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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第三章 Grow up soul
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Level.84『新たな可能性の芽』




 宙吊りの状態から開放された後、俺は手短に朝飯を済ませ、すぐに庭に出た。


 夕日さんと一緒に火種収束の鍛錬再開だ。


「いきます!」


 夕日さんやクランのメンバーが見守る中、俺は庭の真ん中で火種の収束を始める。


 昨晩チコ先輩に渡された林檎から閃きを得た収束方法を使い、右手に火種を収束させていく。


「綺麗な藤色の炎……夕日ちゃんと同じ心象武装」


 俺の身体に纏う《紫麗の燐火(ブラウス・オーラ)》を見て、愛梨さんが驚いたように言葉を溢す。

 そう言えば、今日合流した愛梨さんに火種(オーラ)を見せるのはこれが初めての機会だ。


 紫炎に目を奪われる愛梨さんを見て、俺の緊張が更に高まる。

 呼応するように火種の収束が僅かに乱れる。

 

「――集中しろ」


 俺は自身を戒めた。

 外野の視線など関係ない。

 今はただ、火種の収束に全神経を集中させろ。


 寝落ちするまで夜通し徹夜で自主練した成果もあり、収束の感覚は鮮明に覚えていた。


 収束箇所だけに火種を集中するのではなく、身体全体に散らばる火種の欠片を右手に集めていく感じで。今まで無意識下にあった火種の微細な欠片を一つ残らず意識的に回収し収束しコントールしていく。

 

「……驚いたな」


 チコ先輩は微かに目を見開いた。


「まさか、たった1日で習得したのか」


「ははっ、久々だな。チコが読み違えるのは」


 驚きの表情を浮かべるチコ先輩の肩を、肘で突くのは嬉しそうに微笑むヒロさん。


「やるー! すごいじゃん萩! こんな短時間でマスターしちゃうなんてさ! ……いや、さては私の教え方がうまかったのかな!」


 夕日さんは今にも飛び跳ねそうな勢いで喜んでいる。


「そうなんすよぉ、うちの自慢の弟すごいんすよ〜」


 そして姉さんは自慢げにドヤ顔で鼻を鳴らしていた。


「……ふぅ、」


 皆の反応を見るからに、どうやらうまく行ったみたいだ。

 肩から力を抜き、一息つくと、収束していた火種が一気に霧散してしまった。


 慣れていないせいか、疲労感が凄まじい。

 課題は100%まで収束させた火種の維持時間だろう。

 こればかりは修練を積み、馴染ませるしかないのだろうけれど。


 肩で息をつく俺の前に、夕日さんがひとり歩み寄って来る。


「収束率100%達成おめでとう、萩!」


「ありがとうございます」


 夕日さんは「うんうん」と2度頷いて、


「これで次の課題に進めるね!」


 笑顔でそう口にする夕日さん。

 どうやら休むヒマは与えられないようだ。


「ヒロ」


「あいよ、準備できてるぜ」


 夕日さんに呼ばれたヒロさんは、指示されるよりも早くログハウスの裏から丸く削られた岩を持ってきた。


 どこから取ってきたのだろう。事前に準備していたのだろうが、それにしても大きな岩だ。


 俺やヒロさんの身長よりも大きく、岩の大きさは直径3メートル近くはあるだろう。

 ひとつ持ち上げるのも容易ではない、そんな大岩を3つ縦に重ねてヒロさんは運んでくる。しかも片手で。

 まるでピエロの曲芸士のようだ。

 

「よっ、と」


 運んできた大岩をヒロさんが庭に降ろす。

 ズシンッ、ズシンッ、ズシンッ、と重低音が3度響き、ミシミシと地面が岩の重さに悲鳴を上げた。


「次の課題は収束率の応用。身体能力の火力を爆発的に上げるための鍛錬をしてもらうよ」


「なるほど、応用編ですね」


「うん。まぁ説明するより見てもらった方が早いね。一見は百聞にしかずって言うし」


「と、その前に」と夕日さんは懐から、お札のような紙を3枚取り出した。


 お札に書かれているのは外国の文字列だ。英語ではないので俺には読めやしない。


 夕日さんが取り出したお札を岩にペタリと貼り付けると、溶けるようにしてお札が岩に浸透していく。

 それと同時に岩が黒く変色し始めた。

 お札が完全に消えると、代わりにお札に書かれていた文字が岩に刻まれる。

 

「アフリカの友達からもらったんだ。ただの岩だと簡単に壊れちゃうからね。これを貼るとね、えっとなんだっけ、酸化?」


「溶かしてどうする。炭化だ」


 息をするように夕日さんの発言を訂正するのはチコ先輩。

 なるほど、炭化するのか。

 炭化ってなんだっけ?


「元素番号6番の原子。炭素は極めて融解しにくいという特性を持ち、炭素の含有率が上がれば上がるだけ強固な物質となる。ダイヤモンドなんかがいい例だ」


 うわぁ、出たよ元素番号。

 高校生の頃、科学か何かの授業で習った気もするけど、ぶっちゃけ全く覚えていない。


「とにかく! 硬くなるんだよ! うんうん」


 どうやら夕日さんも俺と同じことを思っていたらしく、チコ先輩の難しい話を颯爽と切り上げると、ヒロさんが運んできた岩のひとつの前に立ち、心象武装《勇焔(ブレイズ)》を発動させた。


「それじゃまずは、ただ全身を心象武装(オクトラム)で覆って身体強化した場合」


 中腰になり、夕日さんは拳を後ろに引く。


「てりゃ!」


 チャーミングな掛け声と共に夕日さんが拳を振った。

 腰の入ったいいパンチだ。

 ガンッと、鉄を殴るような音が響き、岩が数cmほど凹む。


「次は収束率100%で拳のみを強化した場合」


 全身を覆っていた橙色の焔が拳の一点へと収束され、2個目の岩の前に立つと、再び夕日さんが拳を構えた。


「とりゃ!」


 先ほどと同じく、腰の入ったいいパンチ。

 強化値を比較するために、夕日さんは1度目と同じ力加減で岩を殴り付けた。


 ゴォンッと、今度は岩から重たい音が鳴る。

 収束率100%で殴られた岩は凹み、更に蜘蛛の巣状のヒビが入った。


 やはり心象武装を全身に纏って殴ったときよりも、一点に収束させた方が一撃の威力は増加する。


「ん〜、まぁ、こんなもんかな」


 腰に手を当て仁王立ちする夕日さんが、ふぅ、と息をついた。


「1回目と2回目を比較してみて、なにか気づいた点はあるか?」


 満足そうな笑顔の夕日さんを眺めながら、そう質問を口にしたのはチコ先輩だ。

 俺は率直に見たままの事実を告げる。


「2回目の方が威力が大きかったです」

 

「そうだな。収束しているぶん威力は上がる。他には?」


「他、ですか?」


 威力の増加以外に、何かあったろうか。考える。


「収束率を100%まで持っていくのに、夕日さんは1秒とかからなかったので、すごい練度だな、と……」


「他には?」


「えと、」言葉に詰まる。


「夕日さんの拳に耐えるなんて硬い岩だなぁ、とか?」


「はぁ」と、露骨にため息をされた。


「収束率100%で強化されるのは拳だけだ。威力は跳ね上がるが、代わりに全身の強化がないぶん、拳を打ち出す速度が落ちている」


 言われてみると、なるほど合点がいく。

 そう言えば以前にも、葵さんに織紫咲はスキが大きいと注意を受けたことがある。


「戦闘に置いてこれは致命的な欠陥だ。対人慣れしている連中なら容易にカウンターを合わせてくるぞ。全身の強化がない場合、威力を落とさず射出速度を維持するにはどうしたらいいのか」


 チコ先輩はそこまでお膳立てして、夕日さんに話の続きを譲る。

 待ってましたとばかりに夕日さんが会話を繋いだ。


「てなわけで、最後はその欠点を補うための方法」


 夕日さんは3つ目の岩の前に立ち、前回と前々回同様に拳を後ろに引いた。

 ただ今までと違う点は、夕日さんは心象武装を身体に纏っていない。

 疑問を抱く俺の心中を読むかのように、チコ先輩は短く忠告を口にした。


「一瞬だ。よく見ておけ」


 俺は改めて気を引き締め直した。

 チコ先輩の言うところの『一瞬』とやらを見逃さぬよう、一挙手一投足を注意深く観察する。


「――」


 夕日さんが息を吸った。吐いた。

 吸った息を吐き終えたそのときには、既に夕日さんの拳が打ち出された後だった。


 遅れて悲鳴を忘れた岩に亀裂が奔り、岩が砕ける。


 3度目の拳は1度目の拳よりも速く、また2度目の拳よりも重く、そしてそのどちらもの拳よりも鋭く。


 一瞬だった。本当に、瞬きの一瞬――。


 しかし俺の瞳はその一瞬を確かに捉えていた。


 夕日さんが拳を打ち出すその瞬間、彼女の心象武装(オクトラム)《勇焔》はまず夕日さんの右足に収束した。


 そして踏み込みと同時に左足にも《勇焔》が収束し、拳を打ち出す腰の捻りと同時に収束した両足の焔も夕日さんの腰へと上がり、夕日さんが拳を打ち出す動作に呼応し上半身を経由し右肩、そして右腕へと移動した。


 今の一連の焔の動きを言葉で表すのなら――。


「――流した……?」


 心象武装で全身を強化せず、拳を打ち出す動作に必要な部位、或いは筋肉だけを集中的に強化させていた、のだと思う。


 踏み込みの足。下半身の力を上半身に伝えるための腰の捻り。力を蓄えた肩から最後に力を乗せる拳へと、収束させた100%の焔を順に流していくことにより、1度目の拳の速さを超え、速度の乗った拳は2度目の拳の威力をも上回る。


 しかもそれだけじゃない。


 強化する部位を絞ることにより、同時に能力の節約にも繋がっている。全てが理に適った動きだ。


「すごい……!」


 知らぬ間に、手が汗ばんでいた。


 これが俺の《火種(オーラ)》の最も効率的な扱い方。

 俺の目指すべき究極の戦い方だと理解したと同時に、類似する心象武装だからこそわかる、次の課題の難易度の高さ。

 

 同じような能力を持つ俺だからこそ理解できる。


 夕日さんが如何にすごいことをやっているのかを。


 少なくとも、俺一人では火種を『流す』なんて発想は一生かけても辿りつけなかった。


「本当に、すごい――」


 明らかに前回までの課題とはレベルが違う。

 習得するのにいったいどれほどの時間がかかるのか。


 でもそんなことは今、どうだって良かった。


 湧き上がる興奮が止まらない。

 早く試してみたくて仕方がない。


 新しい玩具を与えられた子どものように、俺の心は踊っていた。だって――。


「火種にまだこんな可能性が眠っていたなんて……!」


 俺はまだ強くなることができるのだ。


 それを知れたことが、何より嬉しかった。



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