Level.80『宝の持ち腐れ』
模擬戦をするのが、俺は好きだ。
ひとり黙々とトレーニングし、限界まで己と向き合い戦う自己耐久戦も勿論好きだ。
けれどそれ以上に、模擬戦は学べることが多い。
戦いを通して行動の選択肢が増える分、良かった点や悪かった点を洗い出せる他、反省点を踏まえ、その上で次に活かすことができる。
模擬戦は経験値の塊だと葵さんも言っていた。
ウェイカーという職業柄、対人での戦闘訓練を積んでおいて損はない。
なにせ戦うのはモンスターだけではなく、時には心象武装を悪用し犯罪を犯す能力者を取り締まる、警察官のような役割も担っているのだから。
「ん〜、よく寝たから身体が軽いや」
準備を終えた夕日さんが手にするのは、昨日夕日さんが使用した模擬戦用の刀ではなく、使い込まれ刃の至るところがボロボロになった一本の大剣。
「よしっ、そろそろ始めよっか。準備はいい?」
「いつでも大丈夫です!」
対する俺は、窮地を共に駆け抜けてきた愛剣ヲリキスを手に、夕日さんと相対する。
「それじゃ、行くよ!!」
夕日さんの掛け声が模擬戦開始の合図となった。
昨日とは違い、先制攻撃は夕日さん。
風のように数歩で俺との距離を詰めると、夕日さんは背後に引いた大剣を勢い良く振るってきた。
「――」
即座に俺も順応する。
予め準備しておいた《火種》を4対6の比率で足と腕に振り分け、夕日さんの一撃を防ぐ。
「ぐっ……!!」
大剣と大剣とが交差し火花が散る。
初撃を防げたことに安堵している暇はなく、更に2撃目、3撃目と夕日さんの猛攻が俺を襲った。
やっぱり夕日さんは、今まで戦ったことのない類のウェイカーだ。
規則性のない戦場の剣技と、独特なリズムの足運び。
昨日を合わせて2戦目になる夕日さんとの模擬戦だが、未だに夕日さんの戦法に馴染めない。
反撃してこいと言わんばかりに隙だらけで、でも反撃に出た次の瞬間狩られる未来が見える。
「でも、攻めなきゃ勝てないだろ!!」
「うんうん、いいね。来なよ」
夕日さんが攻撃の手を緩めたように見えた。
次は君の番だ、と譲ってくれるように。
情けないが、俺は素直に反撃に出た。
「《紫麗の燐火》ッ!!」
滾る紫炎を全身に纏わせて、夕日さんと切り結ぶ。
❦
萩と夕日が模擬戦をしている姿を、ヒロとチコはログハウスの階段に腰かけ観察していた。
「能力に目覚めても、なぜか身体能力の恩恵を受けていないウェイカー。レベル0のイレギュラーか」
顎に手を当て観戦するヒロが口を開く。
「どう見る? チコ」
「どうもこうもないだろ。見たままだ」
熱心に模擬戦を見るヒロとは違い、チコは少し退屈そうな面持ちで応える。
「見たまま、あの心象武装はおかしい」
「と、いうと?」
「考えてもみろ。身体能力が一般人の男が、能力の強化だけであの日乃神と戦えているんだぞ?」
「たしかに。それは変だな」
「どれだけ優れた心象武装でも、せいぜい元の身体能力の1.5倍が最大強化値だ。それを超える強化が可能なのは、限定的か縛りをつけるかの二択しか存在しない。
うちの日乃神でさえ最大強化は1.5倍が精々だ。
それに、あれだけの強化をして肉体に影響がないこと自体おかしいんだ。仮に心象武装だけがレベル5……いや6まで到達しているとしても、肉体の強度に説明がつかない。生憎と僕はそこまで心象武装に詳しくない」
眼鏡を直し、チコは続ける。
「心象武装の専門家……那月 世良 辺りに話を持っていけば話は早いだろうが、そこまでリスクを侵してまで知りたいとは思わないしな」
ヒロは首を横に捻った。
「リスクがあるのか?」
チコはログハウスにチラリと視線を送る。
「姉が黙っていないだろう? なにせ行き着く先はモルモットだ。僕はまだ死にたくない」
ロビーで寝こけている咲希は、過度のブラコンだ。
弟である萩に危険が迫れば、クランのメンバーだろうと容赦なく殺しに来るだろう。
そこのところをチコは心得ている。
「だから現時点で言えることはひとつだけだ」
「すまん。難しい話は俺にはさっぱりだ。できるだけ簡単に説明してくれ」
「つまりだな」
チコは再び前に視線を戻す。
夕日と今尚戦っている萩を視界の中心に据えた。
「ただの宝の持ち腐れだってことだ」
❦
何度も剣を合わせ、ようやく夕日さんの癖がわかりそうになったときだ。
俺は夕日さんの顔が曇っていることに気づく。
何か考え事をしているのだろうか。
すると、
「ん〜」
突然、夕日さんは剣を下ろした。
「もったいない!!」
主語の抜けた言葉に、俺は困惑する。
「もったいない……?」
「うん! もったいないよ!」
夕日さんは眉根にシワを寄せ「ぅぅぅ〜っ」と唸る。
「なんだろう? なんか、こう〜〜! ぅぅぅ」
想像はできても言葉が思いつかないとか、そんな感じだろうか。
要領をえない夕日さんに、チコ先輩が助け舟を出す。
「能力が扱いきれてないんだろう」
「そうそれ! 扱いきれてないんだよ!」
パチンっ、と指を弾き、夕日さんがドヤ顔で言う。
それからチコ先輩の方を見る。
チコ先輩は嘆息し、眼鏡の位置を直した。
「心象武装を1ヶ所に集中させてみろ、織﨑弟」
もしかして織紫咲のことを言っているのだろうか。
言われるがままに、俺は《火種》を左の手のひらに収束させた。
「こう、ですか?」
「まだまだ、もっともっと!」
夕日さんに促され、俺は更に収束を続ける。
火種の一点集中による超火力を、我沙羅の明鷺戦からこの1年、自分なりに鍛えてきたつもりだ。
瞼を瞑り、手のひらに集中する。
俺にできる精一杯まで火種を収束し圧縮させた。
「……っ、これが限界です」
火種の収束には集中がいる。
だから俺は戦闘時に火種の収束を少し抑えている。じゃないと収束の維持が困難だからだ。
つまり今の状態。意識を他に向ければすぐに収束させた火種が露散してしまいそうだ。
夕日さんは俺の手のひらに収束する火種を見ながら、再びチコ先輩に話を振った。
「チコ先輩、どう?」
「収束率は全体の82.7%ってところか。不合格だな」
やけに細かい数字を出され、不合格の3文字をチコ先輩に突き付けられた。
「ん〜、だからヲリキスの反応が悪いのかぁ」
腕を組みながら、夕日さんはまた唸る。
だが今度は「よし!」と何かを決めたように、快活な声で宣言――否、宣告した。
「それじゃあまずは3日で収束率を100%まで上げてみよっか!」
「3日ですか!?」
思わず俺は驚声を出した。
1年訓練しても100%まで火種の収束ができなかったのに、それを3日でマスターしろなんて……。
無理だ、なんて初めから諦めの言葉を口にするつもりはないけど、果たしてできるのか――。
橙色に傾き始めた太陽を背に、夕日さんはどこまでも無邪気に笑うのだった。




