2話 黒い毛玉の魔物の名前はミーちゃん!
凄まじい戦いだった。初級魔物のストーンゴーレムくらいなら倒せるわたしだけど、黒い毛玉の魔物はすばしっこくて、攻撃が全然当たらなかったよ。
おかげで家の中はぐちゃぐちゃ。観念したわたしは、黒い毛玉の魔物の退治を諦めて部屋を掃除していた。
「ミィ! ミミミミィ!」
なぜかわからないけど、黒い毛玉の魔物も箒を持って楽しそうに掃除を手伝ってくれているんだよねぇ。悪い魔物かと思ったけど、もしかして良い子なのかな?
「え、えっとぉ……。……き、君、悪い魔物じゃないんだよね……?」
「ミィ~!(悪い魔物じゃないよ~!)」
ぴょんぴょん飛び跳ねて笑顔で応える黒い毛玉の魔物。「ミィ~!」って鳴いているだけなのに、わたしにはこの子が「悪い魔物じゃないよ~!」と応えてくれたのがわかった。どうやらわたしは、この子の言語が理解できるようになったらしい。
わたしは〈魔の封印書〉を手に取って、恐る恐る黒い毛玉の魔物に問いかける。
「き、君、この本に封印されてたんだよね?」
「ミィ! ミミミ、ミィイ!(そうだよ! おいらはその本に封印されていた超強い魔神なんだ! きっとおいらの力を見たら、リリティも驚くはずだよ!)」
「超強い魔神? ……って、わたしの名前、知ってるの……?!」
「ミィ! ミミミ、ミィイ!(当然! だっておいらはリリティの召喚獣だから! 召喚獣と使役者とは精神で繋がるから、リリティのことなら何となくわかるよ!)」
「……召喚獣? ……わたし、アークウィザードになったの?!」
衝撃を受ける。魔法使いにはいろんなクラスがあるけど、中でも召喚獣を使役する魔法使いは、召喚士とかアークウィザードと言われる上級職に属するから。
「で、でもさ、君、見るからに弱そうだよ? ……それに、悪魔族みたいだけど……?」
尋ねると、黒い毛玉の魔物はつぶらな愛らしい瞳を釣り上げて憤怒した。
「ミミミィ?! ミミミミミミっ! ミィ!(悪魔族だったら何なの?! それに魔物を見た目で判断すると後悔するよっ! リリティはまだおいらの力を知らないからそんなことが言えるんだ!)」
「ご、ごめんんんんん! 君、小さいのになんか凄い迫力だよ?! とっても怖いよ……?!」
なんだろう、本能的にこの子は怒らせちゃダメな気がする! キャベツくらい小さい黒い毛玉なのに、どうしてぇ……?!
ま、まあでも、たしかにこの子の言う通りだよ。実際、初級魔物みたいな見た目でも上級魔物でした……なんてことは冒険者あるあるだって聞いたことあるし。魔物を見た目で判断しちゃダメだよね。
このまま黒い毛玉の魔物を怒らせたら報復されそうな気がした。だからわたしは、そそくさと話題を変えてこの子のご機嫌を取る作戦に移行する。
「そ、そうだ! 今日は天気が良いし、あとで薪拾いでも行こうと思ってたんだよねぇ~! き、君も一緒に行くぅ?」
「ミミィ! ミィ~(お、いいね! 行こ行こ~!)」
意気揚々と気乗りしてくれた黒い毛玉の魔物。
わたしは黒い毛玉の魔物を連れてお散歩することにした。
◇◇◇
わたしが住んでいるリディア大陸は、温暖な気候で自然豊かな土地柄で、農業と商業が発展している。
リディア大陸は世界で最も住みやすい土地らしいけど、最近では南部のアウルヴィッシュ地方は大魔女エリクシアの支配力が強くなっているらしく、強力な魔物が多く出没するようになったのだとか。まあ、北部のフィッツガルド地方に住んでいるわたしには無関係な話なんだけど、もし自分が超強いアークウィザードだったら大魔女を討伐しにいくのに……なんて妄想をすることはよくある。
とはいえ、わたしは魔力制御もロクにできないポンコツ魔法使いだから、大魔女討伐なんて夢のまた夢なんだけどね……!
春の陽光が温かく、遠方の山影がくっきり見えるくらい今日の空気は澄んでいる。
わたしは黒い毛玉の魔物と街道を歩きながら、身体を伸ばして新鮮な空気を吸った。
「う~ん! 今日はとっても良い天気ぃ~!」
「ミィ~!」
黒い毛玉の魔物は、ぴょんぴょん跳ねながらわたしの隣を闊歩? している。最初見たときは黒い不気味な魔物だと思ったけど、こう見るとつぶらな瞳は可愛いし、フサフサした毛並みは触ったら気持ちよさそうだ。あとでモフモフさせてもらおうかな……。いやいや! 夜寝るときの抱き枕にするのも良いかもしれない!
なんて妄想していると、知り合いのおばさんとバッタリ出会った。
「あら、リリティちゃん、おはよう! 今日も、とぉ~ってもめんこいね~!」
「あ、おばさん! おはようございます! 今日は町まで買い物ですか?」
「そうなんだよ。最近、大魔女のせいでアウルヴィッツからとの交易が上手くいっていないって聞いたからね~。食糧不足になる前に、リリティちゃんも食べ物を買い込んでたほうがいいわよ?」
「なるほど~。でもわたし、自給自足なんで大丈夫です!」
「そうかい? 自分で食料採集もできるリリティちゃんはいいわね~、おばさん、羨ましいわ~。…………って? ひぃいいいいいいいいいいいいいいい、ま、魔物ぉ?!」
おばさんは、わたしの隣にいる黒い毛玉の魔物を見て腰を抜かしてしゃがみ込んだ。いつもひとりでいるわたしのそばにヘンテコな魔物がいるんだから、びっくりしても仕方ないよね。
わたしは愛想笑いを浮かべて適当な説明した。
「この子は、今日からわたしが召喚した魔物なんです。まだどんな魔物なのかはわからないけど、危害を加えてこないし、お掃除も手伝ってくれたり良い子なんですよ」
「そ、そうなのかい……。まあ、リリティちゃんの召喚獣なら大丈夫そうだねぇ」
胸を撫でおろしてから立ち上がるおばさん。それから黒い毛玉の魔物に笑顔を向けて慇懃に挨拶してくれた。
「こんにちは、黒い毛玉の魔物さん。さっきはびっくりしてごめんなさいね。でもよく見るとあなた、お目目がまん丸で愛嬌のある顔をしているわねぇ。賢そうだし、リリティちゃんにぴったりの召喚獣だわ」
「ミィ~! ミミミ!(えへへ、そうでしょ! ありがと!)」
腰を抜かせて驚いたことに対するお詫びだと思うけど、黒い毛玉の魔物はおばさんのリップサービスに喜んでいた。
「この子、名前はないのかい? 黒い毛玉の魔物さんっていうのも、ちょっとまどろっこしくて呼びづらいからね~」
「名前? そ、そういえば、まだ考えてなかった……!」
つい三〇分前に召喚したばかりだから、名前なんて考える暇なかったよ!
まあ、こういうのは直観でスパッと決めちゃったほうがいいよね?「ミ~!」って鳴くから、ミーちゃんとか?
「……うんと、『ミィ~!』って鳴くから、ミーちゃん、とかどうかな?」
「ミィ! ミミミミィ~!(シンプルで良いね! 気に入ったからミーちゃんでいいよ!)」
自分で言っておいてミーちゃんは短絡的すぎるかな、と思ったけど、当のミーちゃんが喜んでくれたら良いかな!
わたしはミーちゃんの身体を持ち上げて高らかに宣言した。
「じゃあ、今日からあなたはミーちゃん! 仲良くしてね、ミーちゃん!」
「ミィ~!(もちろん!)」
黒い毛玉の魔物の名前がミーちゃんに決まった瞬間だった。新しい家族が増えて気分でとっても嬉しいよ!
「ミーちゃんかい。可愛らしい名前だね~。じゃあ、ミーちゃん、しっかりリリティちゃんを守ってあげるんだよ? 特に下心がある男はダメだ。リリティちゃんは可愛いから、そういう男はちょんと遠ざけるんだよ」
「ミィ~! ミミミィ~!(おう! 任せとけ~!)」
ミーちゃんはおばさんの言葉に全力で応え、謎にやる気を漲らせていた。わたし、男の人にあんまり興味ないから大丈夫だと思うけどな。まあ、守ってくれる召喚獣がいるのは心強いよね。
わたしとミーちゃんはおばさんに別れを告げ、薪を取りに森に入っていった。
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