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レベル0のイレギュラー  作者: 椋鳥 未憐
第三章 Grow up soul
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Level.79『Growの兄貴分』




 チコ先輩から受け取ったほうきで、ログハウスの床を掃いていく。

 床には思ったよりもホコリが溜まっていて、あまりほうきに力を入れすぎると風でホコリが飛んでいってしまうので、絶妙な力加減でほこりを掃く。


 あまり自慢にはならないが、椿姫に所属して最初の頃は掃除や雑用ばかりやらされていたので、掃除の腕前にはちょっとした自信と定評がある。


「姉とは違って慣れてるな、織﨑弟」


 俺の掃き方を見てか、チコ先輩からもお褒めの言葉を授かった。


「まぁ、雑用ばかりやってましたから」


「そうか。その調子で頼むぞ」


 チコ先輩は階段の手すりを雑巾で拭いている。

 掃除ソムリエの俺の目から見ても、チコ先輩の掃除の仕方は一流だ。


 同じところを何度も拭いては息を吹きかけ、また拭くの繰り返し。一流というより、綺麗好きな人なのだろうか。若干潔癖性の影が垣間見える。


 改めて辺りを見回してみると、どこも完璧すぎるくらいに掃除が行き届いていて、まさかとは思いつつも俺は勇気をだしてチコ先輩に問いかけた。


「もしかして、チコ先輩がこれ全部掃除したんですか?」


「……。日乃神と織﨑が手伝うと思うか?」


 一瞬考えて、首を横に振る。


「……いいえ」


 失礼ながら姉さんも夕日さんも、掃除なんてしている姿が全く思い浮かばないし、逆に散らかしてしまうような気がする。

 姉さんなんかは掃除をしたことがあるのかどうかも怪しいところだ。

 チコ先輩はフンっ、と鼻を鳴らした。


「わかったらさっさと手を動かせ、織﨑弟」


 それから俺とチコ先輩は黙々と掃除をしていく。

 その間、チコ先輩からの話題は皆無だ。

 寡黙な人なのだろうか。それとも単に俺と会話するのが面倒くさいだけなのか。

 どちらにせよ沈黙がかなり気まずい。

 掃除しながらチコ先輩との話題を探していると。


「おー、やってんなぁ」


 突然、男の声が聞こえて俺とチコ先輩が顔を上げる。

 さっき俺と姉さんがログハウスに来た砂利道の方から、ひとりの男が片手を振っているのが見えた。


 それはたくましい男性だった。

 髪は緑がかった短髪で、身長は190cm近い偉丈夫。

 腕は丸太のように太く、黒のタンクトップの上からでも浮き出て見える鍛えられた胸筋と腹筋は、己の肉体を誇張して止まぬある種の凶器と化している。


 ボクサーやアスリートかと思うほどの覇気を発するこの男も、クラン【Grow】のメンバーだろうと察す。

 

「帰ったか、磐井」


「うっす、チコ」


 チコ先輩が磐井と呼んだ男は、肩に担いだナップサックを背負い直しながら軽く周囲を見渡した。


「だいぶ綺麗になったんじゃねぇの? 俺も手伝おうか?」


「いや、いい。もう少しで終わる」


「そうか」


 磐井さんは軽く頷き、それからもの珍しげに俺を見た。


「そっちの青年は客人か? 珍しいな」


「織﨑の弟だ」


「あー、あいつの弟か! あんま似てねぇけど」


 俺の前まで来ると、磐井さんは右手を俺に差し出した。


「磐井 和潤だ。みんなはヒロって呼んでる。よろしくな」


「こちらこそ。織﨑 萩です。よろしくお願いします、ヒロさん」


 俺は一瞬固まり、だけど違和感のないよう自然にヒロさんの手を握り返した。

 がっしりとした分厚く硬い手。

 ヒロさんの手はまるで岩のようだった。


 どことなく、祥平さんに似ている気がした。

 顔や身体つきなんかはヒロさんの方が大人びているが、何だろう、ヒロさんの醸し出している雰囲気が祥平さんに似ていたのだ。


 祥平さんが死んでもうすぐ1年が経つ。

 懐かしくなって、悲しくなって、胸が傷んだ。


「夕日とはもう戦ったのか?」


「え? あ、はい。昨日」


「強かったろ? うちのクラマスは」


 ニヤリ、とヒロさんが笑う。

 

「え!? 夕日さんクランマスターだったんですか!?」


 驚く俺を見て、楽しそうにヒロさんは言う。


「以外だろ? みんなそういうんだ」


「てっきりその……ヒロさんかチコ先輩がそうかと」


 ヒロさんはチコ先輩に横目を送る。


「だとよ、チコ先輩。良かったな」


「うるさいぞ磐井」


 話しの流れがわからないが、チコ先輩はなぜか不服そうな口調で眼鏡の位置を指で直した。

 何か気に触ることでも言ってしまったのだろうか。

 そんなことを考えていると、


「あーっ!!」


 と、ログハウスの方から急に女の人の声がした。

 寝癖のついた黒い髪と、特徴的な黄濁色の瞳。夕日さんだった。


「来てくれたんだね〜萩! 良かったぁ、嬉しいよ!」


 嬉しそうに目を輝かせた夕日さんが、ぴょこぴょことログハウス入り口の階段を2段飛ばしで降りてくる。


「って、ヒロもいる! おかえりヒロ!!」


 その途中でヒロさんを見つけ、夕日さんは更に顔を明るくさせ、ヒロさんの隣まで駆けていく。

 ヒロさんは夕日さんの頭に手を置き、わしゃわしゃと夕日さんの髪を優しく撫でつけた。


「おう、ただいま。お利口にしてたか? 夕日」


「うん! してた!」


 飼い犬のように頭を撫でられ上機嫌な夕日さん。

 きっと尻尾があったら左右に揺れていることだろう。

 ちょっと羨ましく思ってしまうあたり、俺には犬の素質があるのだろうか。いや、ヒロさんが祥平さんに似ているせいだ。


 ひとしきり頭を撫でられ満足したのか、夕日さんは大きな欠伸とともに腕を伸ばす。


「いやぁ、よく寝たぁ〜。どう萩? 今から寝起きの一戦しない?」


「え、今からですか!?」


「うん!」


 元気の有り余る声で肯定された。

 時刻は午後の3時を過ぎ、あと少しすれば日が傾き夜を迎える時間帯。

 正直、乗り気ではなかった。

 昨日負けたばかりで、勝てるビジョンが浮かばない。

 でも夕日さんはやる気に満ち溢れていて。

 ぽんと、ヒロさんに肩を叩かれた。


「ご指名だ。良かったな、頑張れよ」


「僕も少し興味がある。やるならさっさと始めろ」


 ヒロさんとチコ先輩にも背中を押される。

 最早断れる空気ではない。

 そうして俺と夕日さんのラウンド2が幕を開けた。


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