Level.90『鬼牙種の迷宮』
異界門の中には迷宮が広がっている。
基本的に迷宮は洞窟型のものが比較的多いが、それは今まで俺が攻略してきた門のレベルが低レベルであるからして、高レベルの迷宮は一味違う。
門のレベルが上がるごとに迷宮はより複雑に、そして迷宮を支配するモンスターの特徴と特色に染まっていく。
具体的な数字を上げるのなら、レベル6を超えた辺りで門の難易度が跳ね上がる。
門の中に入ると景色が一変した。
俺達を待ち受けていたのは、幅15メートル、高さ20メートルはあろうかという、巨人の住処と言っても過言ではない黒曜石で造られた大回廊。
「鬼牙種が造ったんですかね、これ……」
明らかに自然にできたものとは到底思えない。
無骨だが人工物のようにも見える。
ということは、少なくとも怪物にも知能があるということだ。
「さて、どうだろうなぁ」
俺のつぶやきに、ヒロさんが肩を揺らして笑う。
カチャカチャとヒロさんの腰に装備された大剣の金具が鳴る。
チコ先輩は眼鏡の位置を正した。
「迷宮には未だ解明出来ていない謎が多い。この建造物なんかもそのひとつだ。知性の低い鬼牙種がこれほどのものを造れるとは思えないからな」
恐れ知らずな夕日さんを先頭に、俺達は黒曜石でできた回廊をどんどんと進んでいった。
回廊を進むに連れ、威圧感といったらいいのか、火種の危機感知が高まっていくのを感じた。
ふと、夕日さんが辺りを見回しつぶやいた。
「ていうかさ、『洞窟』って久しぶりだね!」
夕日さんの発言に、チコ先輩が反応する。
「言われてみれば確かに久しぶりだな」
「最近は高レベルの門ばかりでしたからね。懐かしいです」
「ああ、一周回って新鮮だな。初心に帰った気がするぜ」
「帰らなくていいよ〜、陰気で空気悪いじゃんここ」
「俺はこの暗さが嫌いじゃない。むしろ好きだ」
物珍しそうに迷宮を見回すGrowのメンバー達。
そう言えば、洞窟型になっている迷宮は低レベルの門だけで、Level.8から上の門は世界が一変すると聞いたことがある。
「高レベルの門ってどんな感じなんですか?」
ふと疑問を口にすると、高レベルの門を知っている先輩方から様々な知見が返ってくる。
「モンスターがうじゃうじゃいるね!」
「ザ・異世界って感じだな!」
「お空が見えますよ!」
「地形が広すぎるな。情報の整理に時間がかかる」
「俺は好きじゃない。引き篭もりたくなる」
「ん〜、デートするなら海が見える孤島かなぁ」
前半3名からは比較的楽観思考の返答が返ってきた。
チコ先輩は相変わらずの戦術的思考で、後半2名は何言ってるのかちょっとわからない。
もちろんその若干2名の中には姉さんの名前があり、迷宮デートとか頭がおかしいとしか言いようがない。
門に入ってしばらく歩いていくと、とうとう俺達の前に奴は現れた。
『ウォルルルルルルル――』
頭に生えた悪魔のような2本の巨角。
右手に握り締めるは骨を削って造られた大骨剣。
体長は軽3メートルはあるだろう。
ヨダレを垂らす口元からは鋭い牙が剥き出し、人型をした体躯は黒い毛皮に覆われていた。
かつてテレビ越しに見たままの怪物が、俺達の前に立ち塞がっている。
異界門Level.6のモンスター《鬼牙種》だ。
「さっそくお出ましか」
チコ先輩のつぶやきと同時に、Grow全員が直ちに臨戦態勢へと移行する。
「鬼牙種との戦闘経験はあるか、織﨑弟」
「いえ、鬼牙種と戦うのは初めです」
愛剣を構えながら、俺はチコ先輩の問に答えると「そうか」と言いながら、チコ先輩は夕日さんに横目を送る。
「なら、まずは日乃神、手本を見せてやれ」
「うん、任せてよ!」
元気よく応じる夕日さん。
「夕日さんひとりで大丈夫ですか!?」
相手はあの鬼牙種だ。
いくら夕日さんが強いといっても、万全を期して全員で戦った方が危険は少ない。
俺は慌てて進言するも、ヒロさんに笑われた。
「ははっ、心配されてるぞ夕日」
「楽勝楽勝、まぁ見てなって!」
勢い良く夕日さんが駆け出した。
その顔はやる気に満ち満ちていて、颯爽と風になる夕日さんを止める手段は存在しない。
一気に鬼牙種との間合いを詰める。
『グガァァァァァァルルルッッ』
全身が竦んでしまうような、獰猛な雄叫びを上げる鬼牙種が大骨剣を振り上げた。
対する夕日さんは丸腰だ。
どうやって鬼牙種と戦うのか固唾を呑んで見守る俺に、チコ先輩が隣でつぶやいた。
「よく見ておけ。日乃神の戦い方を」
それはあまりにも一方的な殲滅だった。
『グガァラァッッ!!』
まず、鬼牙種が大骨剣を振り下ろした。
丸太ほどもある豪腕で振るわれる大骨剣は、小柄な夕日さんの身長よりも遥かに大きい。
直撃すれば夕日さんでも無傷とはいかないだろう――と、そんな俺の考えは甘かった。
轟々と風を斬り迫るその大骨剣が、夕日さんの肩口に触れる、その直前――。
夕日さんの身体から茜色の焔が湧き上がる。
「《勇焔》能力開放20%」
まるで羽虫を振り払うかのように軽く振るった手が鬼牙種の大骨剣に触れる。
次の瞬間、まるで玩具のように、あっさりと大骨剣が罅割れ、氷のように儚く砕け散った。
『――グォッ!?』
粉砕する大骨剣を見て、鬼牙種が大きく瞳を見開いた。
唖然とする鬼牙種の視線の先で、夕日さんがもう片方の拳を握る。
「てりゃ!」
可愛らしい掛け声と共に放たれるのは音速の拳。
戦慄する鬼牙種が拳を避けられるはずもなく、夕日さんの一撃が鬼牙種自慢の胸板を捉えた。
『ガ――』
拳は鬼牙種の胸板に深くメリ込み、耐え切れなくなった鬼牙種の巨体が軽々と吹き飛ばされる。
『――』
それで終わりだった。
吹き飛んだ先で地面に横たわる鬼牙種はピクリとも動かない。
盛大に吐血をカマしていて、圧迫され折れた胸骨が胸から突き出し、地面は鬼牙種の血で紅く染まっていた。
勝敗は呆気ないほどあっさりしていて、あれほど恐ろしく思えた鬼牙種は既に事切れている。
「やっぱり硬いなぁ、鬼牙種の皮膚は。胸を突き破るつもりで殴ったのにさ」
平然と怖いことをつぶやく夕日さん。
「うわぁ、グロい……」
「中身がでないくらいに加減して殴れ」
「もっと荷物運びのことを考えてやれよな」
メンバーからの反応はあまり良くなく、愛梨さんに至っては両手で目を隠しているほどだ。
鬼牙種の強靭な皮膚を砕く威力の拳もそうだが、それ以上に俺が興味を持ったのは夕日さんの一発目の拳。
「鬼牙種の剣をあんなにあっさりと……」
罅割れながら破損していく鬼牙種の大骨剣は、単純に力のみで破壊したとは思えない、まるで自壊でもするかのように不自然な壊れ方をしていたような気がする。
「お前の火種の固有能力はたしか、身体強化と治癒だったな」
俺のつぶやきを聞きつけたチコ先輩の問いかけに、俺は「はい」と頷いた。
俺の火種の固有能力は身体能力を強化する《紫麗の燐火》と、身体を治癒する《翡翠の癒火》のふたつだ。
チコ先輩は夕日さんの方――彼女の身体を纏う勇焔へと視線を向けた。
「日乃神の《勇焔》の固有能力は、身体能力の強化と五感の強化だ」
「五感の強化……」
チコ先輩の言葉を俺は復唱する。
そうだ、とチコ先輩が肯定の意を示す。
「いくら心象武装が類似しているとは言え、全く同じモノはふたつとして存在しない。何故なら心象武装とは人の心の具現化であり、唯一の結晶だからだ」
それは以前、俺が能力者講習会にて薄羽と名乗るギルドの課長にも同じことを言われのを思い出す。
チコ先輩は続けた。
「日乃神の眼には、物体の構造が透けて見えるそうだ。実際僕もこの目で見たわけじゃないから説明は難しいが、物体の構造上一番脆い部分――恐らく『核』を突くことによって物体を劈開させている」
劈開、という言葉の意味はよくわからかったか、たぶんさっきの不自然な自壊のことだろう。
ぶっつけ本番なわけはない。
つまり夕日さんは、狙ってやったということだ。
なんて恐ろしい人だ……。
「経験と知識、そして才能……」
そのどれもが足りていない俺には、夕日さんの積み上げてきた努力の桁が想像できない。
きっと数え切れない修羅場を潜りつけてようやく手にした完成形なのだろう。
いったいどれだけの試行錯誤と労力を捧げれば、俺はあの域に到達できるのだろうか……。
「――ほら、次が来たぞ」
思考に耽る俺の耳朶に、チコ先輩の冷静な声が響いて顔を上げる。
第回廊の奥から、先ほどの戦闘音を聞きつけた他の鬼牙種が姿を現した。
どこまでも冷徹な声が、告げる。
「今のを真似ろとは言わない。が、ああいう戦い方もあるということを脳裏に刻め。それを踏まえた上で、お前の番だ。織﨑弟」
「……っ」
俺はヲリキスの柄を握る手に力を込めた。
冷たい汗が、背筋を伝う。




