。ベヒーモスの奴ら、縄張りを変えやがったのか」
群れをなす魔物が定期的に縄張りを変えることはよくある話だ。でも昨日まで平穏無事だった街道に、突如、ベヒーモスの群れが出現するなんて、よほど勘の良い人じゃないと思わないだろう。御者のせいじゃない。
「仕方ねぇな。おい、オメーら、力を貸せ。ちょっと厄介だが、全員でやれば何とかなるだろう」
大柄の男性の言葉に冒険者風の方々は首肯し、緊張の面持ちで武器を手に取って荷台を降りていく。
わたしはソワソワしながら、皆さんを見送ることしかできなかった。だってベヒーモスの群れなんて、わたしにはどうしようもできないから……。
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