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口八丁手八丁八丁味噌

夢を見ていた。

昨日、フジと出逢った場所とは似ているようで違う花園に磨りガラスがひとつ。まるで面会室のように置かれている。それとなく触るとひんやりとした感覚が手に伝わってきた。その感覚が心地よくて暫く触っていた。俺の体温で磨りガラスが暖かくなった頃、ガラスの向こうに薄ぼんやりと人影が現れた。

誰のものか分からない声が響く。

「Humpty Dumpty sat on a wall,

Humpty Dumpty had a great fall.

All the king's horses and all the king's men

Couldn't put Humpty together again.


Humpty Dumpty sat on a wall,

Humpty Dumpty had a great fall.

All the king's horses and all the king's men

Couldn't put Humpty together again.」

ハンプティダンプティの歌が聞こえる。なぜと思いながら、磨りガラスに耳を寄せる。

 するとガラス越しの人影が俺にしか聞こえないような小さな声で囁く。

「運命を受け入れろ」

 聞いたことのあるようなないような声は耳に酷くこびりついて、どこに向かうかわからない焦燥を残して泡のようにその空間は消えていった。真っ暗闇の中に突然フジが現れる。

「朝くん?下でお母さんが呼んでるみたいだよ」

「っっなんでお前夢に???」

「それくらい簡単さ!それよりもお母さんはいいの?」

「わかってるって」と答えて眼を開け、起き上がる。なんだか寝た気がしない。そして、昨日と全く変わらない様子のフジとともに下に降りる。

朝ごはんを食べながら、ぼーっとテレビを見ていた。

「続いて、ニュースをお知らせします。昨日、飲食店にて食中毒が相次ぎ、その店数が300以上にも登ると発覚しました。」

思わず、テレビを凝視する。300店以上はさすがに多すぎだろ。

「ねぇ、朝くん。あれ、異常だと思わないかい?」

 ああたった今そう考えてた。

「食べ終わったら、調べに行こうか?」

「いや今日学校あるから」

「大丈夫大丈夫!出席してることにしとくからさ」

意味がわからない。どう返事をしようかと考えている間に、フジが小声で耳元で畳み掛ける。

「君が動かないせいで消える命もあるかもしれないこと忘れないでね。救えるのは君だけだから。」

冷や汗が浮く。ちょっと、それは寝覚めが悪い。

「しょうがないなぁ」

「朝くんならそう言ってくれると思ったよ!さあ行こうか!」

朝ご飯を食べたあと、自室に戻ろうとすると、フジが

「えー!行かないの?」と文句を垂れ出した。

「下調べだよ。虱潰しだと時間が無駄だろ?」

「ふぅん今の時代は便利だなぁ!あっそうそう、部屋に戻ったら昨日渡した羽を貰うね」

羽というのは、刺身事件の次の日、フジは俺に「見えるところに一日中いかなる時もつけておいてね」と渡してきたものだ。お守りだと思って持っていたが何に使うのだろうか。

 自室にフジとともに戻って、言われた通り羽を渡す。

「朝くん。ちょっと苦しいかもしれないけど我慢して欲しいな!」

言っている意味がわからない。首を傾げていると、フジは手のひらに乗せた1枚の羽に息を吹きかけ飛ばす。

すると、羽はするると人型に変化し、見た事のあるいや、毎日見ている人に変わった。俺にそっくりな男は、この世のものとは見えないほど黒く澄んで表情のない目でこちらをじっと見つめてくる。

「俺、、が、、もう1人、、、」

フジは驚いて尻もちをつく俺にふっと笑って続ける。

「migrare et nominare pseudonym」

 部屋の魔法陣がキラキラと光り出し、同時に酷い神経を切り裂くような脳が焼けるような痛みが走る。

「っっっつあついあついあついいたいいたいいたい」

 うわ言のように呟いて、俺は意識の糸を手放した。



「夜くん夜くん起きて起きて!」

 フジの声がうっすら聞こえてくる。誰だよ夜って。俺は朝だぞ?と思いながら、まぶたを開ける。どうやら、20分近く眠っていたみたいだ。

「なあフジ、今俺の事「夜」って呼ばなかったか?」

「ああ。呼んだとも。今の君は夜だからね。」

 ????意味がわからない。それと、さっきの人は、どこにと思って周りをキョロキョロとしていると、フジが口を開いた。

「朝くんなら学校に行ったよ。」

「朝は俺だ」

「んもぉ、飲み込みが遅い時もあるんだな君は。今日1日、さっきの子が朝くんなんだよ。ねぇ、夜くん。僕はなんで生き返りができたと思う?」

「不死身だから。」

「正解っと言いたいところだけど、体が不死身なだけじゃいけないんだ。絶滅したと思っている生物が、実は生きていたとしても世間体的には「死んでもうここにはいない」と認識されるように、生き返っても認識されなければしょうがない。」

「じゃあ、どうすればいいんだ?」

「生者名簿を書き換えればいいのさ。「死んだけど死に戻りました生きてます」ってね。僕は不死身の肉体と共に、その能力を持っていたから不死鳥として死に戻りをし続けているんだ。」

「ちょっと待って。生者名簿ってなんだ?」

「生者名簿というのは、人々がその肉体を個人として認識するための名簿さ。これには、「名前」とその人格や記憶とかの「精神」そのふたつが登録されるんだよ。」

「その話と、俺の今の状況なにか関係あるのか?」

 俺は痺れを切らして口を挟む。

「大ありさ。人格を電気回路のようなものだと考えて欲しい。昨日、渡した羽。一日中付けていてくれただろう?あの羽は、つけている人の人格回路の下書きを学習することが出来るんだ。そこに僕の息を吹き込むことで、回路に電気を走らせて開通することが出来る。そして、下書きを書いた個体に形を変化させ、精神を受け入れる状態に入る。それが、君が見た朝くんだ。」

あの、気持ち悪い美しい視線を思い出す。自分の顔にそっくりなのに別人のような感覚が手に取るように思い出せる。

「君は多分あの子のこと気持ち悪く思ったのかもしれないけど、それは当たり前の事だよ。君は、感情も記憶もある手越朝という存在しか知らないからだ。そう。あの時の彼には記憶も感情もない。だから、朝くんとするためには記憶も感情も与えなければならない。そこで、「手越朝」という「生者の名簿」の登録を彼の肉体に移したんだ。登録を移すと、人格と、記憶とその紐づいた感情いわば人間の精神も移されるんだけどね、移行元はそれらが消去されてしまうと言うデメリットがあるんだ。」

「でも、俺は記憶もきちんとあるぞ?」

「今の君はね、聖剣の加護でインプットはできるがアウトプットが出来ない状態なんだ。だから「生者の名簿」からの自動消去からも守られ、彼には、君の精神のコピーのみが移されたのさ。」

「じゃあどうして俺の事を「夜」って呼ぶんだ?」

「それはね、生者の名簿は登録のない肉体があると、登録をしてくるように僕のところに依頼してくるんだ。要は僕の仕事さ。そこで案の定君の登録依頼が来たから、手越夜として登録して置いたのさ!いい名前だろ?」

「そんなキラキラした目で言われても、、、、ださ」

自分でレスポンスを求めたくせに、俺が感想を言う前にフジは咳払いで遮った。

「まあ、君は今日一日は手越夜くんなのさ!ちゃんと後で君の登録も朝に戻しておくから安心して欲しいな!」

ちょっと情報過多過ぎないか???頭が痛くなってきた。要は、、今俺は「手越夜」として認識されているから、夜と呼ばれてるってことか。なるほどわかるかそんなもの。

顔でも洗ってくるか。そう思って、フラフラと洗面所に向かう。冷たい水が沸騰しそうな思考を優しく冷やす。

顔をタオルで拭いて鏡を見て思わず叫んでしまった。

「なっっ!!へっ???」

髪が、元々茶色だった髪がひと房だけ白髪になり、隔世遺伝で薄い青色の瞳は左だけ黄色になっている。

「やっと気づいたみたいだね!同じ顔の人が同じ町にいるのはちょっとやりづらいかなって思って、僕好みに色を変えてみたんだ!どうかな!!」

あっこれ俺の意見通じない感じだ。さっきも遮られたし。

「あーうんかっこいいかっこいい」

適当に棒読みで返事をして部屋に戻りパソコンを開く。

「はぁ、、、じゃあやりますか。」

よく分からないが、せっかく大きなことをしてまで時間を作ったからには解決したいと思いながら、食中毒事件についてネットの書き込みをひたすら追っていく。

「今回、事件が起こったのはすべてあるひとつの系列のチェーン店で、細菌とかは見つからなくて原因不明。後、被害者は結構バラバラなメニューを食べているみたいだな」

「もしかして、被害者が食べたメニューとかも分かるのかい?」

「まあ、1部だけだけど。デミグラスオムライス、だし巻き定食、ミートソーススパゲッティ、味噌煮込みうどん。分かるのはそれくらいしかないな。」

「うーん。共通点が見えないなぁ、、、ねえ、そのチェーンの会社どこかに下ろしてたりしてないのかい??」

確かに、共通点が見えなさすぎる。フジの言う通りその会社の事業展開について調べていく。

「あった。冷凍食品とお弁当を卸してる。しかも、うちの近くのスーパーに。」

「じゃあ、行ってみようか!」

なんでそんなにワクワクしてるんだこいつ。そう思いながら、予備の財布に貯金を入れて、パジャマのポケットに入れてて無事だったスマホをカバンに突っ込んで、玄関に向かう。玄関には、俺の学生靴がなくなっていた。

「本当にあいつは学校に行ったみたいだな」

「もちろん。さあ朝くんが帰ってくる前にこの事件解決してしまおうか!」

「ん、、」

 ダメだ、「夜」と呼ばれるのも「朝」と呼ばれるのが自分じゃないのも慣れない。

モヤモヤとした気持ちを抱きながら歩きつつ、フジに尋ねる。

「なあ、俺は聖剣に守られてるって言ってたけど、どういうことなんだ?」

「ああ、それは、君の身に不利なことが起こらないって。

 ことだよ」

「具体的には?」

「直に分かるさ!」

 そういうとフジは、スーパーの看板に指をさす。

「君が言っていたスーパーってあれかい?」

「そう。あのスーパー。」

フジはなんだか楽しそうしながら、俺の手を掴んで、「急ごうか」と俺に呟く。その瞬間、ものすごい風が吹いて思わず目を閉じる。

「よぉし!ついたぞ」

フジの楽しそうな声で目を開けると、2キロくらい先にあったはずのスーパーの目の前にいた。

「フジ!???」

目を白黒させながらフジを見ると、フジはふふんと得意げににんまりしたあと、俺をスーパーの中に入るよう促した。

スーパーに入って一直線にお弁当コーナーに向かう。しかし、お弁当はひとつも売っていなかった。近くにいた店員さんににこやかにフジが近づく。

「こんにちは、綺麗なお嬢さん。今日ってお弁当はないのかな?」

やたらナンパ臭い質問を店員さんに投げる。あーあ、店員さん真っ赤になっちゃったじゃないか。

少しの間を開けて耳まで真っ赤にした店員さんが答えた。

「そうなんですよ。なんでも関連工場で食中毒が起こったみたいで、、すみません」

「そうなんですね。ありがとうございます!」

フジはくるりとこちらを向き、「じゃあ冷凍食品の方見に行こうか」

冷凍食品は、運のいいことに、デミグラスオムライスもミートソーススパゲッティもあった。

「買って食べようか!」

ここでみればいいじゃん。そう言おうとした瞬間にお腹がなった。もし食中毒の原因が暗黒エネルギーのせいであれば、俺はまだしもこいつにも影響がないだろう。買うか。

無一文のフジに代わって1つづつオムライスと、ミートソーススパゲッティを買って家に帰る。

帰りも、フジは俺の手を握ってすごい風を吹かせた後、目を開けると家の前にいた。多分、瞬間移動だと思う。

キッチンに入って、商品を開く。どうやら、どちらもソースと本体が分かれているようだ。

「これは、ソースが原因みたいだねぇ。本体の方は大丈夫みたいだ。犯人は卵だと思ってたんだけどなぁ、、、あっじゃなかった夜くん、剣をソースに近づけてみて」

自分で名前を勝手につけたのに間違えそうになってんじゃんか。そう思いつつ、言われた通りにナイフの大きさになっている聖剣を取り出す。

「あっそれくらいの暗黒エネルギー量なら、鞘に入ったナイフのままで十分さ」

フジがそう言うのでそのまま鞘に入った聖剣を先にオムライスのソースに近づける。すると、取り出した時からほんのり青い光を発していた聖剣はポウッと強く光って元の光の強さに戻った。

「うん。これで暗黒エネルギーは退けられたね。ミートソースの方も頼むよ」

ミートソースも聖剣で暗黒エネルギーを退けて、商品の裏に書いてある通りに調理をする。俺はオムライス、フジはミートソースを食べたが、まあ普通に美味しかった。

「お腹もいっぱいになった事だし、真犯人を探しに行こうか!」

そういうフジに、

「そういうお前ももうわかってるだろ。これの犯人は、味噌だ。」

「僕がわかっているかは置いといてどうしてそう思うんだい?」

「だって、このデミグラスもミートソースも食品表示に味噌ってあるし、定食には味噌汁が付いてくる。うどんに限っては、もう味噌煮込みうどんで味噌を使ってる。」

「うんうん!そうだね!じゃあこれからどうするんだい?」

「ここのお客様センターに電話して、どこの味噌を使っているのか聞く。でだ、フジ、お前こういうの得意だろ?」

「しょうがないなぁ、かけてあげようか。」

電話番号記入済みのスマホをフジに渡す。いくつかのコール音の後、電話は通じた。

「あーもしもし?こんにちは。いやぁ、今日御社の商品のミートソーススパゲッティを食べましてね。あんまりにも美味しいから隠し味にどこの味噌を使ってるのかなって思って電話したのですが」

フジがそういうと、電話の向こうで少々お待ちください。と聞こえてきた。

2分ほどたった後相手は帰ってきて、フジと話し始めた。

3分くらい話して、通話は終わった。

「何か分かった?」

「うん。味噌は、八丁味噌風味噌で、工場は君の学校の裏だ。」

短時間でどうしてそこまで聞けたんだ。この人たらしは恐ろしい。

「じゃあ、行ってみようか!」そう言ってフジは、玄関に向かい始めるので、俺も聖剣とスマホと財布をまたカバンにぶち込んで追っかけた。

今度は、瞬間移動は使わなかった。いつもの通学路を歩いてまず学校にむかう。学校の前でフジは立ち止まった。上を見ている。彼の目線の先が見なくてもすぐわかった。俺の席だ。窓際の1番後ろ。道路から丸見えの席だ。そこの席には俺そっくりの人がつまらなさそうに授業を受けているのがはっきり見えた。はっきりいって気味が悪い。早くここの道を抜けたいと思う気持ちが募るのに、フジはそいつに向かって手を振った。そいつはフジに気づいて眉間に皺を寄せる。その挙動は確かに俺そのものだった。

「なあフジ早く行こう」

そう言いながらフジの髪を引っ張って学校を後にする。学校を過ぎると一気に気が抜けた。

「いやあごめんごめん。様子少し見たくてね。あっ着いたみたいだね」

 そうフジが指さす方には味噌工場の看板と本日休業の文字が書かれている。

「本日休業じゃんか、、」

「僕達ついてるね!」

「中に入れないぞ?」

 そう言って、俺は目の前のクソでかい門を見る。

「まあ、見ていたまえ!」

 何故か胸を張ってフジは鍵の前に立つ。1、2分がたった後、ガチャりと鍵の開いた音がした。

「開いたぞ!中に入って見ようか」

「今のは魔法か?」

「いやいや、ピッキングだよ。ピッキング」

 そう言って、俺に針金を見せつけてくる。

 2人で中に入ると、原因の場所はすぐに見つかった。膨大な量の暗黒エネルギーが溢れ出ている扉が門を入ってすぐのところにあった。

「ここみたいだね。よぉしまた開けるぞ!」

 フジは意気込んでまたピッキングで鍵開けに取り掛かる。なぜ魔法じゃなくて、わざわざピッキングなのだろうか。そう思いながらフジを見守っていると、またガチャりと鍵の空いた音がした。

「夜くん、聖剣大きさ戻して準備しておいて。」

言われた通り、鞘から取り出して元の大きさに戻した剣を構えてドアを開く。

 扉が開くと同時にどっっっと暗黒エネルギーがおしよせてくる。

「夜くん、あれが見えるかい?」

 真っ黒い塊がゆらゆらと動いているのが見える。

「ああ、見える」

 俺がそう言った時、聖剣がパッと強い青い光を放つ。こないだは意識を失ったが、今回は違った。聖剣に体を乗っ取られ、暗い空間に押し込まれた俺の意識の前にはスクリーンが広がっていた。どうやら俺の肉体がみているものをリアルタイムでみれるようになっているようだ。外の声も聞こえる。まるで4DXの映画館だなと思いながらスクリーンの目の前にぽつんとある椅子に腰かける。スクリーン横のスピーカーからフジと俺の声が聞こえる。フジは俺の肉体の所有権が聖剣に代わっていることには驚いていないようで、帰って懐かしいような顔をしている。俺の肉体がなにか喋っているのも聞こえ、副音声のように考えていることも聞こえてくる。情報多すぎだろ。

すると突然、スクリーンが真っ暗になり、音も聞こえなくなって、そして人の気配を感じた。そいつはズカズカとこっちによってきて、俺の横に立ち止まる。「こっちを見るな。見たら、お前の体を貰うぞ。」と言葉を聞いてないはずなのにそう言っているのがわかった。言われた通り、見ないでいると、そいつは耳元に息がかかるまでの距離に顔を近づけ「お前にとっての初試合だな」と、夢の中で聞いたあの声で囁くと、消えた。そいつが消えるとまた、スクリーンは映り、音声は戻ってきたのだった。

俺は、何もすることがないから、ずっとそのスクリーンと音声に耳を傾けていた。

音声からは俺の体の声帯から出るとは思えない落ち着いた声がたんたんと聞こえてくる。内容はよく理解が出来ないが、思考の形だけは触ることが出来た。映像は、的確に聖剣が暗黒エネルギーの闇を切り除けていることが分かる。気持ち悪いほどに外さない。まるで、過去に何度も同じ戦いをしてきたような動きである。

「っし」

アクション映画を見ているような気分の俺は、暗黒エネルギーを切り裂いて、部屋の中心の真っ黒に包まれて元の形のわからなくなっているものまでたどり着いた時、思わずガッツポーズをした。

スクリーンには、その黒い塊を容赦なく切り刻む様子が写っている。黒い飛沫が弾け飛ぶ。

「っっっあ、、人、、、、間、、、、じゃないか」

黒い塊は人間だった。そうだ。飛沫はてらてらと聖剣の放つ光で赤黒く光る。

「ご名答だよ。使い手くん。」

いつの間にか、人の気配が俺の隣に来ていた。

「さあここからが君の番だ。目をつぶれ。」

そいつは、手をパンッと鳴らすと、目の前には、血みどろの真ん中に転がる刀傷だらけの人があった。

「さあ、夜くん。君の手でトドメを指すんだ。」

 フジが俺を急かしてくる。

「なあフジ。この人はなにかしたのか?どうしてどうして殺さなければならないんだ?」

「君にしかできない仕事なんだ。頼むよ。君がトドメを指すことでこの人は救われるんだ。」

救われる、、?

「谿コ縺励※縺上l谿コ縺励※縺上l」

悲痛な悲鳴を上げながら血まみれの人はこちらに襲いかかる。さっきまでは持っていなかったはずのナイフを俺に向けてくる。

「やめろ!くるっくるな!!!」

そう叫びながらへっぴり腰で後ずさる。

ずるっ

なにかに足を取られて後ろに倒れる。生臭い匂いが鼻について俺はそれが血液であることを悟った。

「縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ=縺√=!!」

ナイフを持った血まみれの人はどんどん近づいてくる。

 ダメだこのままでは殺される。

「ああああああっっっ!!!」

 よく分からない言葉を発しながらその人の心臓辺りを聖剣で貫いた。聖剣は強い光を放った後元の光の強さに戻る。暗黒エネルギーを退けたようである。すぐに剣を体から引き抜くと、差し口から噴水のように血が吹き出す。

遠くでフジの歓喜の声が聞こえる。

「よくやってくれたね!夜くん!じゃあ始めるね。」

「Causa et effectus. figura ad rectam」

フジの声は工場の無機質な空間に響き渡る。

次の瞬間、目の前の死体から強い光が放たれた。呼応するように工場全体が光り輝く。俺は、そのまま意識を失った。

「夜くん。帰ろうか。」

 フジの声で目を開ける。目の前にあったはずの死体はもうなく、その代わりおじさんが倒れている。寝ているようだ。なぜ、死んでないんだ?俺が確かに殺してしまったはずなのに。

「えっフジ、、この人俺が、俺がえっ??えっ」

 俺が狼狽していると、フジはにっこりして答えた。

「だから、僕は「トドメ」をさしてって言っただけで「止」を刺せとは言ってないからね!暗黒エネルギーでねじ曲がった因果が正しい因果に戻っただけだよ。君の剣が暗黒エネルギーを退けてくれたからこの人は正しい因果に戻れたんだ。だから言っただろ?救われるってさ」

そうなら、先に行って欲しかった。とりあえず死んでないのならいいか。手に残る肉を突き刺す感覚に見て見ぬふりをして、フジに言う。

「そろそろ帰らないか。学校が終わる時間だからさ」

「うん。そうだね!帰ろうか。」



もうダメだ情報が多くて今日はもう寝たい。そう思いながら、自室のドアを開く。

「わっ」

ドアを開いてすぐに俺にそっくりな、いや今の「手越朝」が座っていた。

2人で見つめ合いながら固まっていると、俺の肩にフジが手を置いて、言い放つ。

「prohibere movere」

相手の動きが止まる。いや、瞳孔が動いているからただ動けなくなっただけだ。

「じゃあ夜くん。朝くんの首を掻き切って!」

そういうと、フジはナイフ型に戻した聖剣を俺に渡してくる。

「大丈夫大丈夫。彼は人間じゃないからね」

いやそういう問題じゃないだろ。あいつは確かに人間とは厳密に言えないかもしれないが、それでも人間と同じようなものだろ?それをどうして殺さなければならない

「んもう、、無駄に高い倫理観だなあ、ほら夜くん。僕の目を見て」

 フジは手で俺の顔をクイッと自分の方に向けて、俺の目をじっと見つめてくる。普段とは違う引き込むようなフジの目から目が離せない。どうにかして、目をそらさなきゃやばい気がする。

するとどこからか声が聞こえてきた。

「朝!フジの目を見るな!」夢の中で聞いた声だ。

「ん、聖剣くんは黙っててね」

 フジはそういうと俺の顔を両手で抱えて、無理やりに目を合わせてくる。あっもうこれ逃げられない。そう観念して、フジの瞳を見ると、すぐに意識がふわふわとしてくる。思考が回らない。情報過多で疲労した精神を柔らかく包み込まれ、思考の糸をまた1本1本てばなしていく。ぽっかり空いた空間にフジは容赦なく手を突っ込んで俺の煩わしくなってしまうほどの思考の肩代わりをしようとしてくる。ああもういいやと思って最後の思考を手放すと夢現のような状態で剣を持たされた。

「さあ夜くん。あの子の首を掻き切ってあげて」

 言われた通りに、動けない朝の首に聖剣を突き刺す。

 突き刺した剣は、青く眩く光って目の前の人型を飲み込んだ。

「ご苦労さま!君ならできるとおもったよ!」

 俺はいま、絶対に人の喉を突き刺した。遅れてきた思考がそう告げるのに対して、目の前には、1枚の羽と俺の目の色にとてもよく似た青い玉がひとつ転がるだけだった。

「なあ。今俺あいつを刺したんだよな?あいつの死体はどこに行ったんだ?後、お前、俺に、何をした。」

「軽い催眠をかけただけだよ。そうしないと君なかなかやってくれないじゃないか。あの子は、人間じゃないって言ったよね。本来の姿が君の目の前にある羽なんだ。」

 そういうと、フジは転がっている青い玉を手に取る。

「さあこれをなめて。今日一日の君の学校での記録が全部ここに入っているんだ。これを飲むことで、君は「手越朝」に戻れるんだ」

そう言われて、言われるがままにその玉を口に入れる。飴玉みたいに甘いそれは、脳裏に体験していないはずの記憶を五感すべてを使って再生してくる。追体験ができるようだった。学校で思ったこと、考えたことが流れてきて、目を閉じてその記録に集中することにした。

いつも通りの学校の1日だった。特に特筆することと言えば、母さんの手作り弁当をリアルに食べたかったということだけの普通の日だった。

家に帰ってきて自室ゆっくりしていると、見た事はないが自分に似た人とフジが突然入ってきた。あっこれ俺の事だと思いながら、続きを見る。フジが呪文を唱えるところで終わっていると思った記録は終わっていなかった。

身動ぎができな息苦しさと恐怖が生々しく伝わってくる。

俺が剣を構えて虚ろな目でこちらを向いてくる。どんどん近づいてくる切先に今すぐ逃げたいのに体が動かない。ものすごい恐怖が精神を硬直させる。これから迎えるであろう、死に意識が向くのを必死に堪えているのが伝わってくる。ああ、こいつは最後まで俺を信じようとしていたのか。

 そう思っている間に、喉に切先がヒヤリと当たって来るのを感じた。痛みが一瞬劈いたあとに、ものすごい熱で焼かれるような逃れられない苦痛が喉に感じる。

「っっっあああっっっ」

ものすごい苦痛に目を覚ます。頬には涙が伝っているのに気づいた。

「やあ、朝くん。おはよう。追体験はどうだったかな?」

「最悪だったのくらい見りゃわかるだろ。」

 フジの呼び方が朝に戻っている。ああ、俺は朝に戻ったのか。そう考えると同時に襲ってくる眠気に負けて、そのまま眠りに落ちた。

「おやすみ。朝くん。良い夢を」

そう言うフジの声が聞こえた気がした。



 


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