Level.77『ログハウス』
明くる日の正午過ぎ――。
春ヶ丘市は都会と言えるほど賑やかな都市ではない。が、田舎というほど緑が多いわけでもない。
それでもどちらかというと県北に位置する春ヶ丘市は田舎よりで、電車で30分も東北側に走ればチラホラと緑の面影が目につき始める。
一度目についてしまえば、緑は減るどころか増々多くなるばかりで、電車窓から見える景色は住宅街から田舎の風景へと一変する。
地元である春ヶ丘市から電車に乗り凡そ60分。
栃木県と福島県の県境にある無人駅に、俺と姉さんは下車した。
錆と苔とで寂れた駅のホームに降りると、辺りは春ヶ丘市とは比べるべくもない田舎のそれ。
隣で姉さんが両腕を伸ばす。
「う〜ん、やっぱり緑が多いと空気が美味しいねぇ〜」
「……なぁ姉さん、ほんとにここで合ってるのか?」
「降りる駅はね、ここからちょっと歩くけど」
間延びした声で姉さんはそう言うと、歩き出す。
俺も姉さんの後に続いた。
延々と続く田んぼ道。
周囲は山に囲まれている。
上流から下ってくる川の水は透き通っていた。
都会に比べて人の喧騒や雑音は少ない。代わりに動物や虫達の気配と息遣いが増えたように感じる。
老父と散歩している柴犬とすれ違う。
姉さんはしゃがみ込み、柴犬の茶色い毛並みをモフると、柴犬は嬉しそう尻尾を左右にぶんぶんと振った。
羨ましくなって、俺も柴犬に手を伸ばす。
頭を撫でようとして、噛まれた。
「痛てっ」
今の今まで大人しくしていたのに。
噛まれた俺を見て、姉さんがクスクス笑う。
それからまたしばらく歩いた。
段々と視界から田んぼが少なくなり、緑がより一層と深くなる。気づけば舗装されていたはずの道路もいつの間にか砂利道へと変わっていた。
青々と生い茂る木々の森。
人の気配は言わずもがな皆無。
大木の枝が小さく揺れた、かと思えば野生のリスが枝の上を走っていた。
森というか、これはもう山である。
「姉さん、ほんとにこの道であってるんだよな……?」
不安になり、隣を歩く姉さんに問うと、「まぁまぁ」と姉さんはいつも通りの間延びした声で応えた。
「心配ならお姉ちゃんが手握っててあげよっか?」
いたずらな笑みで姉さんが右手を出す。
俺は首を横に振って姉さんからの誘いを断った。
「いいよ、子どもじゃないんだから」
「そ? 残念」
曖昧に苦笑しながら、残念そうに姉さんは出した手のひらを引っ込めた。
冗談で言っているのか、本気で言っているのか。
姉さんには悪いが、この年にもなって実姉と手を繋ぐのはさすがに気恥ずかしいものがある。
話が途切れ、無言になりかけた。
姉さんは鼻歌を歌っている。
「今更なんだけどさ、俺、姉さんのクランのことよく知らないんだけど」
「あー。そう言えば、萩には言ってなかったね」
自分で聞いておいてなんだが、本当に今更だなとは思う。
俺は姉さんのクランのことを何も知らない。
それこそクラン名すら知らないのだ。
3年前まで俺は高校に通う一般人で、ウェイカーのことなんて興味がなかったし、その頃姉さんは既に国外でウェイカー活動をしていた。
きっと、あの頃の俺は知りたくなかったのだと思う。
知ってしまえば、辛くなるから。
知らずにいれば、羨ましくもなんともないから。
能力に覚醒できずにいた俺は、姉さんや凛夏のことを違う世界の住人だと思って、安易に関わろうとしなかったのだ。
「私達のクランはね、少数で活動してて、メンバーは私を含めて6人だけ」
姉さんはクランのことを語り始めた。
「みんな同じ頃に能力に覚醒したんだ。講習会で初めて合った日に、夕日がこの6人でクランを作ろうって話になってできたのが、私たちのクラン【Grow】だよ」
「グロウ……」
「チコ先輩が名付けたんだ」
昨日から会話に何度も出てくる名前。
「チコ先輩っていうのは?」
「チコ先輩もクランのメンバーだよ。ちょっと頭が硬くて、ネーミングセンスが致命的なんだけど、温かい目で見てあげてよ。役割的には参謀みたいな感じかな?」
そこで姉さんが思い出したようにぷっと笑う。
「あー、そうそう。この間の合衆国遠征でようやくメンバー全員がレベル8になったんだけど、その最後のひとりがチコ先輩でさぁ? めっちゃ気にしてて――」
そこで。聞き逃せない単語を耳にして、俺は姉さんの会話に途中で割り込んだ。
「ちょ、ちょっと待って姉さん? 全員……レベル8?」
「うん、すごいっしょ?」
ドヤ顔で姉さんがピースする。
突っ込みも忘れて俺は呆けてしまう。
すごいなんてものじゃないだろそれは。
レベル8に到達できるウェイカーは極一握りだ。
世界的に見ても少数の才能が到れる境地。
レベル8のウェイカーなんて、俺もそう何人と見た覚えはないし。葵さんのような天才でさえ、レベル8になるには血の滲むような努力を何年もした末に到達できたのだ。
姉さんがレベル8だということは知っていたが、まさか、クランメンバー全員がレベル8だとは。
「それじゃあ、夕日さんも」
「もちろん、夕日もレベル8だよ」
合点がいった。
あの強さはやはりレベル8のそれだったわけか。
どうりで強さの底が見えなかったわけだ。
俺程度が勝てる相手じゃない。というか。
「俺、そんなすごいクランに仮入団して大丈夫?」
いくら仮入団とは言え、メンバー全員がレベル8のクランに入る俺は実力的に場違いではないだろうか。
「大丈夫大丈夫〜」
姉さんはいつもの軽い口調で受け返す。
こんなに不安になる『大丈夫』も珍しい。
果たして、生きて帰れるか心配だ。
今からでも断ってしまいたい、と思っていると。
「おっ、ついたよ」
姉さんの言葉に俺は青い顔を上げると、
「おお……!」
山の中に開けた空間が現れる。
地面を覆っていた緑はそこだけ生えておらず、茶色い土が広間を埋め尽くしている。
自然にこうなったのではないだろう。
明らかに人の手が加えられている。
その広間の中心。
一軒の建物を俺は見つけた。
木製でできた立派な2階建てのログハウス。
まるで富裕層が避暑地に建てた別荘のようだ。
「秘密基地みたいだ……」
山の中にひっそりと建つログハウスに、子供心を擽られる。
「でしょ?」と、立ち止まる俺に、姉さんが振り返る。
「ここが私たち【Grow】のホームだよ、萩」




