Level.83『癒し系担当』
その世界の空は白かった。
空だけじゃない。
その世界の全てが白かった。
何もない、真っ白な空間に俺は立っていた。
――ここは、どこだろう?
そう思い、周囲を見渡した俺の瞳に映る、いくつもの死体、死体、死体、死体、死体――。
どこを見ても、死体の山がある。
さっきまで何もなかった白紙の空間が赤に染まる。
血の海に溺れる死体の中には見知った顔があった。
見下ろした俺の手も、いつの間にか鮮やかな赤に染まっていて。
身体を動かそうにも、上手く手足が動かせない。
まるで水の中にでもいるみたいに。
存在自体が希薄で、俺が何なのか、曖昧になる。
ふと、誰かが俺の名前を呼んだ。
振り返ると、そこにはひとりの女性が立っていた。
見覚えのある枯葉色の髪。
黒い靄がかかっていて顔はよく見えない。
結唯先輩によく似ているなと思った。
でも、すぐに違うとわかった。
似ているだけで、女性は結唯先輩とは全くの別人だ。
だって――。
結唯先輩は身体中の至るところに赤い瞳がついていたりなんかしない。
ふと、枯葉色の髪をした女性が笑ったような気がする。
そして次の瞬間、女性の身体についているものと同じ無数の赤い瞳が、俺の視界の至るところに現れた。
赤い瞳は真っ直ぐに俺を見ていた。
寂しそうに、愛おしむかのように、そして酷く憎たらし気に、俺を見つめていた――。
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春のそよ風に頬を撫でられ、俺は目を覚ました。
「うっ……」
安易に目を開けたのがまずかった。
寝起きに太陽の光はかなり刺激的で、眩しくて思わず唸り、俺は目を閉じた。
どこかで小鳥が鳴いている。
大自然に満ちた森の空気は澄んでいて、耳をすませば小川の流れる音も聞こえてくる。
このまま二度寝でもしたらとても気持ちよさそうだ。
そう思ったところで、うつらうつらとしていた脳が、背中の痛みを訴えていることに俺は気づく。
ひんやりと冷たく、ゴツゴツとしたベッド。
枕の感触もいつもと変わっていて、弾力はあるが低反発。それにちょっと硬い。
そういえば昨日、俺はどこで寝たんだっけ……?
半睡する脳を酷使し、記憶を蘇らせる。
ええと確か、昨日は夕日さんと火種の収束率をあげる鍛錬をして、風呂に入って、飯を食べて、夜トレをしようとしてチコ先輩に会って、それから――……。
そうだ、俺、チコ先輩からもらった林檎で火種を収束させる鍛錬をしてて、そのまま外で寝落ちしたんだ。
どうりで背中が痛いわけだ……。
記憶を遡らせるために脳を使ったおかげで、さっきより眠気が収まってきた。少しづつ目を開ける。
目を開けて、最初に視界に映ったのは姉さんだった。
「おはよ、萩」
「姉さん……?」
「お姉ちゃんだよ〜。悪い夢でも見てたの? すごくうなされてたけど」
「夢……」
そう言えば、なにか夢を見ていた気がする。
なんの夢だったか。
うまく思い出せない。
不思議といい夢じゃなかったのは間違いない。
たかが夢だ。
思い出せないなんてよくあることだ。
そんなことよりも、
「で、何してるの? 姉さん」
至近距離からこちらを見下ろす姉さんに問いかける。
「なにって、膝枕?」
姉さんはありのままの事実を俺に告げた。
「別に、兄妹だもん。変じゃないよ」
「いや、変だよ姉さん。兄妹はしないよ普通」
秒で反論を口にする俺。
姉さんは気にする様子もなく、俺の頭に手をおいた。
「遅くまで心象武装の練習してたんでしょ? えらいえらい」
よしよしと子どもみたいに頭を撫でられる。
手の甲で姉さんの手を押し退けながら、
「今って何時くらい?」
「ん〜何時だろ? 2時間前くらいここにいるから、逆算して9時ぐらいかなぁ」
「9時か……だいぶ寝てたな」
「萩を襲おうと思って部屋に忍び込んだけど萩がいないんだもん。チコ先輩に聞いたら、ここで寝てるって聞いて。お姉ちゃん心配したんだよ?」
「うん。しれっと襲おうとしたとか言うのやめてよ姉さん。怖いから、普通に。俺の身が心配だよ」
まぁ、火種が反応しなかったということは、姉さんに敵意や害意はないのだろうけど。しかし敵意や害意がないということの方が問題なのでは?
冗談だったとしても、姉さんにはもう少し言葉を選んで使ってもらいたい。
「ようやく起きたか、織﨑弟」
突然、誰かが俺の名を呼んだ。
まだ声変わりのしていない小学生のように高い声。この声はチコ先輩のものだ。
声の聞こえた方に視線を送るとチコ先輩がいた。それから夕日さんと磐井さんに、知らない女性もひとり加わって、ログハウスの階段に仲良くみんなで腰掛けている。
「フっ、その歳にもなって姉の膝枕とはな」
寒い嘲笑を浮かべるのはチコ先輩。
「チコ先輩そんな言い方しちゃダメだよ! 私も正直固まったけど! 兄妹仲が良いのは何よりだよ!」
夕日さんがあまりフォローになっていないようなフォローをくれる。
「そうですよチコくん! あんまり後輩をからかっちゃ可哀想です!」
知らない女性も可愛らしいフォローを入れてくれた。
「ブラコンの姉を持つと大変だなぁ萩。羨ましいぜ。俺が変わってもらいたいくらいだ」
ヒロさんは楽しそうに「はっはっは」と笑っている。
地面に手をつき、俺は上体を起こした。
「見てたなら止めてくださいよ、ヒロさん」
「あんまりにも気持ちよさそうに寝てるもんだから、起こすのも悪いと思ってな。見物させてもらってた」
「気持ちよさそうにって……悪夢を見たんですけど、俺」
悪夢なんてめったに見るものじゃない。
あれは本能が危険を察知したような夢だった。
きっと悪夢の原因は姉さんだ。
平然としている俺を見て、ヒロさんが残念そうな表情を浮かべた。
「以外だな。てっきり顔を赤くするもんだと思ってたが、これじゃあイジりがいがねぇ」
「イジらなくていいですよ。残念がらないでください」
高校生みたいなノリだなぁ、と俺は苦笑する。
「姉さんはいつもこうなんで。もう慣れましたよ」
昔からこうなのだ、姉さんは。
膝枕なんてまだ可愛い方で、幼い頃から寝るときはいつも同じ布団だったし、遊びに行くときも必ずといっていいほど毎回ついてくる。
登校時も手を繋がないと怒るし、弁当は毎日姉さんが作っていたので俺は母さんの弁当を食べたことがない。
流石に中学に上がってからは土下座してお風呂は別にしてもらったが、代わりに凛夏が俺のぶんまで地獄を味わった。
とにかく姉さんはスキンシップの距離が近い。
良く言えば兄妹思い、悪く言えば過度のブラコンだ。
そんな過去もあり俺と凛夏は苦労したものだ。
まぁそれを差し置いても、自慢の姉であることに変わりはないのだが。
「慣れた女扱いされるお姉ちゃん悲しい……ん? いや、それはそれでアリな気も……」
「ないから」
前言撤回、兄妹の恥である。
「ふふ、聞いてた通り、本当に兄妹仲がいいんですね。こんなに心を許す咲希ちゃんを見るのは珍しいです」
夕日さんの隣で口元を手で抑えてクスクスと微笑む女性。
「あの。ところで、そちらの人は?」
第一印象はとても綺麗な女の人だった。
明るいベージュ色の髪と、透き通った宝石のような薄緑の瞳。
身長は小さく、でもチコ先輩よりは大きい。
茜さんや夕日さんとはまるっきり別のタイプの、癒し系美少女。
天使がいるならきっと彼女みたいな人だろう。
天使のような女性は「あ、いけない」と思い出したように胸の前で両手を合わせた。ひとつひとつの仕草になぜか癒やされる。
「自己紹介が遅れました。祈子守 愛梨です。【Grow】では回復職を担当しています。不束者ですがよろしくお願いしますっ」
天使のような女性――祈子守さんが丁寧にお辞儀をしてくれる。
やっぱり彼女も【Grow】のメンバーだったのか。
俺も遅れて簡素な自己紹介を口にする。
「織﨑 萩です。こちらこそよろしくお願いします。えっと、祈子守さん」
「愛梨って呼んでください。苗字で呼ばれのは、ちょっと距離を感じてしまうので」
「わ、わかりました。あ、愛梨……さん」
彼女のご希望通り下の名前で呼ぶと、愛梨さんはニコっと天使のように微笑んだ。
気のせいか、愛梨さんの周囲にはハイライトの光がきらめいて見えて、危うく心臓をハートの矢で撃ち抜かれそうになるのを俺はギリギリのところで耐える。
なんて可愛らしい人なんだろう。耳が熱い。
隣から「むっ」という声が聞こえた。
嫌な予感がして振り返る。
唇を尖らせ、むすっと不貞腐れた姉さんがいる。
「萩はアイリンみたいな子がいいの? お姉ちゃんがいるのにぃ」
「ちょ、姉さんっ、違うから。誤解を生むようなこと言わないでよ!?」
姉さんが変なことを口走るもんだから、俺は慌てて訂正を口にしたが一足遅かったようで。
「……ぅ!?」
何やら殺気地味た気配を背筋に感じ、俺はログハウスの方をバッと振り向くと、愛梨さんの後ろでいつにも増して視線の冷たいチコ先輩と、一段と笑顔のヒロさんのふたりと目があった。
「とりあえずか吊るすか。この出会い厨め」
「おう、任せろ。下処理は俺の得意分野だ」
「ひぃっ!?」
ほら見ろ言わんこっちゃない。
抵抗する暇も与えられず、ヒロさんに足を逆さに持たれた俺の視界がクルリと反転する。
どうされるんだろう俺……食べられちゃうのかな??
「はわわわわっ」
可愛い声で慌てふためいているのは愛梨さんだ。
「いけません、どうしましょうっ」
視線がヒロさんとチコ先輩と吊るされる俺を行ったきり来たりしながら目を回している。
「面白そうだし、もうちょっと見てたいかな?」
「ええっ!?」
悪ノリする夕日さんは俺達というより、目を回す愛梨さんを見て楽しんでるように見えた。
「お腹減ったぁ……朝ご飯食べてくるー」
マイペースな姉さんは我関せずと大きな欠伸をしながら俺の横を通り過ぎ、ログハウスの中へと戻っていく。
とりあえず、そろそろ降ろしてほしい……。




