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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第三章 Grow up soul
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Level.81『林檎は食うな』




 そしてGrowでの特訓の日々が始まった。


「もっと集中して!」


「はい!」


「身体に力入れすぎ! もっとリラックス!」


「はいっ!」


「違う違う、そうじゃなくて、こう!」


「は、はい……っ!」


「だめだめ、手元に集中しすぎ! こうだよ、こう。全部を集める。ほら、簡単でしょ」


「……はい……」


 夕日さんの教え方は何というか、感覚的だった。


 火種の収束率を高めるコツを聞いたところ、それやあれ、こうやるんだよと、夕日さんは真剣に身振り手振りで俺に能力の扱い方を教えてくれようとした。

 

 模擬戦をした時からなんとなく解っていたことではあるが、やはり夕日さんは直感に従うタイプの人種だ。

 

 だから何度やっても上手くいかない俺を見て、『なんでできないのかわからない』と、夕日さんは真面目に首を傾ける。


 これが葵さんなら、もっと細かくどこが悪いか指摘してくれる――いや、他者と比較するのは良くない。きっと俺の飲み込みが悪いのが原因だ。

 

 けれど最終的には、考えるんじゃなくて感じるんだよ! 気合と根性があれば大丈夫! とか普通に言いそうで怖い。


 結局、1日目は何も成長せずに特訓が終わった。





 晩飯が終わり、俺はログハウスの外に出た。


 落ち込んだ気持ちをリフレッシュするのと、今日の日の特訓内容をひとりで振り返ろうと思ったからだ。


 ログハウスの外に出ると、階段横のバルコニーに置かれている椅子に誰か腰掛けているのを発見する。

 椅子に座っていたのはチコ先輩だった。


 チコ先輩はコーヒーカップを片手に、膝の上に乗せた雑誌をひとり黙々と読んでいる。

 読書の邪魔になってしまわないか迷ったが、悩んだ末に俺はチコ先輩に話しかけることにした。


「なにを読んでるんですか?」


 チコ先輩は雑誌から目を離さず、しかし俺の問には応えてくれた。


「先月、那月 世良が学会に提出した論文だ。興味があるのか?」


 聞いたことのない名前だ。

 というか論文を読んでいたのかチコ先輩。


「那月 世良って……誰ですか」


「……心象武装(オクトラム)研究の第一人者で、日本が世界に誇る天才だ」


 チコ先輩の反応は薄く、元々俺が那月 世良という人物を知らないのが解っていたかのような様子だった。

 そもそもチコ先輩は俺に興味がないのか、言葉の端々から無関心さが感じられる。


「まぁ、天才というのなら日乃神(あいつ)もそうか」


 そう言って、チコ先輩は僅かに苦笑した。


「ちなみになんですけど、夕日さんは能力――勇焔(ブレイズ)でしたっけ、収束率100%を習得するまでどれくらいかかったんですか?」


「日乃神なら思いついたその日にできたぞ」


「え……」


 安易に聞いたことを俺は後悔した。

 俺が1年かけてもできなかったことを、夕日さんはたったの1日でマスターしていたのか。


天才(あれ)と比べるだけ時間の無駄だ。才能がないなら工夫しろ。工夫する脳がないのなら、ウェイカーなんてさっさと辞めるんだな」


 そう言うとチコ先輩は何を思ってか、テーブルの上に置いてあった果物をひとつ手に取り、俺に放った。


「りんご……?」


 何の変哲もない、ただの林檎だった。

 瑞々しく美味しそうな綺麗な赤色をしている。

 間食に取っておいたものだろうか。


「特別だ。1個やる」


「あ、ありがとうございます……後で頂きますね」


 せっかくだし特訓の後にでも食べようかと思い、礼を口にした。しかし。


「食うなよ」


「え? 食べちゃだめなんですか?」


「ああ、絶対に食うなよ」


「えぇ……」


 じゃあ何のために林檎をくれたのだろうか。

 俺は疑問のままに、きごちなく頷いた。





 膝の上にのせた雑誌のページをめくりながら、チコはもう一方の手に持ったコーヒーを啜る。

 食後のこの時間がチコにとっての至福で、1日の終わりを締め括る最高のルーティンでもあった。


 しかし、今日のチコの顔はいつにも増して硬い。

 その理由は明白で、どこぞの馬の骨とも知らぬ新人が、庭で騒がしく鍛錬に勤しんでいるからである。

 これでは読書に集中なんてできるわけがない。


「知恵を貸してやってもこれか。煩くてかなわないな」


 何のために林檎(ちえ)を渡してやったのか、チコはため息と共にそう呟いた。


「どうせアドバイスしてやるなら、もっと分かりやすく教えてやれよ、チコ」


 バルコニーの硝子窓がカラカラと開き、身体の引き締まった大男が顔を出す。ヒロだ。

 風呂に入ってきた後なのか、上半身は裸で、湯気が立っている。


「フン、そこまで僕はお人好しじゃない」


 鼻を鳴らすチコは、冷めかけのコーヒーを啜った。


「できないやつは一生かけてもできないんだ。アドバイスしてやったところで結果は知れている」


 チコの尖った物言いは今に始まったことじゃない。

 彼の暴言に慣れているヒロは肩を竦めて苦笑した。


「そう言ってやるな。萩はまだ若い。これからだ」


「はっきり言って、やつにセンスはないぞ。たったの3日で能力を扱いこなせるなんて、僕には思えないな」


 チコは眺めていた雑誌から視線を上げ、ログハウスの庭を垣間見た。

 庭の中心。夜闇に輝く藤色の炎が、バルコニーからでもよく見える。


「入団の件、お前はどう思っているんだ? 磐井」


「ああ、夕日が勧誘したって話だったな、たしか」


 釣られて、ヒロも庭の紫炎を眺めた。

 忙しなく動き回る藤色の炎は、あっちへ行ったりこっちへ行ったり駆け回り、止まったかと思えば今度は真上に跳ね上がる。

 中段に『灯剣』ヲリキスを構え直し、肩で呼吸しながら再度藤色の炎は駆け出した。


「何やってんだ、あれ」


「さぁな。夕日とでも戦ってるんじゃないか?」


 まさか、と笑うヒロを尻目に、チコは眼鏡の縁を指で押し上げた。


「僕は反対だ。織﨑弟は実力不足だ。まともに能力すら使いこなせていないようじゃ話にもならない」


 微かに目を伏せるチコ。

 彼が思い出すのは、クラン【Grow】が今日までに踏み越えてきた数々の異界門、そしてその惨状――。

 

「僕達でさえ、何度も死にかけた」


「――」


「不確定要素の多すぎるイレギュラーをクランに入れれば、最悪僕達の生存率にすら関わってくる。それぐらい異界門(アビス)の悪夢は侮れない。お前ならわかるだろう、磐井」


 チコは真っ直ぐに藤色の炎を見つめ、曲がらぬ信念を込めて結論を口にした。

 チコの言いたいことは、ヒロにもわかる。


「まぁ、そうだな。そこは俺も賛成だ。今の萩には荷が重い」


 ヒロはポリポリと後頭部を指で掻きながら、


「けどよ、まだ正式に入団が決まったわけじゃねぇだろう? 今すぐに結論を出すのは早計だと思うぜ、俺はよ」


 チコははぐらかすな、とヒロを軽く睨む。

 そんな曖昧な答えは求めていないと。

 ヒロは肩を竦めてみせた。

 庭で剣を振り続ける藤色の炎に物憂げな眼差しを向け、先程のチコからの問にヒロは応える。


「頑張ってるやつは応援したくなるだろ? 泥臭ぇやつは尚更だ。俺は頑張ってるやつの背中を押してやるのが好きなんだよ。そう、それだけの話だ」


「たとえそれが無駄な努力でもか?」


「努力に無駄なんてことは何一つねぇよ。たとえ努力の方向性を違えていても、正しいやり方を示してやるのが俺達先輩の役目だ」


 だから、とヒロは続けた。


「お前も力を貸してやってくれよチコ。別に正解を教えてやってくれって言ってるわけじゃねぇ。ただほんの少しきっかけを与えてやってくれるだけでいい。人を見る目に関しちゃ、お前以上の適任はいない」


 ヒロの真剣な眼差しに、チコは嘆息を返す。


「本当にお前は、人を乗せるのが上手いな磐井」


 クランメンバーの絶大な信頼を受け、チコは根負けしたように苦笑した。


「3ヶ月か。暇を潰すのに、後輩の育成ゲームに手を貸すのも悪くない、か」


「やってくれるか、チコ」


「そうだな……日乃神が口にした通り、能力の扱い方を3日で習得できたら考えてやってもいい」


 それが条件だとチコは譲らなかった。

 かなり難しいラインであることをチコは知っている。けれど言い換えれば、その程度の壁も超えられないようなら育成に手を貸すつもりはない。


 テーブルの上の林檎をひとつ取り、チコはその赤く熟した林檎の表皮に視線を落とした。


「まぁ、その可能性は限りなく低いがな」


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