Level.85『現実はそう甘くないみたい』
でも、そう上手くはいかないものだ。
わかってはいたけれど。
「ぐぬぬぬぬぬぬ」
心象武装の扱い方――ひいては新たな可能性――を練習してみたがやっぱりできなかった。
頭では理解できているものの、1ヶ所に収束させた火種を『流す』という感覚がどうにも掴めず、思った以上にセンスが必要のようだった。
「理屈は収束と同じ方法だ。心象武装を一点に収束させる際、身体中の炎を集めるだろ。その感覚で収束させた炎を別の場所に移してやればいいんだ。そうだろう、日乃神?」
中指で眼鏡のブリッジを押し上げながら、チコ先輩が夕日さんに話を振る。
夕日さんは腕を組みながら「ん〜」と頭を悩ませていた。
「どうだろう。考えたことないなぁ。ほら。私の場合、なんとなくでできちゃったし」
夕日さんが両腕を広げる見せる。
左手から右手へと、まるで心象武装が手足のように夕日さんの身体を滑らかに移動する。
「そうだな。お前に聞いた僕がバカだった」
己の浅はかさを認めるようにチコ先輩がため息をつく。
「僕は理屈と原理しか知らない。鳥がどうやって羽を動かしているのか想像しかできないように、こればかりは本人にしかわからない問題だ」
そしてチコ先輩は諦めたように首を横に振った。
「まずは収束率100%を完璧にマスターするんだな。話はそれからだ」
❦
俺はチコ先輩から言われた通り、収束率100%の訓練をひたすら続けた。
言わずもがな昼間の訓練もそうだし、隙間時間や日常生活の至るところで収束率の訓練を四六時中行った。
その成果もあり、初めはおぼつかなかった収束も、3日経つ頃には感覚に慣れ始め、今では戦闘に活用できるレベルまで安定させれるようになった。
俺一人だったなら、短期間でここまで成長することは叶わなっただろう。
全ては【Grow】のメンバーが俺に協力してくれたからに他ならない。
類似する心象武装を持つ夕日さん然り、ヒロさんや愛梨さん、特に始めは乗り気ではなかったチコ先輩までもが俺の訓練に参加してくれたことが大きかった。
「こう」とか「そう」やら「アレ」など、感覚でコツを掴む人特有の独特なアドバイスをくれる夕日さんの言葉を、頭の悪い俺にも分かるようチコ先輩が要約してくれる。
訓練を始めて一週間が経過した。
「うんうん! だいぶサマになってきたね!」
「意識して5秒は収束に時間がかかりすぎだ。パーティー戦ならともかく、個人戦じゃ使い物にならない。日乃神は無意識で1秒とかからないぞ」
「まぁそう言ってやるなチコ。まだ訓練を始めて1週間だ。かなり成長してる方だと俺は思うぜ」
「僕は事実を言ったまでだ」
夕日さんとの対人戦の訓練。
何だかんだ言いながらも付き合ってくれるチコ先輩の毒舌に、ヒロさんが優しくフォローを入れてくれる。
「収束率の方は大丈夫そうだね。問題は『流す』方なんだけど……」
そう、問題は収束させた火種の流し方だ。
収束率100%に関しては地道に成長している実感が得られているものの、『流す』方はかなり苦戦を強いられていた。
「ぐぬぬぬぬ」
『流す』こと自体は俺にもできた。
チコ先輩のアドバイス通り、収束させる過程で全身から火種を集めるときと同様の感覚で火種を『流す』。
左足に100%収束させた火種を右腕へと移動させる。
ここまでは大丈夫だ。ちゃんとできている。
問題は『流す』速度にあった。
「論外だな。遅すぎる」
火種を流し終える前にチコ先輩の毒舌が飛ぶ。
時間にして凡そ10秒。
左足から流した火種は右手どころかまだ腰の辺りにしか到達できていない。
変に意識しすぎているから遅いのか。
逆に意識を薄めた途端、収束させていた火種が発散してしまった。
「くっ……」
自身の不器用さに俺は歯を噛み締めた。
「どんまいどんまい! もう1回やってみようぜ」
暖かい声援をかけてくれるのはヒロさんだ。
「おい、磐井」と厳しい口調はチコ先輩のもの。
「できないことを何度やったところで結果は同じだ」
「そんなことねぇだろ。努力に無駄なんてことはねぇ」
「あるさ。何も考えずただひたすら同じ動作を繰り返すことを努力とは呼ばない。それは失敗の反復だ」
チコ先輩は相変わらず言葉がきつい。
口喧嘩では勝てないとわかっているのか、ヒロさんと夕日さんは互いに目を合わせて苦笑した。
そんなふたりを見て、チコ先輩はどこか不服そうな顔で「こほん」と咳払いをした。
「と、言っても、自主練だけだと成長に限界があるか。実戦を組み込んでみた方がいいかもしれないな」
早口でまくしたてるや否や、チコ先輩はショートパンツのポケットから携帯を取り出し、誰かに電話をかけた。
「もしもし、僕だ」
名前ではなく第一人称を語るチコ先輩。
電話の相手は知人だろうか。でなければオレオレ詐欺ならぬボクボク詐欺の手口である。
「……今日本に帰ってきてる。……ああ、そうさ。単刀直入で悪いけど、今空いてる門を斡旋してくれ。できればレベル6以上の門だとありがたい」
何だか不吉な単語が出てきたような気がする。
「ああ、それでいい。すぐに向かう。わかった。それじゃ」
何度か言葉を交わした後、電話が終わる。
チコ先輩は俺達の方に振り向いた。
「ちょうど今、空いている異界門があるそうだ。準備しろ。すぐに向かうぞ」
「やったー!」夕日さんが飛び跳ねる。
「おいおい、俺たち休暇中じゃなかったのかよ?」ヒロさんが苦笑混じりに肩を揺らす。
「えぇ〜私寝てたいんすけどぉ」ぐうたら癖のある姉さんはあまり乗り気な様子ではない。
「なら早速荷物を纏めないとですね!」温厚そうな愛梨さんは何故か気合が入っていた。
呆気に取られる俺とは違って、クラン【Grow】のメンバーは皆慣れている様子だった。
「門ってけっこう簡単に斡旋してもらえるんですね……」
通常異界門の斡旋はギルドを通して行われる。
出現と同時に門からモンスターが溢れ出て来る異界崩壊や、門の発生に一般人が巻き込まれる異界災害など緊急性がないケースの場合、基本的にはギルド職員による厳密な精査を経て、門のレベルに応じて適正なクラン、又はギルドに門の攻略権が割り振られるのだ。
だから、どこぞの散髪の予約でも取るみたいに門を斡旋してもらえるなんてケースは普通ありえない。
「Growは名が知れているクランだからな。権力を傘にしているみたいで僕はあまり好きじゃないが、少しくらいの融通なら利かせられる」
「悪い大人の見本だね」
「ああはなりなくないな」
「ほんとは賄賂でも送ってるんじゃない?」
「権力にモノを言わせるなんて最低ですっ」
「お前らが全くコミュニケーションしないから、仕方なく僕がやってやってるんだろおッ!?」
日頃から溜まった鬱憤が爆発したかのように、チコ先輩が半ギレになりながら怒鳴った。
夕日さんと姉さんはケラケラ笑っている。
「まったく」言いながら、チコ先輩はズレた眼鏡の位置を直した。
「冗談はさておいて、だ」
雰囲気の変わるチコ先輩に続いて、夕日さんやヒロさんも覇気を纏い直す。
「うん、誰かいるね」
「監視されてるな」
「え? 冗談だったんですか!?」
「あいりんは純粋だなぁ、もう、可愛いんだから〜」
ひとりだけあたふたする愛梨さんはさておいて、Growの他のメンバーも気づいているようだった。
皆が見つめる先は、ログハウス庭の外周の木の一角。
ちょうど今日の早朝くらいだろうか。
視られているなと俺が感じたのは。
大木の幹に隠れるようにしてこちらを伺う視線。
始めは一般人だろうと思っていたが、それにしては潜伏の仕方がうますぎるし、時折殺気を感じる場面も多々あった。
俺はてっきり姉さんたちの知り合いじゃないかと思っていたんだけど……。
「さぁ、見たことねぇな、俺は」
「ヒロが知らないなら私も知らない!」
「え? あれってもしかしてむぐぐ!?」
「お姉ちゃんたちのストーカーだよ〜。たまにいるんだよねぇ。困った困った」
何か言いかけた愛梨さんの口を強引に手で塞ぐ姉さんは困り顔でそう言った。明らかに怪しい。
「俺たちことをあまり面白く思っていない連中かもな。職業柄、嫉妬や怨み辛みの暗殺はよくあるんだ」
「なるほど、たしかに」
続けられたヒロさんの言葉に、俺は納得の意を示す。
なにせクラン【Grow】は若くしてレベル8に到達するウェイカー達の集まりだ。大多数の反感の意を買っていたとしてもおかしくない。
「なんでヒロの言葉だと納得するんだよ!?」と姉さんの悲痛な叫びが聞こえたような気もするが、日頃の行いの結果だし、そこは仕方ない。
「だ、そうだ。悪質なストーカーかもしれない。倒してこい、織﨑弟」
「倒しちゃうんですか!?」
チコ先輩に背中を押されるまま、ストーカー? らしき謎の人物がいる木の前まで俺は歩み出た。
「あ、あの!」
「………」
木に向かって声をかけるが無言が返ってくる。
チコ先輩はああ言ったが、できれば話し合いで解決できればそれに越したことはない。
そもそも俺達を監視している謎の人物がストーカーかどうかも不明のままだし、なるべく穏便な方法で和解できれば、というのが本音。
「そこにいるのはわかってるんです。……とりあえず、出てきてもらえませんか?」
相手に刺激にならないよう、できる限り丁寧な言葉使いで俺は再度謎の人物に話しかけた。
再度の沈黙。
けれど成果はあった。
「………」
ややあって、謎の人物が木の裏から姿を現す。
黒ずくめの格好をした、ひとりの男だった。
黒髪黒目で体格は細身。
髪型はマッシュで、前髪は目にかかるほど長い。
服装も黒一色で統一していて、目元にあるクマが男の根暗さを更に強調していた。
「ここ、一応、クランの敷地なんですけど、俺達に何か用ですか?」
思い切って本題を口にすると、男はフッと笑って肩を揺らした。
「何か用ですか、か。随分偉そうだな、お前」
その瞬間、男から殺気が迸った。
「――悪魔召喚【高貴なる白魔】」
《火種》が俺に危険を知らせる警鐘を鳴らす。
「……っ!?」
即座に俺はヲリキスを構えた。
直後、ヲリキス越しに途轍もない衝撃を被る。
足が地面を離れ、衝撃と共に数メートル俺の身体が後方に吹き飛ばされた。
かろうじて視界に捉えたのは、どこからともなく出現した白い腕のようなナニか。
地面に着地すると、俺はヲリキスを中断に迎撃態勢を取った。
視線の先には黒髪の男が立っている。
その横に佇むのは、悪魔のような姿をした亡霊か。
亡霊とは――言い得て妙かもしれない。
言葉では形容し難く、人ではないのは明らかだ。
原型は人の形をしているものの、身体はまるでロボットのソレ。近代的な機械人形のよう。けれどモンスターとはまた違う造形をしている。
白を基調としたマントのような滑らかなフォルムに加え、人体で言うところの顔に位置する部分には耳のない狐のような白い仮面がついている。
人ではなく、モンスターでもないならば、それは心象武装以外の他にない。
心象武装の四形態の中で該当するのは恐らく、
「――幻想形態」
息を呑みながら、俺は亡霊の正体を口にした。




